プロローグ 奴隷少年K
俺の家は貧乏なわりには、楽しく過ごしていた……はずだった。
今日は俺の誕生日。特に何もいつもと変わらない日。それなのに、無駄に豪華な食事が出た。
なにか、陰謀かなにかがあるのだろうか。
不意に俺の中に薄暗い感情の渦が生まれた。その渦はどんどんと大きくなり、俺の心を蝕もうと絡みついてくる。
だが、俺はそんなことよりも眼の前に広がる数多くの豪華な食事を楽しんだ。
その後、普段通り俺は眠りについた。
ここは、夢の中だろうか。これが現実だといわれても、なぜだか違和感はない。地面は腐食し、長く伸びた雑草は160cmもある俺の身長よりも高く、視界を見事に遮っている。どうにか叢の中心へ行くと、見慣れた渦が渦巻き、中心からはうねうねと触手のようなものが伸びている。その触手は先端にいくにつれ、どんどんと枝分かれして蠢いている。そのひとつひとつの触手は、今にも俺の体内に入り、内臓から俺のすべてを喰らい尽くしてしまいそうなほど、どす黒い欲望に塗れたオーラを纏い、枝分かれを繰り返している。
俺は、一歩前に進んだ。いや、一歩前に『進まされた』といった表現が正しいだろうか。うねうねと伸びる渦の中の触手が俺を渦の中に引きずり込もう、といった意思が、俺の身体に干渉してきている。
俺は、この触手がどんな生命体かは、知らない。だが、今、はっきりとこいつの正体がわかろうとしていた。
!
身体が痛い。俺の身体が何者かに運ばれているような、そんな揺れと痛みが俺の目を覚ました。
あの世界は夢だったようだ。だが、夢にしては、俺に干渉してきていた。なにかを伝えようとしていた。なにかを暗示していたのだろうか。俺は、その答えを知りたかったが、知ったところで意味がないというのをわからされた。
痛む身体を無理やり起こすと、俺の眼前に、知らない魔族がいた。
彼は、おそらく栄養豊富な食事をしているのだろう。丸々と家畜のように肥えたその身体は、馬車の特有の揺れが来るたび、肉という肉がぶるんぶるんと大きく震える。クリームパンのような手は毛むくじゃらで、俺のことをじろじろと眺めては、鼻息を荒くしている様は、とても知性が備わっているはずの魔族だとは思えなかった。
そう俺が軽蔑していると、馬車が止まり、彼が話した。
「今日から君はこの家で暮らしてもらう。それと、今日から君の名前は、Kだ」
馬車を彼に降ろされ、俺は眼前に広がる光景に、驚いた。
大きな家、いや、その大きさは城に匹敵するレベルで、門がある。その大きな門は魔力を遮断する金属でできているが、少し錆びている。こんな大きな建造物は、生まれて初めて見たかもしれない。そして、先程聞こえた「君は今日からKだ」といった言葉に反論しようとしたが、なにかが引っかかった。
俺の名前って、なんだっけ。たしか……だめだ。なにも思い出せない。綺麗さっぱり、俺の名前の記憶だけがきれいに抜け落ちている。他のことも思い出そうとしたとき、重大なことに気づいた。馬車以前の記憶が、すべて抜け落ちているのだ。
俺は唖然として言葉が出なかった。彼はそんな俺の様子に気づいたのだろうか。やさしい口調で俺を家に招き入れ、大きな門を閉めた。
あとがき
始めて段落一字下げ機能を使ってみました。便利。