38:ダチョウと整理
「うぅ……。」
「(こういう匂いの問題って、絶対異性が言っちゃダメな奴ですよね。セクハラになる。)」
デレ、と呼ばれていたダチョウの一人。その子に『くちゃい』と呼ばれてしまった赤騎士ドロテアはさっきからもう使い物にならないご様子。耳まで真っ赤にしながら、両手で顔を覆い、『臭くないもん、汗かいちゃっただけだもん……。』とずっと譫言のように言っている。彼女の精神状態的におそらく何を言っても追撃になってしまう、そのため落ち着くまで放置しようと思い、そのままにしているのだが……。大丈夫でしょうか、色々と。
模擬戦の後、彼女がダウンしてしまったのを口実に私はあの場を後にしました。ある程度の情報は手に入れることが出来ましたし、彼女の近くに獣王国系の獣人の姿も見えない、賭けに勝ったこと、そして得難い情報を手に入れることが出来た喜びを隠しながら、酒宴を去ることが名残惜しいように見せかけながらの退出です。
(それに、あのままだと酔った勢いで殺されかねないですし。)
彼女たちの模擬戦終了後、『じゃあ私たちもやろう!』という言葉をレイス殿が発した際にはもう心臓が止まりそうになりました。え、このタイミングで殺しに来るの? という感じです。国のために死ぬのならまだしも、酔った勢いで戯れに殺される程私の命は安くないはず。……目が結構マジでしたので心底怖かったです。はい。
「さてドロテアさん? そろそろ戻って頂かないと困りますから、ゆっくりと深呼吸から始めましょうね。」
「はぃぃ。」
消え入りそうな彼女を励ましながら、町の中へと入る。ファーストコンタクトの際に一発かまされてしまいましたが、兵士の方々の精神状態を除けば概ね想定通り。無事にこの町に受け入れていただけましたし、皆さんの様子を見る限り私たちが滞在する場所も確保できている様子。ナガン兵の一人に声を掛け、その場に案内してもらいましょう。
「もし。現在の進行状況はいかかですか?」
「あ、軍師様! 順調ですよ! 宿の方はまだ取れていませんが、直ぐに手配いたします! それと外に天幕の方は設置済みです! ご案内いたしましょうか?」
「えぇ、ありがとうございます。到着いたしましたら人払いの方お願いしますね?」
「了解です!」
それにしても……。
(最悪は免れましたが、思った以上に厄介かもしれませんね。)
最悪であった、レイス殿がすでに獣王になっており、自身が騙されていることを理解している、というシナリオは回避することが出来ました。町の様子やレイス殿の様子を見る限り、依然として獣王国は動けていない。それを知れただけでも、これ以上ない幸運です。……しかしながら、いいことが起きれば悪いことが起きるのも世の常です。
今回初めてダチョウたちを見ることが出来ましたが、本当にこのタイミングで見ることが出来て良かったと言えるでしょう。
5000のナガン兵を瞬く間に瞬殺したり、12000の獣王国兵を殲滅したことから筋骨隆々の存在なのかと考えていましたが、あの場にいたダチョウたちは全て子供の様な姿形をしておりました。確かに種族柄か背の高さは子供にしては高い、と言ったところでしたが、その顔は子供そのもの。誰が見ても年齢を誤ってしまいそうな顔のみです。
(そして、"知能"も。)
おそらくですが、今回見ることが出来た彼女たちの様子は一切ブラフがないでしょう。その理由として、彼女たちの長である"レイス"。彼女は必死に自分たちについての情報を隠そうとしていました。視線を他のダチョウではなく、自身へと向けようとしていたこともその理由になります。ある程度こちらの思惑にも気づかれていましたし、おそらく彼女は私のことを一切信用していない。面倒なお相手です。
……さて、まずはレイス殿ではなく、彼女の配下の方々から纏めていきましょうか。以上のことを考えるに、彼らは種族として強大な力を持つ代わりに知性に大幅な制限を受けた存在なのだと予想することが出来ます。おそらく、事実でしょう。
(レイス殿を母と慕っていましたが、さすがにあの数全てを産むというのは難しいはず。そしてもしすべてが彼女の子供だったとしても、父親の方はどうなるのかという問題も出てくる。つまり考えられるのは、"女王"。一つの個体を母として、王とすることで存続を図ろうという種族。)
レイス殿が他のダチョウたちと違い、他の人類種と同等、それ以上の知性を持つこともこの仮説を後押しします。能力と知性がある"女王個体"と、それ以外の"一般個体"によって成立する集団、それがダチョウ。普段は本当の子供の様に外で遊びまわるような種族ではありますが、いざ何かあると全員で襲い掛かって来る者たち。この町にやってきた時、全員で会いに来たということはそう言うことなのでしょうね。
(とりあえず彼らについての知識は深まりましたが……、そのおかげでいくつかの見直しが必要になりますね。)
最初に挙げることとして、自身が当初考えていた"離間工作"の大半が意味をなさないということが考えられます。
レイス殿と他の個体との会話を観察していましたが、基本的な知能や知性といったものは私たちの知る子供と大差がないと判断できました。つまり子供と同じようにお菓子や玩具で気を引くことは不可能ではない。しかしながら、問題なのは圧倒的な記憶能力の低さ。女王であり母親であるはずのレイス殿の言葉を、アレは確実に忘却していました。絶対に一分も持っていないでしょう。
つまり、もし何か物品を手渡すことで誰かを引き抜こうとしても、彼らからすればいつの間にか自分の前に物が置いてあるだけ、ということになってしまう。本来はデメリットとなるはずの記憶力の無さにはなりますが、私からすれば最高の防諜対策。何か仕掛けるのならばレイス殿か、その周囲でしか効果はないと考えられます。
(そして、あの暴れ狂う様子。)
引き抜きが不可能としても、知能の低さと記憶力の無さを利用すれば分離することはおそらく可能。いや確実にできると言える、しかしながらあの赤騎士殿とアメリア殿との模擬戦。アメリア殿がほんの少し敵意を向けられた瞬間から、あのデレという個体はキレ散らかしていた。それはもう、レイス殿に止めて貰っていたとしても、傍にいた私が死の恐怖を感じるレベルで。
おそらく、彼らは非常に仲間意識が高いのでしょう。仲間を攻撃された瞬間に怒り狂う、アランさんの報告にも当てはまります。故に、何か罠を仕掛けるということは、完全なダチョウとの関係破棄を意味する。暴れ狂う彼らを完封できる策が組み上がるまでは、絶対に扱えぬ手法ですね。
(そしてこの仲間意識を後押しする理由として、"模擬戦前"のやり取りが挙げられる。)
私が配下の方との模擬戦をお願いした際、彼女は言い淀み代役を立てた。あの時の彼女の表情、そして声色。配下の方々への想いではなく、確実に私たちに対する詫びや申し訳なさの想いが見え隠れしていた。つまり、仲間意識が高いが故に、一人でも傷つけられれば怒り狂い赤騎士殿は死んでいたことになる。
(そしておそらくですが、彼女は自分の子供たちが傷つくことに対して何も不安を感じていなかった。"女王個体"だけ違う精神性の可能性もありますが、アレは明らかに子供のことを愛していた。つまり、単体でも赤騎士殿よりも上の力量を持っていることになる。)
そのように思考を纏めていると、いつの間にか兵士の方々が設置してくれていた天幕に到着していた。案内してくださった方に感謝を述べながら、ようやく立ち直ることが出来たらしい赤騎士殿と共に、中へと入る。
魔道具などに不備はないですし、忍び込んでいる存在はいなさそうですね。
「ドロテアさん、座って話をいたしましょう。」
「あ、かしこまりました!」
そう言いながら、着席を促す。
「そう言えば確か移動の途中でいい茶葉を見つけたのでした、少々お待ちくださいね。」
「わ、私がやります!」
「いえいえ、今日一番頑張ってくださったのは貴女ですから、ゆっくり座って休んでください。」
彼女は座らせながら、茶の用意を進める。
……それにしても、どうしましょうか。
ダチョウの方々の戦闘力や能力は把握できました。おそらくですが彼らは指揮する者がいなければただの"準特記戦力の群れ"、個々人では好き勝手に暴れる存在にしかならないでしょう。しかしながら指揮個体、女王、レイス殿がいることで特記戦力と成り得る。意志を持った300の群れ、簡単な命令しか理解できないでしょうが、それだけでも脅威です。
彼らがまっすぐに固まって突撃してくるだけでこれ以上ない恐怖。それこそ特記戦力の中位、獣王クラスの人間を用意しなければ対処が難しい。
しかし、用意したとしてもまだレイス殿がいる。獣王を封殺できるというその能力は、決して侮れるものではありません。今回話してみて、かなり理性的な人柄であったことが非常に幸運でした。あのタイプの人間は攻撃をこちらから仕掛けない限り、襲ってくることはないタイプです。
(逆に言ってしまうと、手を出してしまえば死ぬまで殴ってくる相手とも言えますが、ね。)
上手く付き合うことが出来れば国の利益になることは確か、実質的に二つの特記戦力である彼女たちは是非とも仲良くしておきたい。我がナガンへと引き込むことは現状難しいでしょうが、今回"借り二つ"という形で関係性を残すことが出来ました。これは非常に大きい。
何かしら返さねばならないときは来るでしょうが、今は繋ぎを作ることが出来たのが単純に大きい。今回で一番の成果と言えるでしょう。私個人に対しては非常に警戒されていますが、この赤騎士殿はなんだか気に入られている様子。このバランスをうまくとりながらお付き合いしていくに限るでしょう。
ナガンにとって敵対は、"現状"不利益しか生みません。
……と、なると。かの幼女王への対応も変わってきますね。最悪ナガンが生き残るために、と考えていましたが敵対しないのであれば彼女たちの存在は必須。未だ我が国には厄介な思想が残っている。コレをどうにかするまではヒード王国にダチョウたちを任せるのが得策でしょうね。
「では、先に手を打っておきましょうか。なに、大事な大事な同盟国ですからね、お代は頂きませんとも。」
◇◆◇◆◇
「というわけで、お疲れ&勝利おめでとー!」
「えぇ、ありがとう。……久しぶりのいい勝負だったから少しテンション上がっちゃったわね。」
「え、そうなの?」
そんな話をしながら、アメリアさんに酒を勧める。しかしながらそんな気分ではなかったようで、端から新しいコップをとって魔法で生み出した水をそこに注いでいる。まぁまだ日が高いってのに酒を呷るのはちょっとダメな感じですよね。……私? 飲むけど? お酒おいしー!
「立派な酒カスね、嘆かわしいわ。……それで? しっかり見ていたかしら?」
「うん、両方ともちゃんと見てたよ。」
そう言いながら彼女の目の前でほんの少しだけ成長した魔力操作を見せてみる。正直に言ってしまうと彼女が戦いの中で見せたゴーレムの作成とか、砲台の設置とかの魔法を実践してみたいんだけど、私がやると確実に化け物みたいな大きさで出来上がってしまうだろう。巨神兵みたいなゴーレムとか、世界樹みたいな砲台。……それはそれで良さそうだけど。
「……うん、上手くはなっているわね。後はアレね、魔力の切り替え。」
「切り替え?」
「えぇ、戦闘のさなか使用する魔法を変えるためにいくつか流れを変えていたでしょう? 今の貴女は何となく感覚でやっているようだけれど、上手くやれば一部分だけを倍以上に強化したり、物体に魔力を流して強化、ってのもできると思うわ。」
あぁ~、あの杖で剣と切り合ってた奴ね。木製の杖なのに全然切断されないな、って思ってたけどそういうことだったんだ。確かに魔力の流れちょっと違ってたかも。魔力操作を発展させて行けば、腹部への攻撃に対して魔力を全部そっちに回して防御! ってのが出来るようになるわけか。なるなる。
「つまり次のステップね、今やっているみたいに魔力操作をする際にもっと小さな魔力で運用できるような訓練を続けながら、物体に魔力を流す訓練も始めなさい。最初は物が耐え切れなくて爆散すると思うけれど……、まぁ頑張りなさいな。」
「なるほどねぇ。りょうかい、んじゃ時間あるときに始めてみるよ。今はほら……、埋まってるし。」
そう言いながら視線を膝に。そこにはいつの間にか集まったダチョウたちが、お昼寝をしている。お天気はいいし、私を中心におしくらまんじゅうをするようにギチギチに集まって寝ているせいで常にホカホカだ。ちょっと暑いぐらい。こんなになっちゃったらもう、ね? 起こすのもかわいそうだし動けないよ。
因みにアメリアさんのお膝にはデレが『うにうに』言いながらお顔を埋めている。彼女からしたら急にやってきたよくわからない棒切れを振り回す人間にアメリアさんが襲われてたわけだ、いつものように敵を排除しようとしても止められるし、仲間に手伝ってもらおうとして叫んでみても、これまた私に止められる。駄目なのはわかっているけど気持ちの整理が追いつかない。なのでちょっと拗ねたような感じになっているのかな?
「なんで師匠さんや、今日はお休みでいいですかい?」
「ふふ、仕方ないわね……。こういうのは継続が大事だから、明日ちゃんとしなさいよ。」
「りょーかい。」
微笑み合いながら、そんな会話を交わす。
「……そう言えばさっき、『両方とも見ていた』と言っていたけれど。もしかして彼女の技術も?」
「実はちょっとだけね?」
そう言いながら、軽く翼を振るって見せる。その瞬間先ほど赤騎士ちゃんが見せてくれた攻撃には劣るが、しっかりと視認できる威力の空気弾が射出された。なにも遮られずに進むそれは十数mだけ進み、自然消滅する。威力不足で実戦投入はまだまだ先であろうが、翼のある私からすれば結構簡単な技術だと言えるだろう。飛べないけど羽ばたいて風を起こすことは出来るからね!
「……あの子、可哀想ね。貴女多分数日練習すればアレと同じことが出来るんじゃないの? ほら空を飛ぶ奴。」
「できるだろうねぇ。」
おそらく軍師に結構な情報を渡すことになってしまったが、代わりに戦闘技術を頂くことが出来た。一応魔力砲を使えば空を飛ぶことは不可能ではないんだけど、アレは周囲に結構な被害を与えてしまう。それに今の私じゃ魔力操作がおぼつかなくて、高機動戦闘なんてもってのほか。直線の移動すら難しいだろうと考えていた。
そこに『噴式』という空気を操る技術。コレのおかげで習熟すれば空中での戦闘の幅がグーンと広がる。それに全ダチョウが夢の大空へと羽ばたくってのも達成できるわけだ。
「ちょ~っと、楽しみだよねぇ。」
〇噴式について
ナガンの一部の家に伝わる技術の一つ、空気を操る技であり魔力を用いず空気の斬撃や刺突、空中歩行などが可能になる。扱うのには一定以上の力量が必要となるため、使用者は少なめ。空気の玉を生成する『噴式・発』から様々な技に派生していく。極めることが出来れば準特記戦力レベルであれど、下位特記戦力を屠れるほどの実力を手に入れることが出来る。まさに弱者のための技。
……なのだが普通に獣王やレイスに真似されてしまっている。これは赤騎士が死に物狂いで技術を収め、技を洗練しきり無駄を全て排除しているからこそ、最高のお手本になってしまった、ということもあるが単純に二人がおかしいだけである。獣王は現在死後の世界で肉体の制限が無くなったため際限なく成長してしまうし、レイスはラーニングの技術がおかしいことになっているため覚えてしまった。
まぁ世の中には謎のスタンドパワーで急に空を飛び始める奴もいるので、それほどおかしいことではないのかもしれない。




