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その8 女医

(8)




 脳裏に浮かんだ言葉。

 それは…、


 ――地獄の沙汰も(かね)次第。


(いや、――(ちゃ)う…)

 停電が終わり、暗闇の世界から夜のLED灯が照らす世界で百眼が感じた切なる思い。

 それは目の前で口から泡を吹きながら血を流している伊達の顔が、思わず吐露させた。

 それは…、


 ――運や、この世の全ては。


 極度の緊張が神経を伝わると同時に、自分の世界に何が起きたのかを認識しないではいられない、そんな脳内神経シナプスが百眼をがばっと起こさせる。そして瞬時に足裏へと手を伸ばせと信号を送る。そこに走った痛みの原因を探る為に。

 伸ばした指先に触れる何か。

 探れば足袋の裏に引っ付いて何かが当たっている。指先で拾い上げて知覚すれば、それは小さな塊。

(…何や、これ?)

 こいつを踏んだ痛みで自分は暗闇に中を転倒した。これが何か正体が分からないが――、そこまでシナプスが認識した時、背後の人だかりから叫ぶような声がした。

「先生、(はよ)っ!!」

(先生?)

 野太い男の声に振り返った百眼の視線の先に見えたのは、人だかりの中で転倒して起き上がる自分を見つめる無数の眼差し――だが、(あっ!)と言って、見知った男へ声をかけるよりも先に、横で倒れて絶している男の側に誰かが跪いた。それは白衣を着ている誰か。

 百眼は反射的に白衣の背後へ慌てるように後ずさると跪く人を見た。その瞬間、その白衣が背後へ言葉を放った。

「何度もさ、言うけど。ウチの専門は皮膚科。悪いけど…()よ、救急車を呼んだ方が良いで」

 白衣が振り返った。

 百眼は振り返った人物の貌を注視する。見れば女医だった。

 長い黒髪から覗く彼女の相貌は綺麗に鼻筋が伸びており、二重瞼が白色灯の灯りを受けて染まっている。

 だが路地の電灯が照らす彼女の瞳は微かだが薄く青色に染まっているように百眼には見えた。背後へ送る彼女の眼差しは医者らしく聡しい。

 彼女は立ち上がると声を掛けた人物へ向き直る。

「まぁそういうこっちゃ」

「しかし、先生」

 剥げて太っている男が頭に巻いたタオルを手に取ると言った。

「なんか、できるでしょ?簡単な処置ぐらい。万一、この卍楼で何かが起きれば、下間さんからも、先生を頼れといわれてますから」

 その返事にふんと彼女はする。

「誰も処置をしないとは言ってないやん。唯、此処は救急医療の現場。そこに皮膚科が何の役に立つのか、それを言いたいねん」

 彼女は人だかり中へ歩みを進める。その背へ男が声を上げる。

「先生!どこへ?」

 軽く振り返ると彼女が答える。

「その処置の為にクリニックから何か取ってくる」

 言うなり、彼女は百眼の側を通り抜けた。

 その時、彼女が意識的かどうかは分からぬが放った言葉こそ、悶絶する伊達への運命宣告文のように聞こえ、百眼は震えた。


 ――葬儀屋を呼んだ方が早いやろな。


 身震いする中、百眼は自分が何故この卍楼に走り込んだのか、その理由を考え始める前に顔を上げ周囲を見渡し、声を叫び呼びかけようとした男達を探した。

 それは浅野とその彼の背後に立っていた――閻魔の姿だった。




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