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その4 美しき男、その名は猿渡燕

(4)



 百眼は自分を指差す男を見た時、こいつは何処のホストクラブの人間だと思った。


 少し茶色をした髪が綺麗に刈られた襟足から巻かれるように頭頂部で豊かにウエーブのリーゼントを造り出し、額迄垂れた前髪から覗く視線が三人を――いや、百眼だけをまるで軍鶏の如く強く睨みつけていた。

 男は強い視線を百眼に浴びせながら、革靴の音を高鳴らして百眼に向かって来た。

 近づくにつれ、百眼には男の容貌がはっきりと見えてくる。見れば綺麗に鼻筋の通った貌で、薄く化粧されていた。

 とても中性的な美貌と言えた。

 その美貌を見て、思った。


 …まだ十代ではないか?

 百眼にそう思わせたのは、彼の華奢な体躯の為だ。どちらかと言えば背はそれほど大きくなく、どちらかというと180を超える大柄の自分と比べてはるかに小柄だ。それがまだ高校生のようにも見えなくもない。


 だが、彼の特徴と言える華奢な体躯が不思議なことに身に纏っている紫色と相まって、より一層、中性的な雰囲気を醸し出しいているのは彼自身の持つ生来の或いは職業的な香気の為かもしれず、それが襟首から匂い立ちしていると言えば驕りすぎかもしれないが、そんな夜の香気が紫色のスーツを纏っている――、そんな抽象的な表現こそが迫る彼を見つめる百眼の心理的状況としては相応しかった。


 そしてその心理にもし付け加えるとするならば、昔、イタリアで見たドナテッロ作の艶めかしい少年像『ダヴィデ』のような――彼。

 その彼が目前でぴたりと止まると首を軽く曲げて、じろりと百眼を強見(ガンミ)した。


「あんたさ、何様のつもりや?」

 細くて鋼のように感づいた声音は男を良く観察した百眼にとって、少年が大人へと変わる性の研ぎ間に発する蛹声(さなぎこえ)にも聞こえなくもなかったが、しかしながら彼の迫力に百眼は喉をごくりと鳴らして、唾を飲み込んだ。

「見れば、この二人はここ卍楼の客人やろ。それなのにアンタ、何ここの商売邪魔すんねん。どういう料簡や?」

「あっ、いやいや、とんでもない。僕は唯々占いをさしぇて…い、い…ただきたくて…」

 百眼は剥げた頭を激しく掻きながら、声を詰まらせる。

 男は腕を振ってくるくるを回して言った。

「あんたさ、ここ一週間前からここで店出してるな?それ誰の許可を(もろ)うてん?」

「え?許可?」

 目を丸くする百眼。

 その百眼へ、男は声を飛ばす。

「ここら卍楼一体は下間さんの差配やで。なぁ、言うてみん?」

 百眼はそこで黙った。黙ると不思議な沈黙が、場の雰囲気を澱ませる。それに気まずさを感じていたのは伊達だった。つまり彼がちょっとした気楽さから易者に声を掛けたのが、この場面に繋がっている。それを感じたのか伊達が済まなさそうに言った。

「まぁ、あんまり言わんといて。まぁこちらがタダで何事も終わらせようとしたのが悪かったんやから。せやから占いはさ…中で飲み終わったら、またここに戻ってからするから、まぁ易者さん、悪いけど。ほんまここで一度切るわ」

 言うと背後の浅野を振り帰る。浅野も首を縦に振る。しかし彼の場合、この約束を守る義務はない。

 その様子を見ていた男が首を横に振ると今度は陽気な声で、伊達と浅野へ言った。

「ほんなら、ワイが卍楼を案成してアンタらの好む店に連れてったる。なんせ、ワイはここ卍楼の『案内人(ガイド)』なんやから、知らない店なんて無い。此処は鯨も酔うというぐらいの酒郭――卍楼や。お二人とも腹一杯、沢山飲めるだけでなく、場合によってはおなごで極楽へ昇天できまっせ」

 言うなり、男は二人の肩を叩くと連れ立って細い路地へ入ろうとした。しかし、急にその足を止めると棒立ちで自分を見ている百眼へ首を向けて言った。

「俺の名は、――猿渡燕(さるわたりえん)。知ってんで、アンタの事は。西願寺家のなんやお抱えさんらしいな。その事、下間さんが言うとった。まぁ後でその辺の事情は伺うわ」

 言うと今度こそ男は路地へと二人を連れて入って行った。残された百眼は茫然としている。

(僕の事…知ってるやて?)

 百眼は驚いて、その場に佇む。

(どういうことや、それって…一体どこまで…)

 そう百眼が考え込み始めた瞬間、男が再び路地から顔をにゅっと突き出して、百眼をのろりと舐めるように見た。

「…ひっ!?」

 思わず、男の顔がろくろ首にも見え、百眼は声を上げて後ろに仰け反った。

「あ、それからな…」

 男は仰け反る百眼に可笑しみを感じたのか笑みを見せたが、しかしながら声音は細く鋼のような冷たさで鋭く言った。

「ちなみにあの二人の占いは凶や。何故なら――、忘れとったらいいものを掘り下げに、わざわざ此処にやって来たんやからな」











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