三つ子のたましい
(問)書き終えてPCの画面に映る自分の顔を見た時の作者の気持ちを答えなさい。
(答)うわキッツ。無理。V系メイクでも何でもしなきゃ(使命感)
「大きくなったらけっこんしよう!」
「うん!」
目の前の景色を脳が拒否する。
まあこの子たちはと、明るい声が遠く聞こえる。
「ありがとうございましたー、またのご来店お待ちしてまーす……って、こら。子供の憧れケーキ屋さんがしていい顔じゃねえから」
「だって…」
別れたばかりの身にはキツすぎる。
気を紛らわそうと無理やり入れたシフトでこれを見せられる私はどんだけツイてないんだと。
「そういや厄年だった」
「スピに逃げたらおしまいだぞー。ESだって何だって、まずは自己分析だろぉ?」
「なにか、私が悪いと。どこが?」
「需給ギャップだね、間違いなく。あんたどんな男とどういう恋をしたいわけ」
「そりゃ大人の男と大人の恋っていうか? 愛されたいじゃん誰だって」
「プロフィールやら合コンで『ケーキ屋さんで働いてます』とかぬかしたところにその丸顔。どー考えてもオトコの期待は『優しいお姉さん』下手すりゃ『おかん』に決まってる。愛されたかった、騙されたって言いたいのはむしろあっちじゃね?」
「つまり何か、ガキっぽいのを相手にしろって?」
「それが勝利への道だと思うね、私は。現にあんたの子供人気、ア〇パンマン並みじゃん。鏡見るだけで分かろうが」
「私が丸いのは顔だけじゃい」
「腹をつまむな腹を、グーで行くぞ……って」
「「いらっしゃいませー」」
次の客は若い男だった。ケースを眺め回してる。目当てのケーキがないらしい。
これが最近多いんだ。大学生や社会人になって、使えるお金が一気に増えて。で、子供のころの夢をかなえたいってホールを一人で平らげるとか言いだすバカ。お腹壊したり吹き出物作ったりするバカ。なんならSNSにアップするバカ。男なんてそんなんばっかり。いや、バカは構わん。だがおケーキ様を汚く食い残すのだけは許さんからな?……とか、思いはしても商機とあれば頬は緩む。
「ホールをお求めですかお客様? ショートケーキの4号、Sサイズでしたらバックヤードに置いてありますのでお持ちしますが」
仕事は本気、バイトだけどね。
子供の頃と違って経営も合理化された今や、ホールのケーキは注文販売……だけどバカの数もバカにならない、いえ、急な需要も無くはないから「Sサイズだけ、1つ2つは用意しとこう」って提案したのは私なんだな。
ロスになるって店長からは言われたけれど「夕方に解体ショー、じゃなくてカットの実演販売やりません? 出来上がりはお得な値段のミニケーキってことで」
繁盛店というか旗艦店だからできることではあるけれど。それでもこの企画、本社まで上がって奨励賞を受けたんじゃ。おかげで来年からは正社員だぞ。
前は私も都会に出てーの、おハイソな職場でーのって思ってて。ケーキ屋さんはただのバイトのつもりだったんだけど。そう褒められたら、ねえ? これで昔は「ケーキ屋さんになるー!」って言ってたクチでもあるし。子供の憧れ、三つ子の魂ってバカにならないものだなあって。
男のほうも真剣だったらしい。じっとケースを覗き込んでる。
バカとか言ってごめん。お客様もアレですか、近隣のご出身。
近隣三市の子供たちはみんな誕生日やクリスマスにこの店へ来て、ケーキを買ってもらったり、もらえなかったり。そういう思い出を、憧れを共有しているから。
で、大人になって都会へ出て、帰省がてら駅から看板を見て、懐かしさに買って帰る。やがてその思い出を子に孫に…………私の定年まで受け継いでくれ、頼むから。
「モンブラン、黄色いのはありませんか? もう売り切れちゃいました?」
「栗きんとんみたい、ていうか筋斗雲みたいなアレですよね。おととし廃番になっちゃったんです。私も思い入れあったんですけどねー」
当店のはまた特別に見た目が栗きんとんだった。砂糖多めで、もこもことカオスな形の……霞がかった甘い思い出。
いま並んでるのは茶色がかった、クリーム強めのモンブラン。お酒の香りと苦みも入れた、オシャレな大人のモンブラン。
やっぱ私も大人になるべき時なのかな。オトコなんてバカな生き物と割り切って、包容力を前面に出して。
「筋斗雲…………? それにその、まるい顔」
「グーをお求めですかお客様」
オトコ相手は戦争と覚えたり。包容力などいらぬ。
「やっぱり。その右手の傷! ほら、二丁目の造成地、古釘で。シロツメクサの花輪作ってる時、葉っぱに隠れてて引っ掛けたやつ」
まさか、2年生の時に引っ越して行った……
「ほんとにケーキ屋さんになったんだね!」
声が出ない。息が詰まる。何なのこれ。
「じゃあ、僕のも。こどもの時の約束も。覚えてくれてる?」
覚えてる、もちろん。でもあんな、それこそ子供の約束を。
やっぱり男はバカだ…………ううん、私もバカだけど。
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