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薔薇の娘  作者: 一枝 唯
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03 いいのよ

「贈り物? 私に?」


 違う。もちろん、違う。


「そうなんだ」


 彼は言った。


「受け取って、ほしい」


 自分は何を言っているのだろう?


 スルドは、自分の頭がおかしくなってしまったのかと思った。


「有難う」


 リティリーザは、見も知らぬ少年が彼女に贈り物をするという不自然な状況を不審に思うことなく、ただ白い手を上に向けて差し出した。


 そこでスルドは、そのままの場所だと彼女の手に届かないことに気づく。そっと足を踏み出せば、膝ががくがくとしていた。


(何だ、これ?)


(可愛い子を前に、びびってるのか?)


(そんな馬鹿な)


 彼にはまだ恋人と言えるような相手こそいないが、女の子と話し、仲良くするのを苦手に思ったことなどない。ちょっと前からいいなと思うようになったミティスとは二度ほど逢い引き(ラウン)をしたし、次のときにはたぶん、口づけをしても引っぱたかれないだろうと思っている。


 美少女と相向かったからと言って、緊張をするような自分ではないはずだ。


 だが実際、脚は震えていた。


 自分はどうしてしまったのだろう。


 彼は懸命に震えを押し隠し、数歩を歩み行くと、細い箱を少女の掌に乗せた。細くしなやかな指が箱を握る。その仕草に、動悸が速まるのを覚えた。


「ねえ、スルド」


 くすり、とリティリーザは笑った。


「贈り物ならばもう少し、飾り気が欲しいわね?」


「あ……」


 箱は白く無地で、リボンのひとつもない。贈り物の体裁など、どこにもない。


 彼は顔を赤くした。浅黒い肌は赤面しても目立たないが、黒い目には明らかなる動揺が走った。少女はまた笑う。


「いいのよ。気にしないで。大事なのは中身と、そして」


 少女はもう片方の手を左の乳房に乗せた。


「心だもの」


 彼はその手――いや、その箇所に目を奪われる。


 少女は気づいているのだろうか? その仕草が薄い衣を肌に押しつけ、小さな乳首を浮かび上がらせていることに。


「何かしら。開けてもいい?」


「もちろん」


 そう答えたが、どんなものであるのか、彼も知らない。首飾りだとだけは聞いているものの、彼女の母親のものであれば、年齢的に彼女にはとても合わない装飾品であるかもしれない。


 そうであれば、少女は彼の嘘を見破るか、それとも彼のセンスを疑うだけか。


「首飾りね」


 箱を開けてリティリーザはまず、スルドにも判っていることを言った。


「鮮やかな紅玉。ここの紅薔薇と同じ色ね」


 そう言いながらリティリーザは首飾りを取り出し、箱を無造作に地面に落とした。


「とても素敵」


 少女の感想と、それから、派手すぎない首飾りに、少年は安堵した。


 紅玉は小指の爪ほどの大きさだ。それが独特の曲線を組み合わせたおうとつ(・・・・)のある銀細工の先につけられており、極細い銀鎖につながれていた。


 正直なところを言えば、リティリーザには少し、早い感じがする。


 しかし、背伸びをしたい年頃の少女には、それは満足のいく贈り物であった。


「スルド」


 鎖を指にかけ、少女は彼を呼んだ。


「つけて」


「え」


「これを。私につけて」


 彼女は繰り返した。うん、と少年はうなずき、首飾りを受け取ろうと手を伸ばす。


 指の先が触れた。


 かあっと熱くなったのは、頬か指先か。それとも、どこか違うところ。


 ぎこちない動作で少年は首飾りの留め具を外した。ゆっくりと座る少女の背後に回り、中腰で鎖を彼女の首に回した。


 リティリーザは長い髪をかき上げており、白いうなじが露わだ。


(……クソ)


(巧く、つけられない)


 彼の手先は決して不器用ではない。だが、いまは妙な緊張をしている。


 スルドは深呼吸をし、膝を地面について姿勢を安定させると、もう一度試みた。今度は、巧くいった。


「できたよ」


 告げると、髪が下ろされた。少し残念な気がした。


「どう?」


 リティリーザは尋ね、彼女の横を指した。少年が首をかしげると、ここに座って、と言葉で説明が為された。またも顔を赤くしたスルドはおそるおそるその提案、或いは命令に従う。


「どう? 似合うかしら?」


 改めて、リティリーザは問うた。こくりと彼はうなずく。


「とても」


 世辞ではなかった。


 彼女には大人びすぎていると感じた装飾品は、しかしその白い肌の上に乗せられることによって、一(リア)で彼女に馴染んだかのようだった。


 薄茶の襟元からのぞく赤い宝石と、白い肌。スルドの心臓は、早鐘を打ちっぱなしだった。


「とてもきれいだ。リティリーザ」


「嬉しいわ」


 少女は唇の両端を上げて笑んだ。それは、十代半ばほどの彼女に似つかわしくない笑みだった。


「けれど、襟で少し隠れてしまうのが残念ね」


 少年は焦る。


 と言うのも、リティリーザが胸元の留め具に手をかけたからだ。


「これで、どう?」


 留め具がふたつ、大胆に外された。成程、紅玉は美しく映えている。だが、正面から見ているならともかく、隣にいるスルドには奥の乳房がほとんど丸見えで――もう少しで、乳首も見えそうなほどだった。


(そんなところを見ていたら、嫌われる)


 いやらしいと思われるだろう。そうに決まっている。スルドは何も見ていないふりで目を逸らそうとした。


「いいのよ」


 くすっと、少女は笑った。


「――見たいのでしょう?」


「い、いや、そんなこと」


 彼は否定をしたが、それに反するように彼の脈動はいや増して、呼吸さえ荒くなるようだった。


 これは、何だ?


 少年は、戸惑っていた。


 この娘は誘っているのか。男を。


 まるで手慣れた、春女のように。


「どうして否定をするの? 私に贈り物をするのは、私の気を惹きたいからでしょう。巧く行ったのよ、スルド。私はあなたに」


 もうひとつ、留め具が外された。


「お礼を――したいの」


 乳房が、完全に露わになった。


 スルドは、目を逸らすことなどできなくなった。


 リティリーザは静かに笑い、彼の頭を抱いた。


 かあっと、熱くなる。


 何も考えられなくなった。


 少年は浮かんだ衝動のまま、少女を草の上に倒した。


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