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【12】灯台の夜に思うこと①

 

リュディーヌは灯台の一番上の部屋まで上り、その窓からの景色を見ていた。

水平線に溶けそうな太陽の光が海面に光の道を作っている。

凪いだ海面がオレンジ色に染まり、そろそろ蝋燭を点す頃合いだった。

蝋燭に火を点すのに、ストライカーという鋏に似た道具を使う。

片刃に『火打ち石』、もう片方に『鋼鉄』がついていてこすり合わせることで火花を生じさせるものだ。その火花を紙屑やよく乾いた小枝に移す。

当初は時間もかかったが、リュディーヌは慣れて手際が良くなってきた。

ストライカーの刃には王家の紋章が彫り込まれている。

シルヴェストルが暖炉に火を入れる時に、自ら使っていた物だという。

リュディーヌがまだ家にいた頃、アルドワン伯爵家では暖炉に火を入れるのは従者の仕事で父が自らそうするのを一度も見たことはなく、リュディーヌはストライカーに初めて触れた。

シルヴェストルは第一王子であるにも関わらず、自分のストライカーを持っておりそれで火を点けていた。それをリュディーヌに譲ってくれたのだった。

『こうして鋏で紙を切るように何度か動かすと、火花が出る。長い髪やドレスの袖にフリルがあると危険だが……寂しいほどにその心配は要らないのだな』

リュディーヌにストライカーの使い方を説明しているシルヴェストルの微笑みを、長い夜に何度も思い出した。

ストライカーで蝋燭に火を点す時、まるでシルヴェストルに見守られているように感じた。


そして夜毎考えているのはやはり家族のことだった。

父の妹である叔母から、自分が生まれて間もない頃に孤児院前に捨てられた子供だったと聞かされたのは十歳くらいのことだ。

結婚三年が過ぎても子が生まれず、父母は孤児院から父と似た紫色の目を持つ赤子の私を引き取り、名前と誕生日を与えた。

皮肉なことに子供の泣き声と笑い声で屋敷が賑やかになったところに、待望の実子エディットが生まれたという。

『お兄様がエディットの誕生に喜んだのは最初だけなのよ』

母を嫌う叔母が歪んだ微笑みを浮かべて言ったのは、エディットの性質についてだった。


エディットは心に思った言葉を、少しも留めておくことができなかった。

勉強やマナーを学ぶことはきちんとできるのに、後先考えず頭に浮かんだ言葉を口にしてしまう。

年齢相応に髪が薄くなってきた執事ホルスに『ホルスの髪の毛はいつ元に戻るの?』と言ってしまうのは可愛いほうだ。

『お父様は新しいものがお好きでしょう、なのにどうしてお母様を新しくしないの?』

『おばあさまから、地下でネズミが死んでいた時みたいな臭いがするわ』

エディットは十歳を過ぎてもこんな調子だった。

両親はその都度エディットを叱ったが、私にはエディットが叱ってどうにかなる状態ではないと感じていた。

子供だからと言って何を言ってもいいわけでもなく、取り返しのつかないこともある。

肚の中と舌に載せる言葉がいつも異なる貴族社会で、うまく泳いでいけるはずもない。


『この前のお茶会のほうがお菓子もお花も豪華だった』とエディットが言ってしまったのは、ある公爵夫人が開催したお茶会の席だった。

すぐに母はエディットと共に謝罪をして私とエディットを連れて帰った。母は帰りの馬車でも家に戻っても懇々と叱り諭したが、エディットは本当のことを言っただけだと言い張った。嘘を言ったのではない、本当のことを言ったのに何がいけないのかと逆にエディットは母に詰め寄った。得体の知れない生物に遭遇したような母の目を、昨日のことのように思い浮かべる。


それから両親は、私とエディットをお茶会に連れて行かなくなったが、あの日は、王妃殿下の主催とあっては断れなかったようだった。

あの事件が起きた王妃殿下主催の蓮の花鑑賞会の前に、私は両親から何度もエディットから離れないように、エディットが何か言おうとしたら別の話をするなどしてエディットを黙らせるようにと言われていた。

伯爵家以上の成人した娘との招待だったので、母がついて行くわけにもいかない。

それなのに当日の朝、私は熱を出してしまったがエディットの支度はできあがっており、今日は一緒に欠席しましょうという母の言葉にエディットは猛烈に抗議したそうだ。

おそらく母にはエディットの理屈を覆すことができて、エディットを黙らせるだけの言葉を思いつかなかったのだ。

最近のエディットは、自分だけの理屈を支える言葉を探すことがとても上手くなっていた。

両親が学習してほしいものとは違ったものをエディットは身に着けていた。

そのせいでエディットを止められず、あんなことになってしまった。


父は、王妃殿下から招待状が来てしまった以上事前に断ることはできないと言ったが、それなら当日熱を出したと言ってエディットを欠席させればよかったと何度も思った。

物事は、『こうすればよかったのに』というところをすり抜けて、まるで運命に襟首を掴まれたかのように逃げられなくなるものなのかもしれない。


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