64:ダチョウの食べ過ぎ
「おかわりお願い。……あ、さっき出してくれた牛の奴。あと二頭分お願い。」
「ひ、ひぃぃぃぃ!!! た、ただいまぁぁぁ!!!!!」
おそらく常人では両手で持ち上げる事すら不可能であろう大皿を片手に持ちながら、その上に乗っていた料理を全て口の中に収めるレイス。その食事スピードと豪快さ、誰がどう見ても蛮族と言うか化け物と言うか、どこからどう見ても同じ生命体だと思いたくない光景である。しかしながら彼女は前世の記憶持ち、ちゃんとお口の中に何もない状態で追加注文することができるのです。えらいね!
……まぁ料理人さんたちは死にかけてますけど。
現在ダチョウちゃんたちは戦後処理を行っている途中、戦争という物は決して勝った敗けたで終わるようなものではなく、両者ともにその後どうするのかよくよく話し合わねばなりません。一部の例外、ダチョウみたいな政治の"せ"すら聞いても忘れてしまう例外を除きどんな戦いにも面倒な後始末が要求されるのです。そしてそれが自国の王都と成れば、余計にお仕事増えちゃうわけですね。
「ママ……。」
「ん? どしたデレ。」
「お腹痛くならない? だいじょぶ?」
「あはー! 全然よ! というかママのこと心配してくれるの? 賢くなったねぇ!」
若干ママの食いっぷりに引き始めたデレちゃんの成長を大声で笑いながら喜ぶママ。彼女の片手には酒瓶ならぬ酒樽が握られています。そんな楽しそうな彼女をよそに、当事者である軍師さんは西へ東へ大騒ぎです。
犠牲者は出なかったと言えど、ちょっとした怪我人が数人います。その人たちの対処は勿論、占拠されていた都市をすぐに調査しあるべき姿に立て直さなければいけません。比較的ナガン王国が周辺国に比べ王権が強く、他貴族たちに対して強く出られるとはいえ『王都』というものは王様のお顔です。決して他人に取られてはいけないものでした。まぁ軍師だからこそ、それを投げ捨てることが出来たのですが……
国として、王としての面目もありますし、王都が生み出すお金も馬鹿になりません。そして何より周辺国の動きを全力で押しとどめなければならない軍師。少しでも気を緩めれば四面楚歌一直線です。現在は同盟国として仲がいいヒード王国、ダチョウちゃん陣営ではありますが、あっちはあっちで『同盟結ぶ前にお前ら攻め込んできたよな? ごめん、やっぱ同盟の話ナシね!』といって攻め込むこともまぁ可能です。
もしこの瞬間ヒード王国にいるルチヤ王がレイスに向かって『ママ、ナガン王国欲しくなっちゃったから攻め滅ぼして♡』なんて言い出して、レイスちゃんがマジで動き出したらもうどうしようもありません。
なので軍師くん、全力で働くのです。
「お、おかわりをただいまお持ちいたしましたっ!」
「お~、ありがとう。んじゃ悪いんだけど酒も追加してくれる? 何度も運ばせるの悪いし、もうあるだけ全部持って来てくれないかな、どうせ全部飲むし。」
「は、はぃぃぃぃぃ!!!」
そんな軍師くん、とてもではないですが緊急性の高い案件に手を付けながらレイスちゃんのご機嫌取りをすることは出来ません。戦が始まる前から薄々それを理解していた彼は、持てるすべての伝手を使い最上の料理人と大量の食材を用意しました。基本的にダチョウたちはごはんさえ用意して置けば機嫌が悪くなることはまぁありません。その経験から導き出した、正解です。
ずらっと並ぶ料理人と食材たち。宮廷向けの料理を扱う専属の料理人だけでなく、大衆向けのとにかく数を作ることに特化した料理人。そして彼らが十全に腕を振るえるように用意された1万の兵たちを20日間腹一杯にできるだけの食材。ナガン王都奪還作戦が始まる三日前にこれを用意した軍師は、料理人たちに『ちょっとこれから想像を絶するレベルの大食漢が300程度やってきますので、その対応をこの三日間で出来るように仕上げて頂けると"とっても"助かります。』とお願いするに至りました。
『はっ! そんな悠長に作ってたら腹なんか一生満たせねぇよ! 速度と味を両立させるのが"俺ら"じゃねぇのか!』
『もちろんそれも重要でしょう、しかしながら見た目は決して馬鹿にできません。貴方は真っ青な料理を出されて食欲が湧きますか?』
準備の三日間、激しい言葉が飛び交いながら彼らは切磋琢磨いたしました。掲げる主義は違えど、料理に掛ける情熱は同じ。鎬を削り合った彼らは短期間でお互いの役割と求められていることをすり合わせ、完璧な状態に仕上げることに成功いたしました。味は勿論のこと、量と見た目を両立したどこに出しても恥ずかしくない料理たちを用意できる状態まで持って行ったのです。
これならばどんな存在が来ようとも必ず満足させることができるはず。そう思っていたのですが……。
「悪いんだけどさ、もうちょっと早めに持って来てもらっていい? 全然足りなくてさ……。」
「い、今すぐお持ちいたしますぅぅぅ!!!」
真のバケモノに、人は無力なのです。
彼らは、とても頑張りました。崩壊した王都の中を走り回り(一部はいつも通り遊んでいた)ダチョウちゃんたちはもうお腹がぺっこぺこ。道行く友軍の兵士さんですら極上のステーキに見えるほどお腹が空いていました。しかしながらママに許可を得ず勝手にモグモグしちゃうと、とんでもないレベルでママから怒られることを覚えている彼ら。何とか我慢することができました。
しかしながら、全身から料理の匂い。もとい美味しそうな匂いをしている料理……、いや失礼。"料理人"を前に我慢なんてできません。
ダチョウたちは、ただ全力でご飯を食べるために動き出したのです。
『はっ! 想定済みよォ!』
『罠カードオープン! 作り置きです!』
しかしそこは栄えある"ごはんさんチーム"、あらかじめ大量の作り置きをしていた彼らはそれを放出することで、時間を稼ぎます。この間に全力を以って料理を作り、ダチョウたちのお腹を満たし続ける。同じ生物であるのならば、必ず限界は来る。そう信じて彼らは働き続けました。
作っては消え、作っては消え。
その死闘が3時間近く続いたころ……、転機が訪れます。
『ぽんぽん!』
『たべた!』
『まんぞく~。』
『ごちそーさまでした!』
ダチョウたちが次々と満腹を訴え始め、その場に寝転びながらすやすやと"おねんね"し始めます。そして何よりおそらくリーダー格であろうダチョウ、デレちゃんから『御馳走様』のご挨拶。わざわざ声を掛けに来てくれたのです。
最初は何を言われたのか解りませんでしたが、自分たちがようやくお客様のお腹を満たすことが出来たのだと理解し、思わず全員がゆっくりと頭を下げる料理人さんたち。お互いの肩を叩き合いながら激闘を誰一人欠けず生き残ることが出来たのだと褒め称えていた時……。"悪魔"が訪れます。
『……あ、悪いんだけど私の分もお願いしてい?』
"ママ"の、登場です。
話し方、そして他のダチョウに向ける優しい目線。そしてリーダー格のダチョウが『ママ!』と呼んだことから彼らも眼前の人物がこの群れの"母"であることを理解しました。そして同時に、子供たちの面倒を見るために自分を後回しにしていたということも。母親もお腹が減っていただろうに、自分を後回しにして子の面倒を見る。なんと美しい親子愛か。
料理人さんたちも疲れてはいましたが、そんな頑張ったお母さんを前に『もう店じまい』なんて言えるわけがありません。自分たちの肉親に思いを馳せながら、ちょっとした"親孝行"と考えついこんなことを口にしてしまいました。
『勿論でぃ! な~んでも好きなもん注文してくんな!』
『えぇ、是非遠慮なさらず、お好きなだけ食べていってください。……あぁ、お酒もご用意しましょうか?』
『ほんと? いや助かるよ~、再生とか魔力消費でガス欠寸前でさ。お言葉に甘えさせてもらうね?』
……皆様、ご存じかと思いますが。
これが、地獄の始まりでした。
レイスちゃんの性格的に自分よりも群れ、子供たちのことを優先する性格からあまり知られてはいませんが、彼女も十二分にダチョウです。浴びるように酒を嗜み、恐怖を感じるほどに飯を口に運ぶ。それは他のダチョウも同じなのですが……、彼女は群れ唯一の例外。"世界のバグ"です。
無から魔力を生成する、そして脳が破壊されたとしても復活する。ではその代価として彼女は何を支払っているか。
そうですね、エネルギーです。カロリーといってもいい。
つまり魔力を使えば使うほどにお腹が空き、脳や体がぶっ潰れるほどにお腹が空きます。高原時代群れの食事を用意するのにも精一杯であった時代、実は餓死しかけた経験から体が適応したおかげでその変換効率は非常に高いのですが、死霊術師ちゃんとの激戦を終えた彼女はこれ以上ないほどに空腹でした。
そんな彼女から"遠慮"が無くなれば……、もうおしまいです。
重量換算して、牛丸々五頭分を腹の中に収めても全く収まらぬ空腹。そして異様な消化能力によりカスすら残さぬほどに全て消化。全く腹部が膨れぬまま、未だおかわりの注文が止まらぬ状況。彼女を除くダチョウ300の猛攻をしのぎ切った料理人さんたちでも捌けぬ食事スピード。気が付けば『待つ間暇だから』と言う理由で豆10kgをそのまま酒の肴に食い散らかす始末。
ただの化け物が、そこにいました。
「たべれる?」
「むりぃ」
「おなかいっぱい。」
「……まま、すごい。」
「ほえ~。」
「ん~! やっぱ美味いねぇ! 仕事の後に美味い飯と美味い酒! あはー! 最高ー!」
若干子供たちに引かれてというか、畏怖を抱かれているママでしたが群れの長としてはまぁ別に悪いことではありません。ママのすごさを改めて実感できる良い機会になったわけですね~。
というかデレちゃん、なんでママのこと心配したんですか? この人もう用意された食料全部食べきるまで止まらないレベルの食欲を見せてますよ? どう考えてもダチョウ300人分全部合わせた量よりも食べてますし……。
「えっとね~、前ね~! 食べ過ぎてね、ママに怒られた子がいたの~。気持ち悪くなるぐらいにね、食べちゃってね。ママにちょっとだけ怒られてた。デレね、ママが痛い痛いになるのね、嫌なの。」
あら~! そうでしたか! ちゃんと過去の経験に基づいて自分で考えて、ママのこと心配出来たんですねぇ! とってもエライ! 多分ママにも褒めてもらえるでしょうけど、私も褒めちゃいますね! 偉い偉い!
「えへへ!」
というかその食い意地張ってる子、絶対町の中でハムとかソーセージを口にくわえてつまみ食いしちゃった子でしょ。ほらあそこでお腹風船みたいに膨らませながら寝転んでるダチョウちゃん! 今日はちゃんとセーブできたみたいですけど、食べ過ぎて眠くなっちゃったのか気持ちよさそうに寝てますね……。
「そうそう、あの子昔から食いしん坊さんでさ。"あっち"にいた頃もちょっと私の分分けて上げたり……。アレ? 今私誰と喋ってた?」
「ママ?」
「あぁ、うん、ごめんね。なんでもないよ。……このお肉食べるかい? 美味しいよ。」
「デレお腹いっぱい!」
そんな微笑ましい家族の会話を続ける二人、そんな彼女たちを見つめる人がおりました。
正直ダチョウに振り回されて色々とリバースしてしまった故にあんまり食べる気になれない元騎士現伯爵のマティルデさんと、未だレイスから流し込まれた魔力の疲労が回復しきっていないエルフのアメリアさんですね。体調不良コンビです。
「食ってるなぁ。」
「食ってるわねぇ。」
「……あれ、ヒード持ちじゃないよね。」
「えぇ、ナガン。正確には軍師持ちでしょうね。」
そう言いながら白湯をすする二人、片方は胃に優しい麦がゆ片手に。もう片方は白湯に疲労に効く柑橘系の果汁を絞っている。マティルデの方はまだマシだったが、アメリアの方は完全に縁側から孫の様子を眺めるお婆ちゃんのような目つきをしていた。まぁこの人四桁ぐらい生きてるし、お婆ちゃんというかご先祖レベルなんですが……。
「レイス殿だけの食費ですっからかんになりそうだ。」
「……あの件もあるしね。」
二人が思い浮かべるのは、あの"黒い閃光"。
軍師が一瞬気を失いかけた、あの攻撃だった。
今回の戦いにおけるレイスが、颯爽と王宮から帰ってきた時、それはもう大歓声が上がった。周囲にいたアンデッドたちはすでに消滅していたし、彼女が無傷で帰ってきたということは完全な勝利を意味している。付き合いの長いマティルデなどは『まぁ脳を吹き飛ばされても無傷で生還してくるし、どんなケガ負っても死なないんだろうなぁ』と考えていたが。(事実今回も自分で脳を破壊し、更に心臓を全損させられた。)
そんなわけで彼女の子供たちや、今回の奪還作戦に参加した兵士たちに称えられたレイスであったが……。ちょっとしたダチョウの一言によって、それが一変する。
『まま! まま!』
『お~、どした? なんかあったの?』
『うえ! うえ! ままのうえ!』
群れの一人がそう叫び出し、その子の言う通りにお空を見上げてみると……。"上空から降り注ぐ、黒い閃光"。
彼女が防壁の破壊のために繰り出し、敵死霊術師によって跳ね返されたあの黒い魔力砲だった。彼女が全力で魔力を込めたソレは、半ば物質化しており、通常なら時間経過とともに霧散するはずがこっちに向かって自然落下してきているのである。
『あ、まず。』
『た、退避ィ!!!』
レイスのどこか気が抜けた声が響き、その直後に軍師の悲鳴に近い退避命令。全員が一直線に町の外へ向かい走り出す。ダチョウたちは全く意味が解っていなかったが、なんかみんな走ってるし自分たちも走ろう、と言うノリでダッシュ開始。
幸い人的被害は全く出なかったのだが……。その黒い魔力砲、王宮に直撃した。
レイスと死霊術師の戦いによって色々ダメージが蓄積していたのが悪かった、魔力砲に貫かれたソレは確実に土台から崩壊。ガラガラと崩れ落ち、残ったのはただの瓦礫の山。威力がいくらか減衰したおかげで消滅してしまうという最悪を防ぐことは出来たが、一体どっちの方が良かったのやら……。軍師は若干気を失いかけていたし、今回の奪還作戦に参加していたナガン王は膝から崩れ落ちた。
元々レイスに『城壁含め王都への破壊は死霊術師を撃破していただければ構いません、ただ配慮していただけると助かります。』といった感じで約束してしまっていた故に、責める事すらできない。
「まぁヒード王国としても復興支援はするが、王宮の再建費用なんて出せないから助かるけども……。」
「あそこで意気消沈して蹲っているナガン王を見るとねぇ。」
ゴーサインは出したが、やっぱり自分のお家がぶっ壊れるのはショックである。ナガンの重臣たちから全力で慰められている一国の王を眺めながら、二人は白湯をすする。うん、おいしい。
「ふぅ……。さて、じゃあそろそろ"師匠"としての責任を果たしに行きましょうか。」
「大丈夫かアメリア殿、未だ体調がすぐれぬようだが……。」
「それが良いのよ、そっちの方が罪悪感湧くでしょう? またあの子勝手に属性魔法使ったんだから。ある程度制御できるようになったとしても、そうじゃなきゃ勝てない相手だったとしても、約束を破った事には違いないしね。」
決して叱りたくて話しに行くわけではない、"弟子"がそれを求めているが故にお小言を言いに行くのだ。レイスは言語化できるほどに自身の感情を理解できているわけではないが、ずっと高原で"母親"として生きてきた彼女は自分が頼れる存在を欲していた。いくら母の愛が偉大だとしても、限度があり限界が来る。自分を叱ってくれるような存在、それこそ"母"の存在を彼女は無意識的に欲していた。いわばお婆ちゃんだ。
アメリアは誰かと恋仲になったことはないし、子供がいた経験もない。しかしながら自身が何かあった時に頼れる存在の重要性は長い年月の間に理解している。命を助けてもらった恩があるし、何よりダチョウたちの成長や日々何も考えずに楽しく過ごす様子を眺めるのはとても気に入っている。自分がちょっとそういうことを言うだけで彼女に感謝されるのであれば、憎まれ役程度いくらでも引き受けるつもりだった。
「(それに、あの子に教えるの結構楽しいのは否定できないし。)」
馬鹿な弟子程かわいいというわけではないが、アメリアが以前弟子に取った『ヘンリエッタ』という少女、現在は孫持ちのお婆ちゃんだが、彼女は一を聞いて十以上を推察してしまう天才タイプの弟子だった。それはそれで面白い経験だったし、たった数年で自分を軽く上回る成長速度を眺めるのも楽しかった。だがまぁ『ほんとに私必要だった?』という気がないわけではない。
師として頼られる、それが結構彼女にとって喜びになっていたのだ。
「というわけで……。レイス~、ちょっとお説教させてもらうわよ。というかもう食べるの控えなさいな、料理人さんもう息してないわよ。」
「タ、タシュケテ」
「モウムリィ、オシマイダァ」




