69:ダチョウとなやみ
「ギャーッ!!!」
【死亡カウンター:26】
今日も元気に断末魔、前回たったの4だったカウントが一気に26まで増えた死霊術師ちゃんのお時間です。
先ほどまで高原にいた死霊術師ちゃんが死亡したため、彼女の魂は高原外にある拠点へと転送。バスタブに満たされた彼女の血を材料にその体が再構成されて行き、数秒後には真っ新な彼女が最誕します。
被害者の会のために用意された茶の間で『はやく召されろーっ!』というプラカード片手に声なき声を上げる両腕と片足ちゃんのせいで、欠損持ちの死霊術師ちゃんではありますがその美貌は一切崩れておりません。なにせ少しずつではありますが高原で成果を上げているのですもの。
「か、飼い犬に手を噛まれるとはこういうことですかぁ……ッ! あんの毛むくじゃら! 次会ったら鍋にしてやりますからねぇ!!!」
ま、その成果も微々たるものの様ですが。少々過去のことを振り返ってみましょう。
前回けむくじゃらこと"ぺちぺち"に斬殺された死霊術師ちゃんでしたが、彼女は死亡回数を重ねることで"ぺちぺち"の行動パターンを解析。そして相手のスペックを完全に把握した彼女はぺちぺちが枝を振るう前に殺害し、アンデッドにすることに成功しました。
『うっしッ!!!』
それまでに12の死を繰り返したためその喜びもひとしお。そして部下が出来た瞬間彼女の世界が広がります。アンデッド化した"ぺちぺち"を囮に次々と配下を増やしていく彼女。ついにはあの『空間ぺちぺち斬り』を扱う特異個体すらもアンデッドにすることに成功したのです。
『とりあえずの配下も出来ましたし、次は拠点ですね。……何が出てくるか解りませんし、地下に建設するとしますかぁ。この茂みを利用すればいい感じのカモフラージュになるでしょうしねぇ。』
そうと決まれば話は早い。ちょうど空間を切断できる配下もいますし、地面を掘り進めた時に出る土砂を運ぶぺちぺちもいます。場所も高原の中では珍しい視界を遮る茂みがある地帯。これ以上ないほどの好立地です。
早速指示を出した彼女は、瞬く間に作業を終わらせ地下に小さな一室を建設しました。
『椅子と軽い寝具、転移で持ってきたものですけど最初はこんなものですかねぇ。……疲れましたし、今日はここで寝てしまいますかぁ。』
おそらく6畳もない小さなスペース。しかしながら素晴らしき高原で初めての文化的スペースです。大きいことをするのも好きですが、彼女の本質はコツコツと積み上げること。本日の成果に満足しながら眠りにつきますが……。
【死亡カウンター:13】
『…………はぁっ?』
気が付けば彼女の拠点のバスタブで目を覚ましました。
皆様も少し考えれば理解していただけるだろうが……。
地面からなんでもなく生えているただの木々の硬度が金属を超える大地、高原という場所"自体が"普通ではない。
この地が置かれた状況を正確に言語化するのならば、『気が狂うほどのエネルギーによって無理矢理再生し続ける大地』である。莫大なエネルギーはその地で育つ木々を理解不能なほどに固くし、その地で実る作物は気が遠くなるほど高カロリーになる。
勿論その地で住まう生命たちはこの場所に適応し、体内に駆け巡る理不尽なほどのエネルギーを"力"へと変換する。そのためこの地は豊かな土壌を持っており、この世にあらわれた地獄なのだ。
そんな場所、大地に穴をあけた瞬間。どうなるか。
正解は、『元に戻る』である。
溢れんばかりのエネルギー、大地に染み込んだそれはすぐさま元の形に戻ろうと変化し始める。本来長い時間を掛けて元に戻るはずの自然は、一晩もかからずに0へと回帰する。
つまり、死霊術師ちゃんの13回目の死因は、圧死。迫りくる地面の中に埋め潰されて死んだのだ。
『だ、大地もでたらめなんですかこの場所は……。地下拠点は無理ですね。大人しく地表に建設しましょうかぁ。』
自身が何故死んだのかを把握するために高原へと舞い戻った彼女。自分が先ほどまでいた場所に広がる大きな血痕を見て自身が地面に押しつぶされたことを確認した死霊術師は、その地面に広がった血を回収しながら思考を回していく。
幸いこの場所は茂みが多く、拠点建設のための木材は事欠かない。そして素晴らしいことにアンデッドになったぺちぺち達は不眠不休で働くことができる。彼女が少し眠っている間に拠点を完成させ、目を覚ませば素敵なマイホーム、という状況も不可能ではないでしょう。
『よし、では毛むくじゃらさんたちぃ? 頭に設計図を送ってあげましたから、それの通りに作ってくださいねぇ? ……その間、ちょっと焚火でも作って一休みしますか。』
現在の時刻は夜、明日も元気に高原探索をする予定の彼女はこの場で夜を明かすことに決定。サバイバルの鉄則に乗っ取り、木々を集め小さな薪が完成した後は比較的毛並みのいい"ぺちぺち"を枕代わりに就寝するようです。確かにそのぺちぺち、ちょっと冷たそうですが枕にはちょうどいいサイズ感ですものね。いいアイデアです。
……しかしながら、火をつけたのは悪いアイデア。最悪でした。
彼女が保有するサバイバルの知識、それは"高原の外"での常識です。
この魑魅魍魎がダース単位でタップダンスしながら迫って来る高原において、"焚火"など『ここにちょうどいい獲物がいるよ!』という意思表示に他なりません。
そして、更に運の悪いことに……。このぺちぺちがいた茂み。
あいつの、縄張りです。
『GURYEEEEEEEEE!!!』
『え、エンシェント級のサンダードラゴンッ!』
ダチョウたちが"ビクビク"と呼び恐れる、雷を操る雷竜の、縄張りでした。
『ッ! 毛むくじゃら! "斬りなさい"っ!』
特記戦力換算にして、中の上。ダチョウの女王レイスと戦った時の死霊術師ちゃんならば十分に勝ち目がありましたが、今の彼女であればかなり厳しい相手です。少なくとも特記戦力級のアンデッドが複数欲しいところ、しかしながら彼女の手元にいるのは高原最弱と名高いぺちぺちさんたち。
(空間能力を持つアイツをぶつけて、ダメージを与えたところで接近! そこから"浸食"を当てるっ!)
空間を切断するという能力を持つぺちぺち。この毛むくじゃらであればダメージを与えることができると判断した彼女は、即座にぺちぺちを出動させます。もちろん空間ぺちぺち以外にも、彼女の配下となったすべてのぺちぺちが突貫。存在しない勝利へと走り始めます。
『いけぇぇぇ!!!』
"空間ぺちぺち斬りっ!!!"
空間が切断され、"ズレる"視界。しかしながら……。
『なッ! 無傷ッ!』
『GURYEEEEEEEEE!!!』
残念、ぺちぺちの空間能力の出力ではビクビクの体表を突破できないようだ。
そしてお返しと言うように放たれる雷撃。電気に対して高い適性を持つダチョウですら丸焦げにしてしまう凶悪な電気は瞬く間にぺちぺち、毛むくじゃらたちを消し飛ばしていき……。その主人である死霊術師ですらも同様に、チリとなる。
【死亡カウンター:14】
「……雷竜には殺されますしぃ、戻ってみたら茂みごと吹き飛ばされた上にもっかい殺されましたしぃ……。なんとか死に戻りながら同様の毛むくじゃらが集まる地点を見つけられたと思ったらまた殺されましたしぃ……。」
ほんとあの場所は鬼畜ですねぇ。彼女はそう言いながら、嗤う。
壁は高ければ高いほど燃える、彼女が接敵した雷竜。もしアレをアンデッドにすることができれば特記戦力換算で上の下は固い。それを負の力に変えて自身に注ぎ込めればどれ程自身を強化できるか。強大な壁は決して彼女の敵ではない。そう考えれば考えるほどに、死霊術師は嗤ってしまう。
「ま、とりあえず根詰めすぎたら壊れちゃいますし。あの毛むくじゃらを鍋にして今日はお終いにしましょうかぁ。」
因みにぺちぺち鍋は想像を絶するほどに絶品だったそうです。
◇◆◇◆◇
「……そろそろ準備始めた方がいいかなぁ?」
「ん? どうしたのだレイス殿。」
自分の影の存在に驚き、『あっちいけ!』と地面に向かって威嚇する我が子の様子を眺めながら思考を回していると、後ろからマティルデが話しかけてくれる。長期間領地を空けていたせいで仕事が溜まり過ぎて過労死しそう、って言ってたけどようやく終わったの……。いやあの顔は途中で抜け出してきた奴だな。
ま、根詰めすぎて倒れたら本末転倒だからね。ほらここ座って日向ぼっこでもしながら休憩しなさいな。ダチョウセラピーはいるかい? 眺めているだけでも癒されるよ。
「すまない。何もしていないのに祭り上げられたり爵位持たされたり色々あってな……、ほんともう……。」
「あぁ、うん。ご愁傷様?」
「レイス殿について行っただけなのになんで騎士から伯爵にランクアップするんだろう……。んんっ! まぁ私のことはどうでもいい。先ほど何か悩んでいたようだが、何かあったのか?」
「あ~。いや、そろそろ繁殖のこと考えないとな、って。」
私たちの元ネタ? であるダチョウは気温の変化に合わせて繁殖に入る。大体あったかい時期に繁殖に入って、寒くなってきたらやめる。私たちもそんな感じだ。高原じゃ最適な気温を求めて大地を走り回ったり、産卵にちょうどいい場所を探して走り回ったものだけど……。とりあえず安全だけは確保できそうなのはいいよね、うん。
ちょうど今は時期的に冬に入ろうとしている感じ。前世の日本みたいにはっきり四季が分かれているわけではないんだけど、少し寒くなるんだよね。んで、これが明けたら春で、ダチョウたちの繁殖が始まるってわけ。
「…………レイス殿が産むのか?」
「え? ……あぁ、私は産まないよ。というか求愛されたことないし。私は"ママ"であって"メス"ではないんだろうね。」
マティルデの顔見たら解るけど、別に私が産むわけじゃないぞ? 考えていることは解るけれども。
嬉しいことに群れのみんなから"ママ"と呼ばれてはいるけれど、この群れの中に血縁関係がある子はいない。もしかしたら私の両親が隠れているかもだけど、判別のしようがないのでいないものとしてカウントしてる。だって自分の親に『ままー!』とか呼ばれたらどんな顔したらいいかわかんないでしょう?
「もうちょっとあったかくなったら、多分冬明けたぐらいには繁殖が始まるだろうね。そしたら求愛の変なダンスが流行り始めて、気が付いたら卵だらけ。無事に生まれて赤ん坊が地面を走り回るころには、"助産師"兼"保育園の先生"である私の死体が地面に転がる、ってわけ。」
未だ理解できていないような顔をするマティルデを半ば放置しながら話を進める。ウチの子たちみんな童顔で精神も幼児なせいで想像しにくいかもだけど、『やること』はちゃんとやってるのよ? 本人たちはマジで自分が何してるのか解ってないから気が付けば卵が落ちてる、って感じだろうけど。
「な、なんというか……。想像できないな。」
「多分嫌でも見ることになるだろうから覚悟した方がいいと思うよ。……全力で巻き込むつもりだし。」
「……れ、レイス殿?」
大変そう、って顔してるけど私巻き込むよ? 全力で。だって正直300近い群れの繁殖なんて初めてだもの。繁殖入ったらみんなちょっとピリピリし始めるし、生まれたら生まれたでちっこい子供たちが好き勝手走り回るから制御も大変。外敵の心配をしなくていいおかげでかなり楽にはなるだろうけど、正直私一人で今の三倍近い赤ちゃんを管理下に置くのは難しい。今の群れも含めてだと絶対ムリ。ちぬ。
赤ちゃんダチョウはマジで何するか解らないのよ。ちょっと成長して一般的なダチョウレベルにかしこくなってくれれば話は別……、でもないな。うん。あんま変わらないかもしれない。
「や、やはり子育ては大変なのだな。」
「ほんとにね。ある程度放置しても勝手に大きくなってくれるし、周りを見て学んでくれる。でもそれが面倒を見ない理由にはならないでしょう? あの子たちが母と呼んでくれるのなら、私はその役目を全うしないと。」
「そうか……。うん? ちょっと待て。今三倍ぐらい増えるといったか?」
「え、そうだけど。」
群れの規模的に最低でも50のカップルができるでしょ。そこからまぁ卵が産まれて、外敵による影響を考えないと今の三倍近い数。少なくとも1000ぐらいは増えるんじゃない? さすがに産んだ卵全部が孵ってくれるわけでもないし、それぐらいが妥当じゃないかな、って。
「……1000?」
「うん、1000。今の群れと合わせれば1300だね。高原だったら多分途中でやられて四分の一も持たないだろうけど、こっちじゃそんな心配はない。最低でもそれぐらいは増えるかなぁ。」
つい何度も言っちゃうけど、高原ってヤバいからねぇ。ある程度成長できれば太刀打ちできる相手もいるんだけど、さすがに赤ちゃんダチョウじゃ勝てない相手が多すぎる。いくら私が群れを指揮できたとしても逃げるしかない相手だっているし、そういう時に狙われるのは大体弱い個体からだ。
そうなると守れない子ってのはどうしても出てしまう。毎年毎年そういうことばっかり起きるから結構気が滅入ってたんだけど……、こっちじゃそんな心配ないからねぇ。とっても安心。
「れ、レイス殿? もしかしてその、繁殖ってのは毎年……?」
「え? あぁ、うん。毎年だね。どんどん増えるよ。」
「ど、どんどん??? 増える???」
そうそう。カップルの成立はその年によって変わって来るし、産まれる卵の数も変わって来るから一概には言えないけれど、外敵がない場合は大体今いる数の三倍以上の子が群れに追加される感じかなぁ。もしかしたらもうちょっと多くなるかもだけど、最低それぐらいは行くでしょ。
だから来年に1300になるとすれば、再来年は3900ぐらいの子供が生まれて、大体合計で5200。その次は15600で、全体は20800。って感じか。
「…………あれ? これヤバくない?」
「ど、どう考えてもヤバいです……! というかもう来年の時点で食料が持つか怪しぃ……! 今の300ですらかなりヤバいのだぞレイス殿! 無理! 絶対無理ぃ! 私が! 私が死ぬ! 食糧輸送関連の仕事で私が死ぬぅぅぅ!!!」
「Oh……。」
い、いや。実際に数にするとヤバいな……。
あ、あのね? 一応さっき何を考えてたかというとね? 『そろそろ繁殖の時期が近付いているわけだし、そうなるとお母さんになる子たちのためにカルシウム類のごはん用意してやらんとなぁ。』って考えてたのよ。ダチョウの卵ってあるでしょ? アレの殻を作るために骨とか貝殻とかガジガジして栄養を手に入れるの。
高原じゃ適当な獲物引っ張って来て骨ごと食べてたんだけど、こっちじゃそういうの難しそうでしょ? だからあらかじめ骨とかを集めて貰っておこうかな、って考えてたんだけど……。
「そ、そんな問題じゃないな。うん。……マティルデさ、これヤバいよね?」
「もちろんだとも!!! どう考えても無理だぞ!? いや、ほんとに! 1000程度であればまだ馬車馬のようにアラン殿とかを働かせばなんとかなるかしれんが、それ以上となるとプラークでは無理だ! 全員餓死するぞ!?」
今から輸送経路の強化、食料生産施設である村々への投資や道路の整備。その周辺の治安維持などを行ったとしても限度がある。時間を掛ければいずれ結果が出てくるだろうが、数年でそれが達成できるかどうかは不明。現状では、どう考えてもダチョウの増加スピードの方が上回るってことか。
「それに、プラークだけではない! 万を大幅に超えてしまえば獣王国の穀倉地帯でも賄えるかどうか……。」
「あ~。そうなるとこっちで住み続けるには数の制限を何とかしないといけない訳ね、うん。」
そうなると全力で阻止しないとまずいのか……。
「……私が過労死しかけるけど、一応繁殖を抑えることも出来なくない。」
「何!? 本当か!」
いや高原で確立した方法なんだけどね? あっち豊かだけど生存競争激しすぎてマジで食べられない時とかあったのよ。群れの形とか数とかが固まり始めた後半は良かったんだけど、最初の頃はもう地獄でさ。あの子たちの本能が『卵産んで次代に繋げないとヤバい』ってなってるのは解ってたんだけど、数増やされても養えねぇじゃねぇか! って状況でね……。
「四六時中頭撫でて産卵止めた。」
「…………えぇ。」
こう、なんか多幸感に包まれると色々どうでも良くなっちゃうみたいでね? 多分だけど自分をまだ子供、繁殖に適さない年齢だと誤認させるというか……。詳しい仕組みとか全然解らんけど、なんか止まるんだよね。
「これを繁殖期、大体3、4か月続ければ何とか数を抑えられると思う。この期間中ずっと頭撫でてやったり遊んでやったりする必要があるけど。」
「……それ、大丈夫なの?」
「(作業量的に大丈夫じゃ)ないです。」
繁殖なんか思考に上がらないぐらい頭の中を他のことで一杯にすればいいわけだから、それ以外にも方法があるんだろうけどまぁ基本的に私が死に物狂いで何とかするしかあるまい。そして基本的に私が誰かを構っていると、『自分も自分も!』と飛んでくるのがウチの子たちだ。つまり300人全員を均等にとんでもなく甘やかす必要がある。
「……まぁ春の繁殖期まで時間あるし、色々考えてみるよ。今の群れの規模的に半月ぐらいで私ぶっ倒れると思うから。対策必須。」
「りょ、了解した。とりあえず私は食料の備蓄と輸送路の強化を推し進める。骨だったか? それも発注しておこう。……今の業務終わったら長期休暇もらおうと思ってたけど無理だなぁ……。」
二人一緒にため息をつく。
なんか、こう。体に害のないお薬で止められたりすればいいんだけどねぇ。別に繁殖期に子供たちがやることやってるのは別にいいのよ。見てて色々しんどくなるというか、表現できない感情に襲われるけど、まぁ嫌だったらカップルとか成立しないしね? 合意があったらいいのよ。
でもお母さんのお仕事量がとんでもなくなるから繁殖期は辛いのよね……。
「なんか考えてたらしんどくなってきた。楽しい話しないマティルデ?」
「そうだな、同意する。」
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