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その11 招かざる客

 (11)




 月曜よりも週末の金曜の方が来るのを早く感じるのは、それだけ、何かしらの期待感が其処にあるからだと言えるのではないだろうか。


 だが期待というのは泡濁の様に膨らみ、ふわりふわりと心を浮き立たせるだけ浮かせたら、後は綺麗さっぱり水に流れて消えて行く――そこに如水万感の無常を感じるからこそ、人は現世(うつしよ)を『浮世』と剽げては、したたかに酒に酔ってまつろわぬ人になり、春暁の夢の如く、生を謳歌したくなるのだろう。


 卍楼とはそんな仮初のまつらわぬ者どもを客人としてもてなす春暁の獄――、いや酒郭。今宵もまた誰かが、期待を胸に卍楼にやって来よう。


 そしてその入り口で吉凶を占う易者の姿。


 易者を訪ねる者は『運』とは偶然だと思うかもしれないが、しかし運を自在に操れるものは『運』とはほんの僅かなことで変わることだと知悉している。

 死神を背負いし者には、破魔の縁を、不幸を背負いし者には幸なる縁を。

 さぁ、では今宵もこの世の獄の入り口で、占おうではないか。

 …なぁ、百眼よ。



(あー、もう今日はええわ。もう帰ろ)

 思いがけないぐらいあっさりと百眼は席を立つと、易台に乗せていた商売道具を片付け始めた。

 おいおい…、何処からか覗いている人が居れば、そんな突っ込みが聞こえそうなぐらいの勢いだ。せかせかと荷物を仕舞い始める。


 百眼が急ぐには理由がある。

 実は不思議な事だが、一週間前の事故が起きて以来、何故か客がひっきりなしにやってきて、百眼は食事を取る間もない程、忙しくなった。


 本当に急なのである。

 一体どういう事なのか、正に千客万来なのだ。

 何とか少しぐらい理由がないかと百眼は考えてみたが、しかしさっぱり皆目見当がつかなかった。全く自分は著作などを出すような有名人占い師ではない。――おまけに唯のアルバイトだ。


 それがどうしたものか、急に、さも自分が有名な易者の如く、人が怒涛の如く押し寄せた来た。

 異常だ。そんな異常の波に乗って押し寄せる人々が口々に言うには、


 ――えらい、あんた。当たるんやってね?


 …だ。

 正直、嘘だとは言わなかった。…やはり、実入りは多い方が良い。だから黙って何事も言わず占うのだが、おかげでこの一週間で普段よりも懐具合は格段に良くなり、正直、心が浮足立った。だが、忙しすぎた。

(なんやっちゅうねん)

 暇な時は暇で、銭と腹具合を気にしながら切り詰めた食事をしないといけないのに、忙しくなればなるで、今度は仕事から逃げ出して、暇な時間が恋しくなる。結局のところ、これが仕事に対する本音だ。

(ほんまに人間は都合のいい生き物や)

 だから今もついしがた女子高生を占ってところでへとへとになったので、人が疎らになったのを見計い、早々に店仕舞いをして帰ろうとして勢いよく片付け始めた、そんな訳である。


 ――冷えたビールでも飲みたいやんか。


 百眼の唇が濡れて動いた。

(さぁ、終わろう!)

 後は易台のランタンの灯りを消すだけ。

 百眼は仕事から解放される思いで思いっきり身体を伸ばした。しかしその瞬間、易台の前にひとりの客が立った。

(う…っそぉん!)

 伸ばした身体が急速に萎んだ。

 それだけじゃない。

 思わず露骨に不機嫌さが顔に出た。だが、不機嫌さは客には伝わらなかったかもしれない。何故なら客は沈痛な表情で、不機嫌さを受け止める余裕もない様子だったからである。

 それを見た百眼の表情から不機嫌さは瞬時に消え、やがて真面目な眼差しで相手を見た。


 招かざる今宵の最後の客――、を。




















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