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【19】日記の行方

 

リュディーヌはここ数日、満足に食事も喉を通らない日々を過ごしていた。

日記が無くなっている。

孤独の友で、好き勝手なことを綴っていた日記が、先日の物資を受け取った日に消えてしまった。

リュディーヌ以外誰もこの灯台に居ないのだから、日記がどこにあるのかは明確だった。

消えてしまった日記の代わりに、今ここにあるはずのない、シルヴェストル殿下に渡して欲しいと袋に入れて荷馬車の馭者に託したはずの『灯台守日誌』が残されている。

ということは、リュディーヌの日記はシルヴェストル殿下に届けられてしまったのだ。


あの日記に何を書いたか、思い出そうとしなくても覚えている。

シルヴェストル殿下のことについていろいろ書いてしまっていた……。

美しい殿下の文字で自分の名前を書いて欲しい……そんな図々しい夢も、自分だけの日記だという気安さから書いてしまった。

まさかそれを誤って、当のシルヴェストル殿下の手に届けてしまうなんて思いもしなかった。


「……どうしたらいいの……」


もう何度も何度も呟いた言葉だった。

どうすることもできないことは解っている。自分の罪に不敬罪が追加されるのだろうか。

新しいノートを日記として下ろすことも躊躇われて、あれからリュディーヌは日記を書かない毎日を過ごしていた。

次の物資が届けられる日まで、あと二日ある。

そろそろ空になった大樽を台車に載せる準備もしなくてはならないが、リュディーヌは身体に力が入らず、日の出を見て蝋燭の灯りを消した直後からテーブルに伏せていた。


灯台の一番上の蝋燭の部屋には窓ガラスが無いので、ここにいると雨の匂いを感じることができる。今も、うっすらと雨が来る匂いがしていた。

夕べからそんな気がして水桶を外に並べておいてよかった。今から外に出て水桶を並べる気力はない。

少しベッドに横になろうかと思ったが、ベッドのある部屋まで螺旋階段を下りるのも煩わしかった。

ここであと少し休んだら、作業に取り掛かろう……。


リュディーヌはうつらうつらと夢と現実の間を行ったり来たりしていた。

雨が降り出し、灯台最上階のガラスの無い窓から、雨が入ってくる。

蝋燭は片付けられており濡れる心配はないが、石のテーブルはガラスの無い窓の下にあり、テーブルに伏せるリュディーヌを少しずつ濡らしていく。


──階下へいかなくては


階下へ行けば温かいスープの鍋があるはず。

母の作るトマトのシチューがリュディーヌの好物だった。

母は時折、伯爵夫人とは思えない素晴らしい包丁さばきで料理を作ってくれたのだ。幼い頃の私は、料理をする母にまとわりついていた。母が産んだのはエディットだけでも、私にもずっと優しく接してくれていた……。

またトマトを貰えたら、鍋いっぱいのスープを作るわ。

ここではバターやミルクは手に入らないから、シチューは無理だけれど、せめて、トマトのスープを……。




聞き慣れない靴音が響いている。ここには誰も来ないのに。

馭者の方が来てくれるのは今日ではない。来るとしてもこんな朝早くではないわ。

目を開けようとしたけれど、瞼が重たい。

そうだ、私はトマトのスープを作ろうとして……。


「リュディーヌ嬢!」


遠くにシルヴェストル殿下の声が聞こえた。

ああ、私は夢を見ているのね。

誰にも迷惑を掛けない夢ならば、せめてあの美しいお姿を見せてくださればいいのに、ここはなんて暗いのかしら……。


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