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不遇職、森に生まれる

視界が徐々に明るくなり、リオは目の前の景色に思わず息を呑んだ。木漏れ日が揺れる森、草葉を揺らす微かな風、遠くから聞こえる鳥のさえずり。香りまで再現された空気を胸いっぱいに吸い込み、現実と錯覚するほどの感覚に思わず笑みがこぼれる。


「おお……これが《フロンティア・オンライン》か。やっぱすげぇな……」


最新の完全ダイブ型VRMMO。有名ゲーム会社オルフェウス・ゲームズが開発し、自由度と没入感の高さで「神ゲー確定」と評される超話題作だ。リリース初日からプレイヤー数は300万人を超え、SNSでは連日トップトレンド入り。友人に誘われ、ほぼ何も調べずに流行りに乗って参戦したリオも、その圧倒的なリアルさに胸を躍らせていた。


──だが、その高揚感は数秒で霧散する。


「……いや、待て。ここどこだ?」


見渡す限り、どこまでも続く森。木々と草と土の匂いしかしない。最初はチュートリアル用の街に降り立ち、NPCから装備をもらって操作を学ぶ──そんな未来を想像していたのに、街どころか人の影すら見当たらない。嫌な汗が背中を伝う。


「おかしいな……。なんで街じゃないんだ?」


ふと思い出した。キャラ作成時、選んだ職業は「ダンジョン経営者」だったはずだ。名前だけで面白そうだと思い、ろくに説明も読まずに即決したあの職業。慌ててゲーム内ブラウザを開き、「職業おすすめ度」と検索する。上位に出てきたまとめサイトを開くと、そこには嫌な予感を確信に変える文章が並んでいた。


◆非推奨職業

ダンジョン経営者(★1)

・初期スポーン地点は完全ランダム

・街リスポーン不可

・初期モンスターも罠もゼロ

・ダンジョン発展にはDPが必須だが、序盤ではほぼ稼げない

・モンスターをダンジョン内におびき寄せて倒さないとDPを得られない

・βテスト参加者のほとんどが序盤で詰んで引退

コメント:罰ゲーム職。おすすめしません


「……おいおい、マジかよ……」


街から遠く離れた森の奥で、木の棒一本を握り締めたまま立ち尽くすリオ。何も知らずに選んだ職業は、よりによって初心者には不向きな罰ゲーム職だった。だが、やり直すには時間もかかるし、何よりここまできて諦めるのは癪だった。


「……いいよ。やってやろうじゃねぇか」


気を取り直し、職業専用スキル《ダンジョン経営》を開く。そこにはいくつかの機能が含まれていた。まずは《ダンジョンコア設置》。設置した場所に自分専用のダンジョンを作れるらしい。試しに発動すると、足元に淡い光が浮かび、宝玉のようなコアが地中に沈む。すると周囲の地面が盛り上がり、小さな岩穴が口を開いた。


中に入ると、学校の教室ほどの広さの小部屋が一つあるだけ。モンスターも罠もなく、殺風景な空間だ。リオは壁に背を預けて深く息をつき、改めて《ダンジョン経営》スキルの詳細を確認した。


「まずできるのは……《ダンジョンコア設置》、これはもう使ったし……次は《拡張》か」


画面を見つめながらリオは眉をひそめる。広さを増やすには100DP、階層追加には1500DP必要と書いてある。初期DPは当然ゼロ。つまり、まずはDPを稼がなければこの部屋から一歩も進めない。


「で、DPの稼ぎ方は……自分のダンジョンで敵を倒すか、自分のレベルアップ時か……」


外でいくら狩っても意味がないと知って、頭を抱える。外のモンスターを倒したところでDPは1ポイントも入らない。となれば、まずやるべきは敵をダンジョン内におびき寄せて倒すことだ。


「罠で待ち構えて……いや、違うな。《罠設置》は……10DP必要、今はゼロだから使えない」


これで「罠を仕掛けて簡単に倒す」案はあっさり消えた。となると、自分の手で倒すしかない。だが武器は木の棒一本。防具なんてものもない。生産職ゆえに攻撃力も耐久力も低く、まともに戦えば返り討ちにされる未来が見えた。


「いやいや、冷静になれ……まだ《モンスターガチャ》があるじゃないか」


希望を求めるように画面をスクロールする。しかし、すぐに落胆が訪れた。ガチャを回すには「モンスターコイン」が必要で、しかも5枚。同じコインでも属性とレア度(木→銅→銀→金→虹)があるらしいが、序盤でドロップするのはほとんど木級ばかりだとまとめサイトで読んだばかりだった。


「……結局、ガチャ回すにもまず敵を倒さなきゃいけないのか」


現状できることは、敵をダンジョン内に誘い込み、棒で叩き、ひたすら少しずつDPを稼ぐしかない。効率を考えるなら、まずは一体一体を確実に倒していくほかないが……。


「……いや、これ詰んでない? 本当にβテストで生き残れなかったっていうの、わかる気がするんだけど」


思わず頭を抱えながらも、やらなければ始まらないのはわかっている。ダンジョンはこの小部屋だけ。広さを広げるにも、罠を設置するにも、モンスターを配置するにも、すべてDPが必要。ガチャで強いモンスターを引いて戦力を得る未来も夢見たいに遠い。


「けど……逆に言えば、ここを乗り越えれば絶対面白くなるよな」


ゲームをやり込むタイプではないが、自由度の高さに惹かれて始めたこのゲームで、ただ弱いまま終わるのは嫌だ。罰ゲーム職と言われるなら、なおさらクリアしてみせたい。


「よし……まずは一体目だ」


リオは深呼吸をして立ち上がった。どうやら選択肢は一つしかないらしい。外に出てモンスターを見つけ、木の棒で軽く挑発し、ダンジョンに誘導して倒す。それしか方法はなかった。


「……問題は、俺にそれができるかどうかだな」


強がり混じりに笑いながら、リオは木の棒を強く握りしめた。胸の鼓動が早まっているのを感じながらも、足は自然と洞窟の外へ向かっていた。


DPはダンジョン内でモンスターを倒さなければ得られない。外で狩っても意味がない。仕方なくリオは、洞窟の外でぷるぷる震えるスライムを見つけると、木の棒で軽く小突いて挑発した。単純なAIにつられ、スライムがぴょんぴょん跳ねながら追いかけてくる。リオはダンジョン入口まで誘導し、小部屋に入った瞬間、力いっぱい木の棒を振り下ろした。


何とか倒したが、体力と精神力の消耗は激しい。DPはほんのわずか。広さ拡張に必要な100DPまで、まだ20匹近く倒さなければならない。途方もない道のりにため息をつきながらも、リオは諦めずにスライム狩りを続けた。


そんなときだった。数匹目を追って草むらに足を踏み入れた瞬間、足元で何か柔らかい感触を踏んだ。


「ふにゃっ!?」


「ん?」


視線を落とすと、小さな妖精が倒れていた。薄緑色の長い髪、透き通る羽、淡く光を纏う小さな体。どこかで見たことがある──そうだ、まとめサイトに載っていた。


「……森の妖精……? 出現率1%以下のレアモンスター……!」


レベル表示を見ると「Lv.9」。今のリオでは勝てる相手ではない。逃げるべきだと分かっていても、妖精が杖を構えた瞬間、飛び込むように身を伏せた。耳元をかすめた魔法弾が後ろの木を焦がす。心臓が早鐘を打つ中、近くのスライムが魔法音に反応して妖精に飛びかかった。


「……今だ!」


混戦の隙を突き、リオは渾身の力で木の棒を振り下ろす。スライムと妖精が互いを削り合い、最後の一撃が妖精に深々と突き刺さった。


妖精は淡い光を散らしながら崩れ落ちた。その隣に転がる小さな銀色のコインを見た瞬間、リオの体が震える。


「……マジか……これ、銀級だよな……?」


慎重に拾い上げたコインは、淡い光を放ちながら手のひらで輝いていた。序盤ではまず手に入らないはずの妖精属性の銀級モンスターコイン。胸が高鳴り、叫びを堪えきれない。


「やった……やったぞ!!」


我に返り、戦闘に巻き込まれて弱っていたスライムも逃さず木の棒でとどめを刺す。息を切らせながら銀のコインを握り締め、リオは笑った。


罰ゲーム職と馬鹿にされるダンジョン経営者。その未来は、この一枚のコインで大きく変わるかもしれない。

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