夢幻の喪失
ミニィとケンタはカブト幼稚園の遺体安置所にやって来ました。昨日遊んだ子供達が変わり果てた姿で横たわっていたのです。リーナの下半身はもうありませんでした。焼けてしまい原型を留めていませんでした。
「どうして、いつもこうなの?ねえ、ケンちぃ!!!
ケンタ、あんたは私を守ってくれるって言ったじゃない!!」
「そんな僕だって、助けたかったよ。皆んなの事を!
でも、これじゃまるで僕が殺したみたいな言い方じゃないか?」
「ええ、そうよ。あんたが守れなかった。あんたは、結局旅についてくるだけのただの役立たず。そうでしょ。
何が、守れんのよ。お前に。
何が守れるか言えよ。
言えって言ってんだよ。なんなんだよ。お前は!!」
ミニィはケンタの頬を思いっきり殴りました。強い拳がケンタの頬に炸裂すると、ケンタはミニィを殴り返しました。そしてミニィの胸倉を掴んだのです。しかしその隙に再びミニィはケンタの顔面を殴りました。そしてケンタの胸倉を掴むと壁に押しつけたのです。
「わかる?あんたと旅したせいで何人の子供達が亡くなったと思ってんのよ。八つ当たりすんな?そんなの無理に決まってるじゃない!私は、もっときつい痛みを受けて来た。あんたみたいに幸せな家庭で育って何不自由なく暮らして来た奴には痛みなんかわかんないのよ。分かる?
生半可な気持ちじゃね、子供は死んじゃうの。」
「だからって僕に八つ当たりすんなのかよ。じゃあ言ってやるよ。お前だって親を殺した犯罪者なんだよ。過去の罪から逃れられるって思ってんじゃねえよ。自分の母親を正当防衛かなんかで殺して置いてよく命だななんとかって言う資格あるよな!!」
「うるさい、うるせえんだよ!!!!」
ミニィは激昂するとケンタの顔面を思いっきり殴りつけました。鈍い音が鳴り響く中でミニィの顔からは激しい怒りが浮かび上がっていました。ケンタもミニィを殴り返しました。やり返されたミニィとケンタの拳が2人の互いの頬にぶつかると2人はお互いに倒れました。ケンタの頬は赤くなっていました。ミニィはケンタの耳を掴むと、ケンタに言いました。
「あんたさ、結局私の方から暴力振るったら、殴りつけるようような男なんだ。このクソ犬野郎!!!
あ?お前、おい、結局抵抗も出来ねえじゃねえかよ。弱っちいくせに、弱いくせにいきがってるから、口でしか抗えねんだろ!!バカ犬がよ。じゃあ、私の方からも言ってやるよ。
お前なんか役立たずのゴミなんだよ。ゴミクズ野郎。
犯罪も防げねえような役立たず。ただのクズだって言ってんだよ。ただのクズ!!!」
「うるせええ!黙れ!!!!!!!クソうさぎ!!!!」
ケンタは立ち上がるとミニィの方に寄って来ました。ケンタはミニィを再度殴り付けました。そして首に手を当てて、痛みを堪えながら、ミニィを殺そうとしたその時でした。
「ちょっとやめなさい!」
2人の喧嘩を誰かが止めたのです。リーナの母親が2人を止めたのです。ハッと2人は我に帰りました。喧嘩してお互いに感情をぶつけ合って激しい怒りをむき出しにしました。
ミニィは目を見開くと、頭を冷やすベく深呼吸をしました。
ケンタはその場から立ち去って行きました。ミニィは感情を抑えられずに思いっきり泣き出してしまいました。
「ミニィちゃん、ごめんね。私、つい取り乱してしまって酷い事を言ってしまった。本当にごめんなさい。私がリーナを守れなかったから。私はクワガタシティで2人も娘を火事で失ってしまって、もうどうしたら良いか。」
「お母さん、顔をあげてください。私だって同じ気持ちなんです。こんな事が連続して起きてしまったら、どう太刀打ちしたら良いかわからないのは当然です。リーナちゃんは亡くなる前日も笑顔で私に話し掛けてくれました。ごめんなさい。私は守る事ができなかった。私は、もう生きる資格なんか。」
「ミニィちゃんのせいじゃないわよ。ミニィちゃん、どんなに悲しい事があってもそれを誰かに怒りとしてぶつけたら後悔しかないのよ。あの犬の男の子だって悲しい、辛いって思う気持ちは一緒なのよ。
「あいつは本当にどうしょうもないくらいの役立たず。だって一緒に旅して何人の子供達が亡くなったか知ってますか?仲良くなった女の子が全員火事で死んでいくんですよ。あいつと旅してからそんな事ばっかり、そんな事なら私はあいつと旅する意味なんてないですよ。」
「はっきり言うわ。あなたはその言葉を口にしている時点で自分が守れなかったという罪悪感をケンタ君にぶつけて怒りをぶつけているだけ。そんなに旅をするのが嫌なら辞めてしまえば良いじゃない?でも若いって良いものね。
あなたはまだ大切な仲間がいるじゃない。こうやってお互いに喧嘩して自分の不満をぶつけたりする大切な友達がね。
私は娘を3人も失った。私は大人なのに娘を守れなかった最低な母親よ。もう娘と喧嘩も出来ない。抱きしめる事も出来ないのよ。」
リーナの母親は泣き崩れました。リーナの母親はリーナの亡骸を抱き抱えようとしました。だが下半身は既に無くなってしまっており抱き抱えようとした時は赤子のように小さくなってしまっていたのです。リーナだけではありません。
「どうして幼稚園の先生達は子供達を避難させようとしなかったのかしら。誰か1人でも良い。子供達を助ける声かけさえしてくれればこんな悲惨な事件は起きずに済んだのに。
私は園が許せない。避難訓練を普段から行なっていれば、こんな結末には。だってそうでしょ。」
「違うんです。これは事故じゃありません。私、思い出しました。これは放火殺人です。私は急に眠くなって気がついたら眠らされていたんです。催眠にかかったような感覚が。
催眠にかけられて誰かに眠らされたような。でも、ごめんなさい。もうこれ以上あの泣き叫んでいたあの子達の事を考えると心が痛みます。リーナちゃんのお母さん、ごめんなさい。私のせいで。」
そういうとミニィは現場を去って走っていきました。酷い雨が降り注ぐ中、ミニィはケンタとの喧嘩や園児達の焼死という思い現実に直面してもうどん底でした。気がつけばミミィはフラワーミュージアムのフラワーパークに走っていたのです。そしてフラワーパークの中に入るとリーナと出会った場所に立っていました。ミニィの目から涙が溢れ出てきました。
「リーナちゃん、ごめんね。私、リーナちゃんを助けられなかった。私、もう何もできない、誰の命を守ってあげられない馬鹿なお姉ちゃんだよ。リーナちゃん、ここでお花の名前教えてくれたよね。悲しみと怒りの感情を堪えられなくて結局一番大切な友達にまで最低な事を。
ねえ、ミィ、私はもうケンちぃとは、旅が出来ない。」
その時でした。ふとからくり時計が鳴り始めます。そして目の前に置かれた楽器を持ったガラス細工のヤギとガラスのうさぎ、そしてガラスのシカが演奏をし始めました。そして目の前の紫色のケイトウの花やアネモネの花の蕾が開き始めると合唱をし始めたのです。そして光がかかるとミニィの目の前にガラスのうさぎが現れて声をかけるのでした。
「お嬢さん、こんな夜に何故1人で泣いているのです?」
「何?え?ガラスのうさぎが喋った?それに花の妖精達が歌ってるなんて、あなたは?」
「僕はガラスのうさぎ、エイルースです。お嬢さん、僕で良ければ話を聞きますよ。」
「私、大事な友達に酷い事言っちゃった。怒って暴言吐いて、それだけじゃない。カブト幼稚園で火事が起きて逃げ遅れた子供達が沢山亡くなってしまった。私はその子達を死なせちゃった。ねぇ、エイルースさん、私、どうすればいいの?」
「なるほど、そのお友達に謝って自分の正直な気持ちを伝えてあげてください。言葉が刃物です。一時的な感情でも人の心を大きく傷つけてしまいます。そしてその原因となった火事の真相を掴まなければなりません。私は火事を起こした犯人を知っています。その犯人はここの奥の森でガソリンを用意していた。」
「犯人を見たの?誰なの?」
「キツネの女の子でしたよ。胸に水晶をぶら下げた。」
「デージー?まさか、あいつが、マリンの事件を模倣したのね。あいつは催眠術を使用して私達を操って眠らせた。その間に幼稚園にガソリンをばら撒いて火を付けたのね。ガラスのうさぎさん、あなたは救世主で探偵だわ。」
「お嬢さん、私は全てを見通せる力があるのです。
協力できるのであれば協力します。だから聞いて言ってください。花びら達の合唱を。」
目の前に広がるお花畑の花の妖精が静かな合唱曲を歌います。その歌は以前花の妖精達が歌っていた明るい歌とは違う、暗く悲しい歌です。ミミィはしんみりとしてしまいます。
「なんだか悲しくてしんみりとする歌ね。なんてお歌なの?」
エイルースは答えます。
「夢幻の喪失です。」
「夢幻?」
その言葉を聞いた瞬間にミニィの頭の中にある光景が蘇ります。見た事のないような景色。そして人間の姿をした2人の男達。
(夢幻、ここは動物の世界。
私の名はミニィ、この生物は誰?
この生物は?)
やがて映像は消えました。ミニィは自分の生きた時間とは違う前世の記憶があるのでしょうか?ふと我に帰るとエイルースは元の場所に立っていました。花の妖精達も蕾を閉じてしまいました。




