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79:ダチョウとちっぱい



ヒード王国、その最南端に位置する都市プラーク。


この町のお外を住処にするダチョウちゃんたちは、現在とっても悩んでおりました。


まぁどんなに賢くなってもダチョウなのは変わらないので、基本的にその悩みが継続されることは全くないのですが、なぜか心の奥底にもやもやが残っているような感じの子が何人もいます。普段ならばそんなもやもやもみんなと一緒に遊んだり、ママによしよししてもらうことで全部吹っ飛ぶのですが……。



「うにゅぅ……。」



どうやらデレちゃんは違うご様子、何と言ったって彼女はこのダチョウたちの中で一番頭が賢く、同時に記憶力も抜群という特異個体です。まぁ存在自体が世界のバグみたいなママと比べると全然ですが……。運が良ければ昨日の晩御飯に食べたものを思い出すことができるくらいに“かちこい”んです。



「にゅにゅにゅ。うにゅ?」



といってもやっぱりダチョウちゃん、さっきまで考えていたことをすぐに忘れちゃうのもしばしば。戦い、“狩り”となるとスイッチが切り替わりもうちょっとだけ賢くなるというか、最適化するのですが現在平時。おひるねとかけっことおえかきぐらいしかやることがありません。


ま、このままだとずっとこんな感じなのでちょっとこちらからお話を提示してみますね。ほらデレちゃん、あの新しくやってきた人のことをさっきまで考えてましたよ。自分のことをママの妹っていう変態さんです。



「うにゅ! きらい!」



あらら、頭の中に浮かんだ瞬間に拒否反応が出ちゃいましたね……。まぁ彼女、元“共和国の特記戦力”であるエウラリアはドが付くぐらいの変態。ド変態にしてドМです。そりゃ嫌いになるだろうという狂いっぷりですが、デレちゃんにとってそこらへんは色々難しくてわかりません。


この世界における神様なんて知りませんし、なんなら一番偉いのはママだと思っている節があります。変態が異端者で自分から天罰を喰らいに行く狂人だとしても、全然理解できないのが彼女たち。もちろん性的嗜好なんてわかるはずもありません。ママが最近口にするようになった『はんしょくき』というのが来たらちょっとモゾモゾする子が出てくるということは感覚的にわかりますが、まぁ全部すぐに忘れるので関係ありません。


ひとえにデレちゃんたちがあの変態を嫌っている理由としては……、ママとの距離が近いからです。とっても嫌なんです。



「うん! いや! とっても、とぉ~ってもきらい!」



記憶力のいい(ダチョウ比)デレちゃんは知っています、あの変態とママがバチバチの殺し合いをしていたということを。ママがよく模擬戦とかじゃれあいっこをマティルデさんや、アメリアさんとするようになってから“狩り”と“戦いごっこ”の違いがよくわからなくなり、なんとなくママの雰囲気でそれを判別するようになったダチョウたち。あの時もママの雰囲気が“戦いごっこ”だったのでみんな介入はしなかったのですが……。


肝心の相手はバチバチに殺されていました。いやまぁ『不死』の異能を持っているので殺されてはないのですが……、全身が吹き飛んだり、爆発したり、破片が転がったりとダチョウちゃんでも「おかしい!」とわかるような殺し合いが行われているように見えてしまったのも事実。


まぁつまり、さっきまでママと殺しあっていたはずの『敵』が、急に『お姉様! お慕い申し上げておりますッ!!!』なんて言い始めたわけです。



「にゅーッ!!!」



もう意味が分かりません。いや言ってるこっちもあんまりわかってないのですが……。


さっきまで敵で、殺しあっていた相手がなんか急に仲間になっている。ママであるレイスも含めダチョウたち基本的な価値観は『高原』の影響を多大に受けて構成されています、つまり敵といったら“殺す”か“殺されるか”の二つしかありません。ダチョウなんか目もくれないほどの相手が大量に跋扈する世界において、『和解』という概念は絶対に存在しないのです。


そんなところに現れたのがエウラリア、ママ大好きっこのダチョウたちからすれば『急にママを自分たちから取ろうとするワルモノ!』に他なりません。先日なんか仲間になってたヒード王国の幼女王とはわけが違うのです。



「でも、やっつけられない……。」



デレちゃんにとっても“敵”とは即座に排除すべきもの。たまにそれを忘れて遊んじゃう時もありますが、相手が強かったり面倒だったりするとさすがに忘れません。ダチョウ獣人にとって群れの指揮者であり母親でもあるレイスを取られるというのは群れの崩壊を意味します。なので全力で排除すべきだと本能で理解した彼女たちでしたが……。


最悪と言ってもいいことに、不死ちゃんからママのにおいがするのです。それも外に付着しているようなレベルではなく、体の何割かがママになっているような感じ。



「わかんにゃい……!」



これによりダチョウちゃんたちは、深刻なバグを抱えることになります。『敵は排除すべき』という命令と、本能に刻まれた『仲間を攻撃しちゃだめ!』、『ママはとってもだいじ!』という二つの命令。これが相反してしまうという事態が起きてしまいました。


ダチョウちゃんの小さな頭ではそんな難しいこと考えられませんし、どっちかを無理やり抑えて何かを起こす、ということもできません。もう何が何だか分からなくなっちゃって、とりあえず『ママとっちゃやだ!』という思いを何とか解消するためにエウラリアちゃんに向かって『あっちいけー!』と言い始める。


それが彼女たちの状態でした。



「でもねでもね、デレね。わかるの。」



普通のダチョウちゃんであればそこでストップ、時間経過による忘却でなんとかしていかなければなりませんが、デレちゃんは違います。何回か群れを率いるという経験をしたおかげか、何が群れにとって、仲間たちにとって有用であるかというのをなんとなく理解し始めています。


ママが敵なのに倒していない、殺していない。また自分たちと仲良くさせようとしているということは、『あの嫌いな存在は、みんなにとって、とっても“いい”そんざい!』ということ。


頭では理解しているが、感情がそれを許していない。それが今のデレちゃんでした。



「……やっぱり、なかよし?」



うん? あぁ、そうですねぇ。やっぱり仲良くしておいた方がいいとは思いますよ。レイスママを自分の姉と思い込むというか、そういう記憶を再構築してしまってエウちゃんからすればデレちゃんたちは守るべき存在であり、姪っ子ちゃんたちです。今は嫌われていますが、正直かわいくて仕方ないでしょう。


今のままでも惜しげもなく能力を行使してくれるでしょうが……、ある程度仲良くなり、お話ができるようになればできることも増えていくでしょう。それにエウちゃんの脳みそは狂っていますが、言葉が通じないわけではありません。何か困ったときに相談できる相手が増えるのはいいことだと思いますよ?


そして何より……、仲良くできたらママに滅茶苦茶褒めてもらえると思いますよ?



「ほんと!?」



えぇ、もちろん。だってママはみんながエウちゃんのことを嫌っていることを知っているでしょう? もしその状態から色々頑張って仲良しになれたとママが知れば……、もうとびっきり褒めてもらえるはずです。だってママって頑張ったら褒めてくれたでしょう?



「うん! うん!」



よぉし、そうと決まれば小さなことから始めて行きましょう! まずは視界に入れても『あっちいけ!』って言わないようにする練習からですね!



「……むじゅかち。」








 ◇◆◇◆◇







デレちゃんがゆっくりと『我慢』を覚え始めていたころ。


トラム共和国、あの『不死』のエウラリアちゃんが元々所属していた国では、緊急の議会が開かれていました。


共和国の中央部に存在する巨大な議事堂に集まるのは各州ごとの有力貴族、外からの侵略に対して以外は基本的に協力せず自分たちの利益だけを追い求める者たちがそこに集います。



議題はもちろん……、『共和国南部に成立した“連合”についての対応』です。



皆さんご存じの通り、ダチョウちゃんたちのいるヒード王国はレイスちゃんが獣王さんを被害者の会送りにしちゃったことで、実質的に隣の獣王国を属国化しています。そしてもう一つのお隣さんであるナガン王国もレイスちゃんが滅茶苦茶怖いので『仲良くするからぶたないでほしいのだ。』というムーブをしています。


つまりこの各国が鎬を削り戦国時代が巻き起こっていたこの南大陸において、強大な国家が完成してしまったことになります。軍師さんがこぼしていたように、三国による『連合』が完成してしまったわけですね。連合の皆さんからすれば頼もしい仲間が増えたという感じで喜ぶだけなのですが、周辺国は違います。


だってお隣さんが気が付いたら三倍のパワーをもって『こんにちは、死ね!』してきそうな状態になっちゃったのです。特に共和国とナガン王国は何度も戦争をしてきた仲。いつ攻め込まれるか解ったものではありません。


そのため、共和国の前回の会議では『なんか連合ヤバいっぽいし、その中で一番強そうな“レイス”ってやつとうちの特記戦力ぶつけてなんとかすべ。どうせあいつ死なないし負けてもかえってこれるやろ。』的なことを話し合い、エウラリアちゃんを送り出した、という感じですね。



「というわけで、前回は我が共和国の特記戦力をヒード王国にて新たに生まれた特記戦力排除のため。少なくともその情報の入手を行うために派遣するということに決定した。」


「ですな。今後この南大陸では“連合”VS“それ以外”という形で包囲網を結成していく形になるかと思われます。その包囲網結成時に敵特記戦力の首や情報を持ち込めばより優位に立てるのは間違いなし。」


「彼女の『異能』は距離が離れても効果がありますからね。『不死』は死にませんし、妥当な決断であったかと。本人も新たな痛みを求めていたようですし。」



共和国議会の議長が淡々と前回の内容をおさらいし、議員たちがそれを補足し自身の存在をあらわにしていく。国の方針を定める場ではあるが、政治の場ということもありその発言や何も発さず視線だけ送るものの様子から“派閥”というものが見えてくる。


まさにかの軍師であれば策略を打ち込めそうな“隙”だ。



「それで、その特記戦力。エウラリア殿から最初の報告書が飛んできたのだが……、とりあえずは読み上げようと思う。」






前略国のお偉いさんたちへ。


とりあえずプラークに到着して色々見てきたので報告しときます。


なんか町の周りじゃなくて外に住んでました。普通に強そうなので色々楽しみです。あとその群れ? なんかたくさんいたんですけど、そのリーダーみたいなのと接触できました。


数は300くらいで、リーダーを頂点としてその下は全部平等みたいな集団でした。それでリーダーさんは少なくとも“上”のランク、下の人たちは準特記戦力しかいなかったです。


やばいっすね。


これから情報集めて送っていく感じです。よろよろ。



あと町の中で食べた捧げもののアップルパイおいしかった。






「……。」



静まり返る共和国議会。とても国の機関に提出すべきような内容ではない。教会での教育を受けた人間であるせいか字自体はきれいなのだが内容がもうダメである。報告書というよりはもう日記、お友達に送るお手紙レベルである。いやまぁ“特記戦力”という存在自体国家すべてと同等みたいな扱いを受ける存在なのでこんな物でもいいのかもしれないが……。


だがしかし、議員たちが黙ってしまった理由はこれではない。



「「「ま、まともすぎる……!!!」」」


「え、議長。それほんとに“エウラリア殿”からのお手紙?」


「あぁ、筆跡なども調べさせたが確実に本人だった。」


「え? あの狂人のエウラリア殿が? まともな文章を送ってきた??? これまで全部自分の血で染まって何も読めないこともあったのに???」


「ちゃんと読めると思えば今日喰らった神罰の痛みについて300枚近い紙束というか本を送ってきたあのエウラリア殿が???」


「酒に酔った勢いで議会に乱入してきて全裸になった瞬間『今から一発芸しまぁす、てんばつぅ!』って言いながら神への捧げものを強奪したせいで神の雷が乱発されて、この議事堂を瓦礫の山に変えた彼女が???」



「比較的まともな手紙を送ってきた???」



ありえぬ、天変地異の前触れか?、明日は神がお怒りになって全世界が海に沈むのでは?、などと口々に言葉を形にしていく議員たち。そうである。エウラリアちゃんはこれまで自分の欲と信仰に正直に生き過ぎたせいで全然『まともな人間』として思われてなかったのである!


いつも足を引っ張る仲である議員たちであったが、特記戦力の異常はすなわち国家存亡の危機。全員が一丸となって事態の把握に動いていく。議長から手紙を奪い取り内容を確認したものがいたが、どこからどう見てもエウラリア本人が書いたものに違いない。


だってあいつ自分の血文字で書かれた聖書とかを議事堂に持ち込んで無料配布とかして『みんなで一緒に聖書を読んでお勉強しましょう!』とか言う奴である。自分に向けられる視線ですら性的興奮に変えるバケモノである。もう知りたくないことまで知ってしまっていた。



「つ、つまりこれは……。」


「いきなりあちらで改心したという可能性は?」


「さすがにないだろう、エウラリア殿だぞ?」


「た、たしかに……。」



次々と推論を口にしていく議員たち。しかしながら誰一人も“最悪”の想定を口にしない。それがもし事実だった場合、この国の状況は最悪と言っていいものになってしまうからだ。しかしながら時間は有限、議長がガベルを打ち付け、静粛にさせた後。口を開いた。



「やはり最悪を想定すべきだろう。……エウラリア殿はおそらく、ヒード王国が共和国では用意できない“痛み”を手に入れたため、裏切ったと。」



議長のほぼ正解ともいえる言葉を聞き、唸りだす議員たち。


この瞬間共和国が有していた特記戦力は掻き消え、無敵の軍隊ともいえた『不死の軍勢』もいなくなったことを意味する。これが周辺国に発覚した瞬間『共和国など恐るに足りず!』となり即座に攻め滅ぼされてしまうだろう。連合という巨大な敵がいる以上、うまく立ち回れば何とか生き残れるかもしれないが、それでも国際的立場の下落は避けようがない事実。



「新たに在野から特記戦力の確保を……。」


「そう何人も生まれるものではないだろう。我らは準特記戦力すらあの“蜘蛛”しかおらぬのだぞ!」


「となればスカウトを?」


「他国よりも良い条件を出すのは難しいだろう。我が国にはあまりひきつけるようなものがあるとは言えぬ……。」


「では帝国からの援助はどうか? いくらこちらに手を出さぬと公言していても連合という脅威ができた今、動く可能性は高いだろう。」


「だが帝国だぞ? やろうと思えばこの大陸が統一した後に戦っても勝つ算段がある国だ。動くにしても共和国が崩壊した後に、その重い腰を上げる程度だろうよ。」



普段はお互いの足を引っ張りあう議員たちだが、決して無能ではない。淡々と意見を出し、それについて議論を進めていく。しかしながら良い案が簡単に出てくるはずもなく、どんどんと却下されていく。一応友好国であり、ともにナガン王国と敵対している『リマ連合』と共闘するという手もあったが、『リマ』が保有する特記戦力はエウラリアちゃんよりも気難しく、同時にリマは商人たちの国だ。利益がなければ動くことはないだろうと考えられていた。


そんな時、一人の議員が。いや薩摩が声を上げる。



「突撃すったぁどげん?」


「突撃?」「今?」「ほんき?」


「おいどんは正気じゃ、ここは一度叩っとが最善ばい。」



彼が言うにはこうだ。


とりあえず全員でナガン王国に突撃することで、その反応を見る。一応まだ『不死』が裏切ったとは言い切れない状況でもあるので、一回突撃して『不死』が機能しなかったらそれでわかる。それにいきなり攻撃すれば相手も動揺するだろうし、周辺国も『連合』を警戒しているのは確か。


ここで自分たちが一番槍を決めれば、周辺国も『今が好機!』となって攻撃し始めるはず。うまくいけば戦後いい感じになるのでは?



「「「なるほど……。」」」


「あ、じゃあ突撃しちゃう?」



そう言いながらどこから取り出したのか愛用の大剣を引っ張り出してくる議長。いつの間にか議員たちも個々の武器を取り出しており、薩摩弁を扱う男はもう鎧まで着用していた。チェストの準備は完了のご様子。


エウラリアも言っていたが、基本的に共和国の人間は外敵に対しめちゃくちゃ攻撃的になる気質のものが多い。今回の場合、自国の特記戦力という身内であり値千金の存在を奪われちゃったわけだ。冷静に話しているように見えたがもう頭沸騰寸前だった。



「ではこれにて議会を終了とし、反攻作戦を開始するッ!」


「「「「「お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!」」」」」



野太い声が、議事堂に響き渡る。


同時にナガン王国の方から軍師の悲鳴なようなものが聞こえてくる。



これが、南大陸全土を巻き込む大戦争。【統一戦争】の始まりである。









〇デレ

ママに褒めてもらうため頑張る! まずは視界に入れても我慢する練習から……、きらい! あっちいけ!


〇エウラリア

なんか滅茶苦茶色んな所で言われてる気がする……。


〇軍師

議会の派閥の対立に目をつけ、いい感じに「議会は踊るされど進まず」状態ができるようにしていたのだが、エウラリアの普段の行いが狂人過ぎたのと、薩摩弁の男が「チェスト、チェストしちゃう?」マインドだったせいで失敗した。普段なら多分これを含めて策を練れたのであろうが、他国にも同様の手を打ちながらぶっ壊れた王都の再建&エウラリアがこっちに来ないように手を回してたせいで失敗した様子。かわいそ。




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