【11】事件の真実
最近のシルヴェストルは、側近アルフが驚くほど仕事を精力的にこなしている。
そっとシルヴェストルを見ると、指で机をピアノを弾くように叩きながら、書類の山を三つの箱に振り分けている。
アルフはエディット・アルドワンの事件の最終報告書類をまとめながら、残された長女の処遇を決めたことで、シルヴェストルは仄かな初恋に素早く見切りをつけて、本来の姿に戻ったのだと感じていた。
被害者イヴリン嬢の父であるオールストン公爵は、嫡男アントナンの希望を受けてアルドワン伯爵家の長女に婚約を申し込んだ。
嫡男の希望は公爵にとってはおまけのようなもので、外国の技術を取り入れた灌漑設備の敷設に成功し、高く安定した税収を得ているアルドワン伯爵家と繋がりを持ちたかった。
だが、アルドワン伯爵は、長女リュディーヌは婿を取るので次女のエディットならオールストン公爵家に嫁入りさせることができると言った。
縁続きになるための婚約相手が長女でも次女でも構わないと考えたオールストン公爵は、アントナンを説き伏せ次女エディットとの婚約を結んだ。
目当てのリュディーヌと婚約できなかったアントナンは、姉ではなく自分を選んでくれたと勘違いして距離を詰めてきたエディットに、叶わなかった劣情をぶつけた。
一方で被害者であるイヴリンは、友人であるカミーユ・バラント伯爵令嬢が自分の兄アントナンを慕っているのを知っていたため、身勝手にも兄の婚約者となったエディットを兄から遠ざけようとしていた。
姉のリュディーヌすら知らなかったエディットの妊娠を自分とエディットの侍女を通じて掴み、あの事件の場でエディットに言った一言で結果的にイヴリン嬢は命を落とした。
その一言が何であったか、アルフはようやく知ることができた。
『エディットのお腹の子は誰の子なのかしらと聞いたら、兄は身に覚えがないと言っていたの。そんなふしだらなあなたは婚約破棄されて当然なのよ』
これは事件直前に新たにアントナン・オールストン公爵令息と婚約を結んだ、バラント伯爵家のカミーユ自身の証言だった。
イヴリンと共謀して、イヴリンが兄アントナンと父親にエディットが他の男の子供を妊娠しているという嘘を吹き込んだことも証言した。
カミーユはイヴリンと共にエディットとの婚約を破棄させて新たに自分がアントナンの婚約者になったものの、良心の呵責に耐えられなくなったらしい。
自分がアントナン公爵令息への恋を諦め切れなかったせいで、親友のイヴリンが死に、アルドワン伯爵夫妻が自死を選び、じきにエディットもお腹の子供と一緒に死罪となり、アルドワン伯爵家が貴族名鑑から消えるという大きすぎる代償に、今更のように震えあがっているという。
カミーユは父であるバラント伯爵に、自分のしたことを打ち明けたところだそうだ。
イヴリンが自分の侍女をエディットの侍女に近づけた。エディットの侍女は、エディットの一番近くにいる立場ならば知り得る『女性の身体周り』のことを、仲良くなったイヴリンの侍女に話してしまった。
バラント伯爵は、娘カミーユが公爵令息に見初められたと知って大喜びでオールストン公爵家の求める金銭援助をした。
それがこんなことになるとは、娘の話だけを聞いて何も調べなかった自身の浅薄さを呪った。
おそらくアルフがこれをまとめている間にも、アントナンとカミーユの婚約は正式に解消となっているだろう。
オールストン公爵は娘を亡くした被害者でありながら、嘘でエディット・アルドワンを追い詰めたいわば加害者の娘の父でもある。
エディットはイヴリンを突き飛ばして池に落としたが、イヴリンもまた、嘘の言葉による暴力をエディットに働いたと言えるのだ。
だが、イヴリンをなんらかの罪に問うことはできない。
短期間に二度も婚約が無いものとなった嫡男アントナンの未来も、明るいものではなくなってしまった。カミーユも今後幸せな結婚は望めないかもしれない。
「諦め切れなかった一つの恋心が、こんなにも多くの不幸を生んでしまったということか……死者を悪く言うのは気が引けるが、イヴリン嬢が愚かにもエディット嬢を貶めようとさえしなければこんなことにはならなかったのだ。なんともやりきれない話だ」
アルフの独り言がデスクの上を転がり、毛足の短いカーペットに落ちて吸い込まれた。