58:ダチョウと手早く
真っ白になっていた視界が、徐々に晴れていく。
アメリア師匠の準備が整った後、相手にあまり時間を与えるのはいけないということで即座に動くことになった。獣王国からの参戦者も到着していたし、ヒード側も最低限の休息を取っていた故にいつでも動くことが出来た、攻勢のための物資は全てナガン側が集め、首都周辺に設置された即席の基地に保管してあるということなので私たちは転移で向かうだけ。
ルチヤやそのほかヒード王国の重臣さんたちに見送られながら、魔法陣に向かう私たち。ちょっとばかしルチヤから色々言われたが、まだまだ可愛い内容であった、今回の戦いはそう長いモノにはならない。終わり次第帰ることを約束し、彼女と別れる。後は頑張って私が魔法陣に魔力を注ぐだけ……、まぁ実際に頑張ったのはアメリアさんだけど。
私にとっては細心の注意を払ういつも通りの魔力放出、彼女にとっての地獄が始まった。
魔力タンクである私はただ単純に魔力を放出するだけでいいんだけど、アメリアさんからすればとんでもないレベルの作業量である。送り出される私の莫大な魔力を体内で変換し、魔法陣が破損しないレベルの量に落して流し込む必要がある。魔力を貯め込み過ぎると彼女の場合圧縮ではなく体内から爆発する可能性があるため、余剰分は全力で外に廃棄しながら、だ。
(そのせいで空気が歪むレベルでバチバチ音が鳴ってた。)
異様な魔力によって大気が歪み、空気が弾け始める。私が族長として振舞う時に出す覇気のようなものが彼女の体から放出され、同時に周囲の植物たちがひとりでに成長を始める。エルフである彼女の体内によって変換された魔力が溢れ、周囲に活性化を促したのだ。
私たちからすれば十数秒、彼女からすれば永遠。彼女の顔が強く歪んだとき、魔法陣が起動する。
一瞬にして私たちの視界が真っ白に染まり、今に至ると言うわけだ。
ゆっくりと晴れていく光に目を慣らしながら、周囲の状況を把握する。想定通り私たちが今いる場所はさっきまでいたヒード王国王都の外ではなく、見知らぬ森の中。周囲にはナガンの国章が掲げられており、いくつもの天幕や物資たちが並んでいた。
(到着。本当に一瞬だった、ね。)
自身の背後からは、私と同様に転移の効果に驚く者たちの声が聞こえてくる。ナガンの兵からもその様な声が聞こえているし、彼らにとっても未知の技術だったのだろう。というかナガン王が一番わちゃわちゃしている。デレに王冠を奪われてしまった彼は傍から見ればただの『子供の様にはしゃぐおじさん』、さすがの軍師も色々と見かねたのか、その頭を叩かれている。
「っと!」
そんなことを考えていると、先ほどまで魔法陣に魔力を注いでくれていたアメリアさんが倒れそうになっているのを発見、即座に傍による。重心がズレてしまった彼女の体を支え、腰に手を回しお姫様のように軽く持ち上げる。……軽いね。
「ご、ごめんなさいレイス……。やっぱり、ちょっとこれは無理……。」
「ありがとうございます師匠、攻勢は私たちがやるんでゆっくり休んでください。」
「えぇ。……帰りもどうせ私がやるでしょう? 休みながら何か方法を考えておく。貴女のことだからまた魔力量が増えて帰ってきそうだし。というかもう増えてる。」
うッ! やっぱ師匠もそう思いますか……?
どんぶり勘定、そこまで正確な数値ではないがさっきの魔法陣の起動で大体体内魔王の半身が吹き飛んだ様な感じ。つまり魔王0.5人分程度の魔力を使ったワケだ。魔法陣が要求した魔力自体はもっと少なかっただろうが、アメリアさんが変換のために大量の魔力を外へと逃がしていたせいかそれぐらいの魔力が必要になってしまった。
そのせいで『お薬増やしときますね~!』という感じで、何故かまた魔力量が増えている。流石に『魔王がもう一人増えましたよ!』という感じではないが、確実に増加はしている。……また魔力操作下手になっちゃった。
「また一からやり直し、けど何度もやり直したおかげで何となく魔力を絞る感覚は掴めてきているでしょう? 習得し直す時間も少しずつ短くなっているし、自信を持ちなさいな。それに、これから戦いに行くのでしょう? 気を引き締めなさい。」
「……りょーかい。アメリアせんせ。」
うん、そやね。子供たちも見てるし気を引き締めていこう。
先生に礼をいい、一人でも歩けるということなのでその場に降ろし、近くにいた兵士さんに彼女を休めるような場所までお願いする。いつもならこの後もデレのカバーをお願いしていたところだが、既に彼女は疲労困憊。魔力自体は十二分に残っているようだが、精神が戦闘に耐えれるようなレベルではなくなってしまった。つまりここでリタイアだ。
「みんな! おいで!」
「「「はーい!」」」
軽く声を上げ、子供たちを近くまで呼び寄せる。
普段通り全員の顔を確認しながら逸れてしまった子がいないかを確認し、群れの皆がここにいることを把握する。普通の人間であれば違う場所にやってきた時何かしらの緊張や、不調を訴える者がいてもおかしくないが……。私たちにはそんなもの起きるはずがない。さっきまでいた場所の記憶なんて真っ先に消えるからね。毎秒初めましてだからこその利点だ。
「全員ちゃんといるし、気分悪そうな子もいないね。……よし、みんな! 今からまた"戦い"しに行くけど、大丈夫?」
「たたかい?」
「なんだろ?」
「かり? じゃない?」
真っ先に答えを言っちゃいそうなデレのお口を翼で塞ぎ、ほっぺをぷにぷにしながら気を逸らしてやる。デレに任せればある程度は上手くやってくれるだろうし、カバーをマティルデさんあたりにお願いすれば十全に役目を果たしてくれるだろう。高原にいた頃ならばそれで良かったんだけど……。最近のこの子たち、ダチョウたちは外部から刺激を受けて大分賢くなってきている。
忘却速度はそのままな子が多いが、思考力は『ごはん!』しか言えなかった時と比べれば格段に上昇した。私が群れを率い始めた時は全員が言葉を扱わずに"何となく"で意思疎通を図ってたからね……。その時に比べればみんなもう大天才だ。
「そ、"狩り"じゃないの。"狩り"って頑張れば"ごはん"が手に入るでしょう? でも"戦い"ではなにもないの。」
「えー!」
「ざんねん。」
「けちー!」
あ、ケチって言った子。後でおしおきね? あんまりいい言葉じゃないから使うのやめときなさい。ん? どうしたのデレ。そんな青い顔して、もしかして自分がさっきまでナガン王に向かって『けちけち!』言ってたの思い出したの? そっか、偉いねぇ。……後であの子と一緒におしおきね? いやだったらちゃんと王様に王冠返して謝って来なさい。
「でも、一杯頑張ったらママが褒めてあげるし、美味しいご飯も用意してあげる。だからみんな、頑張れるかな?」
「ほんと!?」
「やるー!」
「ほめてー!」
「ごはん!」
ホント? そっか、みんな偉いねぇ。ナデナデしてあげる。
……さ、デレ。お母さんちょっと別行動して首狩戦術してくるから群れの指揮お願いね。アメリアさんは今日お休みで来られないけど、ママのお友達なマティルデさんにフォロー頼んでるから。何かわからないことがあったりしたらすぐに頼りなさい。初めての都市内での戦闘、アンデッドばっかりだし周囲に気になるものはないだろうから逸れにくいとは思うけど、可能性が0とは言い切れない。
そんな時には頼れる大人に頼って、解決してもらう。本当は私が後ろに付いて行きたかったんだけどね? ちょっとやることがあるから……。さ、お返事は? できるかな?
「うん! ……マティルデって、誰?」
「あぁ、まだ顔ちゃんと覚えてなかったか。ほら、あの女の人。さっきママが頼んでおいたから、作戦が始まる時にあっちから声を掛けてくれるはずだよ。背中に乗せてあげなさいね。」
「わかった! 頑張る!」
それと、敵が思ったより強くて相手出来ないと思った時はすぐに逃げてママを呼びなさい。みんなで呼んでくれればすぐにママ駆け付けるから。今回は町の中での戦いだから、他の子にもそう伝えておいて。迷子になっちゃった子も助けに行く、って。
「ん~? 困ったら『ママー!』って呼べばいいの?」
「そ。正解。」
「みんなにも言うの?」
深く頷き、デレにお願いする。彼女は元気よく『わかった!』と言うと、翼を上に広げ皆の注意を引きながら話しかけ始めた。後で私も同じことを言うつもりだけどね、デレからも言ってもらおうと思ったの。
ダチョウは忘れる生き物。私が言ったことでも忘れる彼らだ、デレすらも時間が経ちすぎると忘却してしまうだろう。けれど彼らが思い出してくれる可能性もある。その切っ掛けとなるフックはいくらでも用意していいはずだ。
(よし、次。)
今回のナガン王都奪還作戦は速攻勝負だ。
軍師主導で到着した直後に色々と準備が整えられていく、まぁ軍師のことだ。私たちが到着次第即座に動けるように手配していたのだろう。キビキビと準備を進めるナガンの兵たちを眺めながら、軍師が話していた内容を思い出していく。
『到着次第あちらで装備の方をお渡しする予定です。数に限りがありますが、教会の方々に『聖別』を施して頂いた聖属性の武器、聖水入りの瓶、火炎瓶などを用意しています。瓶系の投擲物は全員にお渡しすることが出来ませんが、武器は可能かと。』
ヒード王国の重臣たちの前で行われた作戦会議。彼は地面にナガン王都の詳細な地図が記された紙を敷き、その上にチェスの駒のようなものを置いていく。あまりこの世界の娯楽には詳しくないが、テーブルゲームの駒の一種なのだろう。黒が防衛側、つまり敵。白が攻勢側、つまり私たちの様だ。
『すでに王都にはナガン国民がいないという確認が取れています。故に速攻で道を作ることから始めます。』
彼はそう言いながら、おそらく私を意味しているのであろう駒を、前に進める。
『初手は、レイス殿。貴殿にお任せしたい。出力はお任せいたしますが、王都を守る城壁を貫き、王宮までの道を作って頂きたく。』
『……それはいいけれど、多分色々消し飛ぶよ。いいの?』
彼のオーダー通り道を作ることは容易い。どれだけ魔力を消費しようともある程度ならば時間経過で回復できる私にとって魔力依存の攻撃は撃ち放題だ。故にそれ自体は構わないのだが、威力調整に難がある。攻撃力が高すぎる故にそれこそ王宮ごと貫いて反対側の城壁すらも貫いてしまいそうなものなのだが、それでいいのだろうか? そう思っての質問だった。
『えぇ、構いません。依然として相手の我々に対して攻撃してきた意図がつかめていません。一応いくつか考えられはするのですが、私や陛下への逆恨みからの復讐だったり、ナガンという国家自体への復讐の線もございます。そうなって来ると王都にとんでもない物を仕掛けていてもおかしくはありません。』
『…………なるほど。』
『最悪全て建て直す予定ですからね、いくらでも壊して頂いても大丈夫です。後で財務のものに私が絞られることになるでしょうが……。許容範囲内です。』
そう言いながら笑う軍師、それを見てヒード王国の軍事を司るものが強く頷いていたのを覚えている。そして隣にいる財務大臣にどつかれていたが。どこの国も軍が金食い虫と言うのは変わりないようだ。といっても周囲が敵に囲まれている以上、軍備に金掛けないと仕方ないところがあるだろうしねぇ。
『りょーかい。んじゃ、いい感じに吹き飛ばして道を作るとしますよ。ちゃんと後続が続けるように地面も焼き過ぎないようにしておく。』
『感謝いたします。その後のレイス殿ですが、"道"を通り直進していただいて大丈夫です。おそらくですが"盗人"は王宮に陣を構えているでしょう。』
『……なるほど、私が頭を叩いているうちに他がそれ以外の雑魚を叩く、と。』
『はい、その様な形になります。雑魚と言っても準特記戦力が多く発見されているため、ダチョウ殿たちにお任せ。もしくは属性有利を確保しての遅延戦闘が主になると思いますが。』
私が頭を叩いているうちに、それ以外が足止めと言うか殲滅を行う。思考を持つアンデッドや、本能に従って動くアンデッドもいるそうだが、基本頂点の術者を崩せば動きが単調になり破壊しやすくなるのがアンデッド。私が早く倒せれば倒せるほど後ろで戦っている人たちは楽になるし、実際に戦う私も周りを巻き込む心配をしなくていいから楽。ちょうどいい戦略ではあった。
(……こんな感じか。)
その後は私の後に続く者たちがどう戦うかについての説明が行われていた。一応頭に叩き込んではいるのだが、おそらく私が関わることは出来ないだろう。私が敵の頭を取ってしまえば戦いは殲滅戦へと移る、統率が乱れた相手の処理に私の出る幕はない。
簡単にまとめると、私がやることは『初撃で道を作る』のと、『敵の総大将を速攻で処理する』の二点。
「手早く、だね。」
早くやればやるほど、子供たちの元へ早く戻ることが出来る。獣王の死体を辱めた野郎をわからせて、地獄に叩き落す。そうすれば私はスッキリ、そしてナガンにも恩が売れる。子供たちはより経験を積むことが出来るし、ヒード王国に雇われている私たちがナガンを助けるということは、ルチヤが治める国の社会的地位の上昇も狙える。
つまりはいいこと尽くし。
「レイス殿。」
「……あぁ、軍師か。時間かい?」
「はい、準備お願いいたします。作戦開始時には喇叭を吹かせますので、そのタイミングで。」
「了解。」
さ、やろっか。
〇ダチョウ被害者の会(準備中編)
「獣王殿ー! そちらの飾りつけの方はどうですか?」
「うむ、いい感じだ。こう、紙で輪っかを作ってレースにするというのか? そういうのは初めてだったゆえに手間取ったが……、結構上手くできたのでは?」
「おぉ、いいですねぇ~! 前回も歓迎会しましたけど、あの時は少し男臭かったですからね。こういう華やかなのはとってもグッドかと!」
「うむ、彼女はこの被害者の会初めての女子。先達として、より準備を進めようではないか!」
「獣王殿、ボブレ、少しいいか?」
「ん? どうしたデロタド殿。」
「いや、実はケーキを作ってみましてな。やはり甘いものは外さぬだろうと思い、やってみたのですよ。案外この菓子の道、奥が深く……。」
「お、良いじゃないですか将軍! 私ら時間だけはありますからねぇ。では一口。……お!」
「うむ、美味い! ショートケーキと言うのか? いいではないか!」
「それは良かった! 実はこれ以外にも挑戦する予定でしてな? ビターなチョコ系もやってみようと思っとるのです。……ところでボブレ、そろそろチキンを取りに行く時間ではないか?」
「え、もうそんな時間ですか! やば、ちょっと行ってきます!」
「頼んだぞ~。」
(デロタド将軍、何故チキンを?)
(こちらではそろそろクリスマス故、少し早いですがそちらの方がいいかと。)
(なるほど、良きアイデアだな。となると飾りつけもツリーを用意した方がいいかもしれぬ。)
「あ、ボブレ殿。外に出るのならば頼みたいことがあるのだが。」
「え、どうしました獣王殿。買い出しですか?」
「あぁ、彼女見る限りかなり酒にうるさいようだからな、実はよいワインを注文していたのだ。それもついでに取って来てはくれぬか?」
「ワインですね! となるとあそこの酒屋さんか。……了解です、帰りに取ってきますね! では行ってきます!」
「「行ってらっしゃい~。」」




