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別れの理由

 いやあのさ、今どきフカそうってなら海外でしょと。それこそ例の…………と浮かんだ仮名ネタから着想した小品となっております。

「こんなことならあの人と」


 涙交じりに叫ぶカスミの顔が凍りついた。

 さすがに気づいて下を向く。


 見たくもない、見てはならない表情かおではあるし、ごめんの一言も無いことに腹も立って反射的に目を逸らしてしまう。「出張、行ってくるから」それだけ言って部屋を出た。


 今さらカスミを疑う気などあるわけがない。マリッジブルーとかいう代物だろう、おそらくは。今の俺たちには間が必要、たぶんそれだけのことだ。大丈夫、分かってる。心の中でそんな言い訳を重ねながら週末の日帰り出張に逃げたつもりが、気づけば半休取っていた。


「おー山本、顔から体から相変わらずごっついな。待ち合わせには良い目印や。で、ほんまに宅飲みでええんか? せっかく東京出てきたのに」


 恥を忍んであらましを伝えた旧友には爆笑される始末。


「いや、悪い悪い。ちゃうんやって。他の男とかそんなん、大西ちゃんに限って絶対無いから」


「分っとるわ。これは俺一個の問題や。我ながら情けないけど気になってしゃあないから」


 馬場はカスミと大学時代のサークルが一緒だった。それで同じく集合写真に写っていた男を知りたいと……だが、そこから何をどうすれば良いものか。


「田中? あー俺俺、馬場。明日ヒマかー? ぜひ会いたい言うてるのがおんねん。高校の同級生で、いま大阪から出張してきてんねやけど。うん、ほな」


 友の悩みをなにサラッと流してくれてんねん、いやそれぐらいのほうが助かるけども。ああもうええわとビールを飲み干し敷かれた布団に潜り込む。


「ご出張で……こちらですと、ロボットアームのお話でしょうか」


 翌日出会った田中くん、渡した名刺を見るやこれ。二つ年下の見るからに利発そうな青年だった。


「ああいえ、その。田中さんのことを伺いたく」


 必死のパッチで振り絞ったドラ声も初対面の緊張としか映らなかったのだろう。


「いわゆるロボットの研究をしています。特に操作、命令の出し方と言いますか。より精密により早く反応させるにはどうすれば良いかと、そのあたりを。もう少し詳しいところですか?」


 慣れている。研究オタクにありがちな一方的にしゃべりまくるような感じもないし、如才ないとはこういうことを言うのだろう。この男だったらカスミにあんなことを言わせたりは……。


「田中は留学、そろそろやったっけ」


 言葉に詰まる友人を馬場なりに気遣ったに違いない。それなのに俺と来たら口をひん曲げるばかり。


「あの、やっぱりサギシミナココナノル大学(仮名)だったり」

 嫌味を言いたい気持ちになるのも分かってもらえるとは思う。

 言うてあっこほどじゃないやろそんなえばんなって。田中くんえばってないけどえばんなって。


「いえ、シタカミソウナ工科大学(仮名)のほうに」

 やっぱり誰でも知っとるとこやった。ますます悲しくなってくる。

 それにしても顔色ひとつも変えずとすぐ答えてくるあたり、流し慣れてるんやろなやっぱり。


 馬場も……いやお前なにわろてんねん。マジメな話ここは止めるとこやろ。わざわざ時間とってもらってまで会わせたヤツが失礼してんねやぞ。

 あーでもおかげで頭冷えたわ。しっかりせな。「彼女の昔の男が知りたい」って動機からして情けないのに、これ以上の恥を重ねたない。

 言うてカスミは俺を選んだんや。俺にだって良いとこが、田中くんに勝っとるところがあるはずや……そやね、ガタイはこっちの圧勝やね。男はな、そう簡単に頭下げてはいかんのや。頭を他人に見下ろされる、それだけで半分負けや…………それにしても田中くんフサフサやね。親ガチャ感じるわー。


「こちらの山本だけど、近々大西ちゃんと結婚するんやて。それで、例の話」


 こら馬場こっちにも心の準備ってもんが……で、例の話ってなんやねん。


「それはおめでとうございます」


 思うところもあろうに、いや、そらそやね。カスミにあんな顔させたほどの男や。もうええ、どうにでもなれ。


「情けない話ですが、カスミの口からぽろっと出た田中さんのことが気になって。笑ってください。ご不快でしたら構いませんので」


 頭下げるわ。頭頂まで行ったる。だから頼みます。

 だから馬場お前はなにをわろてんねん。ほんま締めるぞ。


 ともあれ俺の心を察したか、田中くんも笑顔を引き締めていた。

 今度ばかりはぽつぽつと、言葉を選んで話し出す。


「同じサークルで私が3年、彼女が1年だった秋の話です。いえ、何もなかったんですが」


 気ぃ使わんでええですよ。付き合ってたと。


「で、料理を作ってくれるって、大西さんが初めて私の部屋に来ることになって」


「そない恐い顔すな山本。お前のためにわざわざ頼んで来てもらってんねやぞ」


 うっさいわ馬場。そらお前、彼女の経験とかこだわりはせんけどやな、それでも直に聞かされて嬉しい話のわけないやろが。

 ああいや田中くん、会ったばかりやけど君のことは信用してます。えげつない話をするとは思えん。だいたい仮にもカスミが彼氏に選んだ男や。そこまでおかしなヤツやない……はずや……だとええんやけど。でも別れたってことは何か問題あったんやろか。ぱっと見では分からへんところとか。まさか性癖の不一致?

 いや、いかんいかん。観念すると決めたんや。


「ええ、料理はほんま上手で」


 カスミ本人が自慢にしとんねん。言うほどでもないんやけどな、じっさい俺のが手際良いし。よう言わんけど。分かるやろ他人の自慢を何だ、アレしてはアカン。それをやったら戦争や。だいたい何より他のヤツの前ではかばったらな、俺は彼氏なんやから。

 と、力んだ俺に笑顔を浮かべて田中くん、さらりと続きを口にした。


「大西さん、さっそく冷蔵庫や戸棚を開け閉めしてたんですが」

「そっから先は俺が。田中はほら、ずっと関東やから。大西ちゃんのセリフを再現でけん」


 馬場お前は信用ならん、こういうことに関する限り。


「無い。田中さん、ソースどこ?」

「持ってないけど」

「料理せん人?……え、でも夏合宿では作ってたよね……あ、みりんもオリーブオイルもある」

「ソース、使わないから」


「何やのそれ信じられへん」


 田中くんが噴き出した。馬場も爆笑しとる。


「大西さんも、一言一句同じことを」

「いやでも、たこ焼きとかお好み焼きとかどうすんの?」

「お好み焼きは3回ぐらいしか食べたことないし、たこ焼きも年に1度食べるかどうか。それも冷凍のをチンして醤油で。あ、焼きそばはカップ麺です」


 それも全く同じことを言われましたと田中くんは笑っていた。カップ焼きそばとか食べるんやね。ちょっと安心したわ。


「ほな、続けんでー。……え、マヨネーズは?」

「使わないけど?」

「だからお好み焼きとかたこ焼きとか……まあええわ、サラダとか……ドレッシングもないやん!」

「かけるならポン酢とか?」

「あーポン酢は分かるって、そうやない。信じられん。田中さんあなたおかしいわ。実家にいた頃からそれ? お母さん今まで……」


 だからひとこと多いんよ、カスミは。

 田中くんがおかしいってのは同意やけどね。東京者が何言ってこようがここは譲られへん。

 ともかくカスミの表情が凍ったとのことやった、自分から言っておいて。


「思わず『出てってくれ』と。私ももう少し他にあったとは思うのですが」


 しゃあないよ、それは。二十歳かそこらやろ? さすがに言い返さなあかんひと言やし……いや、それでも飲み込むのが正しいんやろか。本気で言っとるわけやない、それは分かってんねやし。

 ああ、そうか。そういうこと……なんかもしれん、結婚するって。つまりはそういうこと、なんやろな。そういう気持ちになれるかどうか。


「無理や。別れましょ」


 正解や。舌の不一致はどもならん。ほんま、どうにもならん。

 カスミもショックやったろうに、その頃からしっかりしとったんやね。


「大泣きしながら部室に駆け込んだ大西ちゃんに女子は色めき立ったけど、『あほらし』と。以来田中は『バカ舌』の『偏食』扱い」

「食えないわけじゃない、どころか結構好きだって言ってるのに。腹減った時にたこ焼きやお好み焼きって発想が浮かばない、そっちに神経が伸びてかない、回路がつながってないだけですってば」


 で、たこ焼きとお好み焼き食わせてもらえんくなったと。えらい迷惑な話やね。でも一度はカスミと付き合うたんや、それぐらいの罰は受けてもらわな。ちゅーぐらいはしたんやろ? あ?


「大西ちゃんと付き合うのは考えもんやね。いろいろめくられてまう。賢い田中のバカ舌とか、イカツい山本のちっさいケツの穴とか」


 何か言い返す前に紙袋を突き出された。ほれ出張のお土産やとか言われて。

 東京ばな奈、十万石饅頭、ありあけのハーバー……なんやのこのチョイス。


「地元民なら誰でも知っとるけどじっさい口にしたことは、いややめとくわ、とにかく間違いのない名物や。会社の関東者にバカ受け間違いなし」

「で、こっちは本命・舟和の芋ようかん。『コスパ最高』って言うと大概コストばかりでクオリティ低いですけど、これは美味いですよ」


 気が軽くなった分だけ荷が重くなった帰り道にくたびれ果ててはいたけれど、もう一度必死のパッチを振り絞る……その勇気をくれたのはやっぱりカスミのひと言だった。


「こないだはごめん」


 ずるいわ。かなわんて。


「あー、俺も悪かったわ。それでこれ、出張のお土産」

「バカ舌のコースケが? 大丈夫?」


 せっかく拭った不安が再び頭をもちあげる。

 男選びの基準、まさかそこではないやろな。


「舟和の芋ようかん…………誰に聞いたん?」


 雲行きが怪しい。バレるもんかな。つーか誰にも彼にもお勧めしてんやろな彼。


「気になって気になってしゃあなかって。せやから東京で田中くんに会うて来た」


「はぁ? ちょっと何してんねや。なんでそんなこと」


「だからいま言うたやろ、田中くんが気になったって。カスミを疑っとるわけやない。俺の問題や。ただのやきもちや」


 そうや。俺は、山本コースケはケツの穴の小さい男や。

 それでもカスミ、俺はその、あれや。君のことを。


「大西カスミさん。改めて、結婚してください」


 照れ隠しですぐと口に突っ込んだ芋ようかんはしっかり甘くて美味かった……けど、口ん中モソモソするわね。


「当たり前やん。今さらなんやのもう」


 同じく照れ隠しで背中を見せたカスミが急須に手を伸ばしている。

 知ってたんやろな、芋ようかんの味。やっぱ少し妬けるわ。

 

「田中くんもな、おめでとうって。笑顔やったで。ちょっぴり悔しそうやったけど。まだ未練あったんかも」


「そういう嘘はいらんねん」


 熱っつ。お茶熱っつ。

 かなわんわ、ほんま。

 コミック版『異世界王朝物語』1巻、好評発売中です。2巻も9月20日頃に発売予定!

 ピッコマでも読めます。よろしくお願いいたします。

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