04 充分にね
それを目にせぬように。
それに近寄らぬように。
その声を聞かぬように。
さもなくば、囚われる。
薔薇の刺が、男を刺す。
甘い毒が――虜を作る。
なあ、とジンカリーは言った。気のない風情で、スルドは振り返った。
「お前、近頃毎日、どこに行ってるんだ?」
「別に」
スルドは友人を振り返る労力が無駄だったと言わんばかりに嘆息をした。
「『別に』じゃないだろ。いつもの店にも全然こないし、ミティスにも冷たい態度を取ってるみたいだし、様子がおかしいってみんな言ってるんだぜ」
「何もおかしくなんかないよ」
彼は手を振った。
「ただ、たむろって馬鹿騒ぎするのには飽きただけ。ミティスとは二度ばかり一緒に出かけただけなんだから、俺がもう一度彼女を誘わなかったからって、お前にも彼女にも何か言われる筋合いはないよ」
仏頂面でスルドは告げた。
「そりゃあ、どこに行くのもどの娘を誘うのも、お前が決めることだけどさ」
同い年の友人は、困った顔をした。
「この半月かひと月で、お前、酷く痩せたろ」
「そうか?」
「背が伸びたから、そう見えるだけかなとも思ったけど。飯食ってないとか、寝てないとか、あるんじゃないか?」
「飯なら、生きるのに充分なくらい食ってるし、それに」
そこでスルドは、にやっと笑った。
「寝てるよ。充分にね」
「それなら、いいんだけど」
ジンカリーは表面通りに取って、息を吐いた。
「何か悩みでもあるなら、話してくれよ。友だちなんだから」
「友だち」
不思議な言葉を聞いた、とでも言うように、スルドは目をしばたたいた。
「何だよ。俺なんか友だちじゃないとでも?」
「いや、そんなことないさ」
彼は手を振った。
「いい友だちだと思ってるよ。有難う」
その礼の言葉は、しかしちっとも真摯ではなかった。言葉の上だけでもそう言っておくかな、という気持ちは、態度に出るものだ。ジンカリーは眉をひそめたが、それ以上はもう、何も言わなかった。
あれから毎日、スルドはリティリーザとの密会を続けていた。
門番のいない門をくぐって薔薇に囲まれた秘密の場所にたどり着けば、いつでも少女は彼を迎え、彼に抱かれた。
スルドはリティリーザのこと以外、何も考えられなくなっていた。
食事をするのも億劫な気分で、食べる量は育ち盛りの少年にしてはぐっと少なくなっていた。
ジンカリーの指摘通り、顔は痩せた感じになり、子供っぽい丸みを失わせていた。
何年も時間が経てば、自然とそうなったことだろう。
だが、こうなるまでの時間は短かった。
大人の男に成長していく自然な過程とは言えなかった。
スルド自身は気にしなかった。体力の低下を覚えるほどに痩せれば別だったろうが、そこまでではなかった。
彼は若く、力に満ちていた。
それから、若さ故の欲望に。
もしも彼が「恋する少年」であったなら、どうしてあんな美少女が自分を受け入れてくれるものかとか、首飾りのことは母親から聞いただろうにどう思っているのかとか、もしかしたら全て夢なのではないかとか、そういった様々な悩みを抱え、眠れぬ夜を過ごしたかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
彼はリティリーザに恋をしているとは、言えなかった。
美しい少女。
魅力的な肢体が、彼に脚を開く。
そのことだけでスルドは、十二分に満足をしていた。
この世に怖いことなどない。
自分がもう二十や三十の大人になった気分で、少年はそんなふうに思っていた。
こうした日々が続くと思っていた。いつまでも変わらないと思っていた。
変わらないものなど、存在しないのに。