【5】リュディーヌからの依頼
「シルヴェストル殿下、アルフが戻りました」
ずいぶん早くアルフが情報を持ち帰った。
「事件加害者のエディット・アルドワンは妊娠していました。ふた月前までエディットの婚約者だった被害者の兄のアントナンは、事件の直前にバラント伯爵家のカミーユと婚約したばかりです。
カミーユ・バラント伯爵令嬢と被害者イヴリン・オールストン公爵令嬢は友人関係にありました。
また、バラント伯爵家からオールストン公爵家に少なくない金額の金が動いています。
エディットの妊娠を、姉のリュディーヌも含めてアルドワン伯爵家の者は知らなかったようです。
アントナン・オールストンが加害者エディットの妊娠を知っていたかどうか、もし知っていたとしたらそれは婚約解消より前か後か、この二点についてはまだ調べがついていません。
それからこれもまだ裏が取れていないのですが、アントナンとエディットの婚約が結ばれる前、オールストン公爵家が婚約を申し込んだのは、姉のリュディーヌだったとのことです」
「二人姉妹のアルドワン伯爵家の跡継ぎは、普通に考えれば長女のリュディーヌだったはずだ。婿取りが決まっているのだから、オールストン公爵家の嫡男アントナンとの婚約は無理だった。
そこで妹のエディットと婚約を結んだという訳なのだな。
リュディーヌがアルドワン家の長女という事実を公爵家が知らなかったはずが無いから、姉リュディーヌへの婚約の申し入れは、アントナンの希望に沿ったものだったのだろう。あわよくば、アルドワン伯爵家側が後継ぎを妹に替えてくれればすべて叶うと。
だがアルドワン伯爵家は、長女リュディーヌとアントナンの婚約は断った。
伯爵家の跡継ぎはリュディーヌでなくてはならなかった。
高位貴族からの婚約の申し入れだとしても、爵位継承に直結する場合は断っても特に問題にはならない。
アルフ、短時間の中でよく調べてきてくれた。おかげで道筋が見えてきた」
「はっ、ありがとうございます。引き続き調べます」
「いや、これ以上は必要ない。私はこの事件を裁く立場にあるわけではない。あくまでもアルドワン伯爵家の長女の処遇を決めるだけだ。
アルフには別に頼みたいことがある。
そのアルドワンの長女から、使用人を解雇するにあたり次の職への紹介状に私のサインを求められている。十一通の紹介状に保証人として私にサインをしろというのだ。
アルフ、十一通すべてに目を通してくれ。その十一名が、この私のお墨付きを与えるに相応しいか調べて欲しい」
「かしこまりました」
どこの国に一介の伯爵家、しかもこれから取り潰しとなる加害者立場の家の使用人の紹介状に、第一王子のサインを求める者がいるのだという話だが、逆にそれを求めてきた長女リュディーヌに興味を持った。
第一王子であるシルヴェストルがこの案件に関わっていることを知り、消えるアルドワン伯爵家の使用人の行く末を、国の第一王子に責任を持たせようというのだから大した胆力だ。
それだけではない、これはオールストン公爵家に対し一矢報いたいということでもあろう。
事件を起こした『加害者』の家の使用人の紹介状に第一王子のサインがある。
その紹介状を見た貴族はこれをどう捉えるか。
アルドワン伯爵令嬢エディットが起こした事件を、別の目線で見ることになるだろう。
使用人の差配など、各貴族当主の耳に普通は入ることはない。執事や侍従長の判断で決めることだ。
だがその紹介状に第一王子のサインがあれば、それを見た執事や侍従長は慌てて当主に持って行く。
妹は公爵令嬢を死に至らしめて処刑を待つ身で、両親が揃って自死した。
たった一人残されたまだ若い長女が、使用人の行く末を想って無理を承知で第一王子のサインを求めた。
妹の起こした事件に対し、一切の言い訳も述べない、それなのに紹介状を見た貴族たちは『事件』を『物語』に替えるような噂に興じることだろう。
その噂は、オールストン公爵家は単なる被害者の立場ではないと言外に知らしめるだけでなく、泥に塗れたアルドワン伯爵家を少しは雪ぐものになる。
そのための『駒』として紹介状を持った貴族たちは自分がその役割を担わされたと気づかないまま、まんまと夜会で、茶話会で、リュディーヌの筋書き通りに踊るのだ。
第一王子をその踊りの伴奏者に担ぎ上げて。
──アルドワン伯爵家の長女リュディーヌ。いったいどんな女性なのだ。