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【15】物資の受け渡し


翌日、十五日に一度の物資を島の手前まで届けてくれたのを受け取りに行った。

予め持ってきていた空になった水の大樽を荷馬車に載せてもらい、代わりに水でいっぱいの樽を受け取る。台車に載せるところまでは馭者の人が手伝ってくれた。

他にも新しい蝋燭、パンやチーズ、干した肉、きのこやジャガイモなど長持ちする野菜、それから前回お願いしたロープもあった。

これを張れば、洗濯物や海藻もいい感じに干せるはずだ。

そして密かに心待ちにしていた焼き菓子が今回もあって、踊り出したいような気持になった。今回はクッキーにマドレーヌもあった。その包みを手に取るだけでほんのりとバターの香りがした。


こちらからは、シルヴェストル殿下に渡してもらう日誌を入れた袋を託した。

毎日の業務について書いたものなのでシルヴェストル殿下に確実にお渡しくださいと書いたメモを、いつものように見せた。荷馬車の馭者はそのメモごとノートを入れた袋を受け取った。

もう一冊の日誌に書いて、また次で交換する。二冊の日誌が行き来しているのだ。


「荷物を台車に載せ替えて灯台の下まで一緒に運んでやろう。

ここじゃあロクな物も食えないだろうから、今日は俺の妻がおまえにと野菜と手製のスコーンを持たせてくれたんだ。灯台守の兄ちゃんがあんまりにも細っこいって話をしちゃったからよ、若者は食べなきゃだめだってずっと言ってるんだ。

それからこの油紙の包みは漁師から、干し魚だそうだ。漁に出て、どうしても戻りが暗くなってしまうこともあるが、小さくとも灯台に灯りが点いてありがたいと言っていたぞ。きちんとお役目を務めていれば、いつか交代が来て家へ帰れるだろう。ではまた十五日後に来るからな」


私は口が利けないことになっているので、両手を合わせ、頭を下げた。

『交代が来て家へ帰れるだろう』と、希望を持たせるように言ってくれたが、私には帰る家も待ってくれている人もいない。

それでも、優しい声を掛けてもらえたことは嬉しかった。

水でいっぱいの大樽二つを台車で島まで運ぶのを手伝ってもらえた。

馭者の奥様が野菜をくれたというのがありがたかった。もうずいぶん食べていない大好きなトマトだったら嬉しいと心を躍らせる。

スコーンは重たくて大人の拳くらいの大きさがあった。お菓子というよりしっかりした食事になりそうで嬉しかった。

それから漁師からの干し魚もとても嬉しい。

塩辛い海に囲まれているのに食事に塩気が足りなくて、干し魚なら塩がたっぷり振ってあるだろうと期待した。

荷物を運んでくれる荷馬車の馭者の人はとても親切で、奥様からだと言って毎回いろいろな物を差し入れてくださるのだ。産みたての卵をくれたり、オレンジをくれたりしたこともあった。

島まで水の樽を運ぶのは私の仕事だけれど、毎回荷車を引いて灯台まであの心許ない道を運んでくれるのだ。そんな親切に、私は何も返すことができないでいる。

最初は刺繍の道具を殿下にお願いして入れて貰い、長い夜に何か刺繍をしたものを差し上げようかと思ったけれど、私は男性ということになっているのでそれもどうなのだと思い、やめてしまった。

親切にしてくれる人にお礼をすることもできない、何も持たない人間であることが悲しかった。

女性であると知られないために口が利けないことになっているので、ただお礼を言うだけのことすらできないのだ。

近くに村でもあれば、何か賃金が貰える仕事をするのに、ここには何もない。

最後の日にホルスがくれた父のカフスなどを売ったというお金は大切にとってあるが、買い物ができる街にいくための手段もない。

本当に、私という人間には何の価値もないように思えてそれが寂しかった。



暗くなる頃に蝋燭を点し、その灯りの傍でもう一冊のノートに日誌を書いた。

次の物資が届く時に、このノートを渡し、今日届けてもらった日誌を受け取るのだ。

まずは物資受け取りについて書いた。

ロープを張ってみたら少し短かったので、そのことも書いた。

できればもう一本同じものか、長いものを新たに戴きたいと、はっきり書いてみた。


「図々しいかしら……。でもきちんと張れないと何も干せないものね」


今日は久しぶりに誰かと話した。私は話してはいないけれど、誰かと会うことが久しぶりだった。

夜の間、眠ってしまうことがないように、蝋燭の灯りを守らなければならない。

ここへ来てからの昼夜逆転の生活にもようやく慣れてきたが、今日はとても疲れた。

それでも夜通し考え事をして、時々思い出したことを新しい日誌に書きつけたりして、長い夜を過ごす。

時々灯台を出て暗い海をすぐ近くで眺めたりもする。

灯台から漏れる灯りで見えるのはごく狭い範囲だけだ。眼下の海は見えてもそのすぐ先は真っ暗で何も見えない。打ち寄せる波の音が恐ろしいくらいだ。

時々、遠くに船舶の小さな灯りが見えることもある。

夜中に航行している船はほとんどないか、ここから見えない。

でも、海に船が無い訳ではないのだ。

その為に、私は灯台の灯りを守らなければならない。

暗い海で浅瀬に座礁しないように。

無事に家族の待つ家へ帰れるように。



夜には、シルヴェストル殿下が持たせてくださった絵本を読んだ。

わざと声に出して読むのだ。そうでないと、声の出し方を忘れてしまいそうだった。

主人公のマイーヤが窓を拭いている。

窓の向こうは明るくて暖かな灯りとテーブルがあり、そこには新年のごちそうが並んでいる。マイーヤはただごちそうを見つめているだけだが、私はごちそうをみつめているマイーヤを眺めるだけだ。

マイーヤが頑張っているから私も頑張れる。


絵本を戻して、海面が少しずつ白く光るのを見つめていた。

もうすぐ夜が明ける。

真っ暗で何を吞み込んでも誰にも気づかれない夜の海が、何事もなかったかのように朝の海の顏を見せ始める。

明るくなってからすべての蝋燭を吹き消すと、その場に伏せて目を閉じた。


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