32:ダチョウと不思議
「……なぁ、レイス殿。」
「うん。」
「なくないか?」
「ないねぇ?」
……うん、ほんとにない。
獣王ちゃんの死体の回収とか、ウチの子たちが殺しちゃった獣人さんたちを埋めようとさっきまでいた戦場に帰って来たんだけど……。肝心の獣王ちゃんの死体がどこにも見当たらない。流石に私がダチョウと言えど、アイツとガチで殺し合った場所ぐらい覚えてる。というか地面の破壊後を見れば誰でも解りそうなものだけど……。
というか『おまえんちの王様の死体? あ、ごめん! 無くしちゃった!』とか確実に国際問題やろがい! やばいって……、こっちもう別に戦う気ないのに、ムカ着火ファイヤーさんたちが集団で物理的制裁しに来る奴じゃん。やだよ私、獣王と約束を反故にしちゃうのは。
「おっかしいなぁ……、ここに置いておいたというか、放置してたはずなんだけど……。ねぇマティルデ、獣王って私みたいに体半分になっても復活する能力とか持ってた?」
「何度も言うがそれもう人間ではない気がするのだが……。かの獣王が能力を隠していた可能性は否定しきれないが、その様な話は聞いたことがない。故にその可能性は低いだろう。レイス殿も確実に殺したが故に町へと帰還したのだろう?」
「まぁそうなんだけどねぇ……。」
獣王は、確実にこの手で殺したと言える。いくらハイになっていたと言えど"獲物"の生死が解らなくなるほど私は鈍っていない。むしろあの瞬間が一番研ぎ澄まされていた。ゆっくりと死を迎えながら自分の国、残された民のことを思う彼の顔は脳裏に残っている。アレが演技だとは思えない、死を受け入れる者の顔だった。
それに戦っている時、彼の体が再生し始めるってことは一度も起きなかった。だからいつの間にか復活して逃げ出したって選択肢は真っ先に消したいところなんだけど……、私自身がそれに当てはまちゃってるからなぁ。自分が出来て、他人が出来ないってのは否定しにくいよね、って話。一応まだ前世の感覚が残ってるから、下半身吹き飛ばされても復活できるってのがおかしいのは理解できるんだけどねぇ。
え、私? まぁ時間貰えればできると思うよ。上下両断されても足ぐらい生やせる生やせる! ……自分で言っといてなんだけどヤバいな。
「そうなると、誰かが持って行っちゃった感じ?」
「だろうな、といっても……。」
「うん、私たちの視界には何も映ってないね。というか私が帰る時には生きてそうな存在は見当たらなかった。」
一番考えられるのは、獣王の配下の人間が獣王国へと持って帰った、っていう可能性。というかソレが一番ありがたい。
自分たちの王様が殺されちゃったから、せめて国を挙げてお葬式しなきゃ、ってことで持ち帰る。そこになんの疑問もわかない、というかこっちとしては『獣王の死体無くしちゃった!』ってことにならない訳だし、とても安心できる。まぁ上の人からすれば『獣王の死体を交渉のカードに使えるかもしれない』なんて思ってるだろうから、そこはマイナスだろうけど。
「まぁレイス殿たちからすれば政治など、どうでも良い話だろうからな。」
「だねぇ、ごはんと住む場所と適度に運動できるスペースがあれば私ら満足だし。」
魔力をある程度扱えるようになった今、私の実力ってのは格段に上昇している。そのため相手が私より強い特記戦力ではない限り、『キミが言うことを聞くまで殴るのを止めないッ!』ってのも出来るようになったわけだ。まぁそういうの嫌いだし、今後どうなるか解らんから必要がない限りやらないけどさ。
「でもこれ、実際ない話ではないと思うんだよね。」
「獣王国の者が連れて帰った、という話か?」
「そうそう、確かあっちの獣人さんって空飛べる奴もいるんでしょ? そいつらが運よく見つけて運んで帰った、ありそうじゃない?」
確かに、と言うマティルデ。私たちダチョウのお目目で探しても発見できず、また周囲を見渡しても死体を荒らすような生物は見当たらない。ここを離れていた時間それほど長いわけではないし、お空を飛んで逃げたってのが一番ありそうな気がする。
「う~む。」
「……やっぱりまだ引っかかる感じ?」
「あぁ、それもあり得るとは思うのだが、戦場に残る死体の数が少なすぎる気もする故な。少々疑問が残る。」
そう言いながら現在火葬を行っている地点を眺める彼女。
私が消し飛ばした敵兵士は12000、全体の4割だった。つまりそのまま綺麗、まぁ比較的綺麗に残っている死体が6割ここに残っていることになる。18000人分ね? けれど火葬しながら数えてみた結果大体2000人分ぐらいしか残っていなかったそうだ。道理で戻ってきた時違和感を感じたわけだ、……つまり大量の人間が勝手に姿を消していることになる。
「私と獣王の戦闘中、二人とも結構「魔力砲」を連発してたわけだからその流れ弾に当たって消し飛んでしまった分は多くあるだろうけど……。確かにそれを踏まえても少ないよねぇ。」
「アンデッド化した、と考えてもあまりにも時間が早すぎる。かといって誰かが持ち帰ったのも考えにくい。この開けた場所でレイス殿たちの視界から離れるのは至難の業であろう。」
だよねぇ。というかそんなに多くの死体を何に使うのさ、って話にもなるし。
……まぁそこら辺の難しいことは後々考えるとしますか。どうせ何も手がかりが見つからない以上、私たちにできることはないんだし、とりあえず火葬して埋めてあげて、お祈りしてあげるのをメインで考えればいいんじゃない?
「…………そうだな、とりあえず付近の町の領主からも兵を借り、このあたりの警邏を頼むことにする。情報が不足しているのは確かであるし、後続の敵軍への警戒にもなるだろう。」
「うん、それで大丈夫だと思う。」
「ママ~ッ!」
そんな会話をしていると、遠くからデレの声が。……あら、ちょっと何かあったような感じの声だね。はいはい、ママがすぐに行きますからね。
マティルデに軽く会釈をし、声のする方へと走り始める。デレにはウチの子たちを引き連れて、穴掘りをお願いしていた。最初は私が全部指示しながらやろうとしていたんだけど、デレがね? 『できる! ママ、できる! やらせて!』って言ってきたもんだからつい任せちゃったのよ。『こっちー!』って言いながら他の子を引き連れて目的の場所まで走って行っちゃったし。
……うん? 他の子たち? デレの近くにいた子たちはそのまま付いて行っちゃったけど、大半は『あれー?』って顔しながらデレたちと、私の顔を交互に見てたね。不思議そうな顔してたから『デレの言うことを聞いてあげてね?』って言ってあげたの。そしたらみんな『はーい!』って言いながら走り始めたからさ……、もうね。もっかい死にそうになっちゃった。尊みで悶え死んじゃう!
「どうしたの? なんかあった?」
「ママー!」
「まま?」
「まま!」
「ままだー!」
「たすけてー!」
あぁ、はいはいみんな元気……、って今誰か助け求めてなかった? 遊びも兼ねてここら辺に大きな穴をみんなで掘っておいてね~、って話をしたんだけど、また穴の中に落ちて出られなくなっちゃった? それにしては『助けて』の声が小さかったような……、もしかして滅茶苦茶深くまで掘っちゃった感じ?
「ママー、あのねー?」
「うん、どうしたのデレ。」
「埋まっちゃった。」
「たすけてー!」
「くらーい!」
「こわーい!」
「ごはん!」
「………ちょッ!!!」
漸く状況を把握し、穴の中へ飛び込む。あ~、もう何してんの! というか埋まっちゃったって何! 何してたの!?
『危ない遊びはしちゃダメでしょ!』と叫びながら声のする方を掘り進める、すると出てきたのは土塗れのダチョウちゃんたち。あぁ、よかった、そんな深いとこに居なくて……、え、他に埋まってる子はいないよね? これで全員だよね? はい、埋まってた子もさっさと穴から出なさい、あと助けようとして逆に出れなくなっちゃった子も!
ハイ整列ー! お母さんに一人ずつ顔見せてください! いるね、いるね……、よかった、全員いる。
「おいしい。」
「なにそれー!」
「むしー?」
「うにょうにょしてる!」
「はいそこ、ミミズ食べないの。ぺっ、しなさいぺっ。」
◇◆◇◆◇
とりあえずの火葬も終わり、近くの町に帰ってきた私たち。獣王国の侵攻を退けた、ってことで現在歓待を受けている真っ最中。プラークでよく見た食事風景が眼前に広がっている。……まぁ今日のダチョウたちは久しぶりにたくさん運動したせいか私を含めてとってもハラペコ。すでに何人かの料理人さんがノックアウトされてしまっている。
いつの間にか歓待を受けるはずであったマティルデ旗下の兵士さんたちも料理番として加わってるし……。これ大丈夫かな?
「ふぅ……。」
普段通り、樽のワインで腹を満たしながら、ため息を一つ。一応予定してたことは全部終わったんだけど想像以上に疲れてしまった……、埋めるための穴はちゃんと掘ることができたが、知能が上がったせいか穴掘りだけでなく泥んこ遊びを始める子供たち。泥だらけになりながら走り回ったり、転がりまわったり、おひるねしたり……。あれ、前とあんま変わらないな。
まぁそんな感じで火葬自体は上手く行ったんだけど、その後にこの子たちの体を洗ってやる必要が出てきたわけで。
「変に楽するのは出来ないからねぇ。」
町に帰ったらご飯を用意してくれている、ってことだからみんなを連れて付近の川へ。そこで全身丸洗い×300をしたせいでもうヘトヘトだ。私たちの免疫力を考えると食事の前にどれだけ体が汚れていても大丈夫そうではあるのだが、泥んこのままご飯を食べ始めてしまえばもう野蛮人である。ウチの子たちに変なイメージが付かないように全力で洗わせていただきましたとも。
(まぁ前よりも暴れなくなった分、ラクチンではあったけどねぇ。)
デレを初めとして、全体的にウチの子たちの聞き分けが非常によくなったと感じる。原因は……、まぁ私と獣王との戦いだろう。私があそこまで追い込まれたのは高原でもそうそうなかった、そもそもあそこは危険すぎる故に毎日ずっと警戒してなきゃダメだったし、危ないものには決して近づかなかった。運が良かった、ってのもあっただろうけど『脳みそ半分消し飛ばされちゃった!』ってのは初めてだったよねぇ。
(まぁビクビク、雷竜に全身丸焼きにされたことはあるけど。)
そんな死にかけの私を見たせいで、彼らの心。脳に強い刺激が入ってしまったのだろう。私が前世の記憶を思い出し、脳がそれに適応できるように進化したのと同じように、強い感情を制御するためにこの子たちは賢くなった。……それが良いのか悪いのかは、ちょっとよく解らないけどね? 単に賢くなっただけなら喜べるんだけど、誰かが傷つくことでしかそうなれないのなら……、ちょっと嫌じゃない?
「ママー? いたいのー?」
「ん、ぁあデレか。大丈夫だよ、ほら元気。」
よっぽどひどい顔をしていたのか、デレたちが寄って来てくれる。ごめんね、ママは考え事してただけなの。全然痛くないよ。
というかみんなちゃんとご飯食べてる? 今日はみんなたくさん頑張ったからお腹いっぱいになるまで食べていいのよ? 倒れた料理人さんたちは明日ママがちゃんと謝っておくし、食事代は国が持ってくれるみたいだから。
「食べてるー!」
「おいしい!」
「ごはん!」
「あらそう? ならいいのだけど、デレもちゃんと食べてる?」
「うん! でもママの方が食べてる!!!」
……あ~、うん。そうだね。ちょっと後ろを見てみれば、積み上がる酒樽の山。そして目の前に重ねられた料理が入っていたであろう皿の塔たち。あはは……、お恥ずかしながら私が一番食べてます……、はい……。
「も、申し訳ありませんレイス様ァ! そ、そちらが最後の酒樽になってしまいますゥ!」
「あぁ、ここの領主さんだっけ、気にしないでいいですよ。空樽、お手数おかけしますが下げていただけますか?」
「はいぃぃ!!!」
吹き飛ばされた半身の回復や、脳の再起動。それに無理矢理魔力で体を回復させ続けたせいか、多分この世に生まれ落ちてから最高レベルでお腹が空いている。実は獣王との戦闘終わりからずっとお腹鳴ってたんだけど、無理矢理腹に力を入れて押しとどめてたのよ。なんかこの町に保管してあったお酒はこれで全部飲み干しちゃった♡
料理も多分普通のダチョウちゃんの10倍ぐらい食べてるし……、もしかしたら私のせいで料理人さん倒れちゃった?
(あとで重ねて謝っとかないと……。)
「ママー?」
「ん~? まだ何かあるの、デレ?」
「ママ、ママね? ……デレ、ってなあに?」
あら、もしかしてずっと気になってたの? 顔を縦に振ってる感じそうみたいね……。『デレ』っていうのは、貴女の名前よ、デレ。そもそもだけど……、『名前』って解るかな?
「……わかんない。」
うんうん、別に解らなくていいのよ。怒ってないし、むしろ羨ましさもある。知らないってコトは今からいくらでも知れる、ってコトだからね~。名前っていうのは、その人を表すものなの。例えばこれ、この木のお皿。これには『お皿』ってお名前が付いてる。この世にあるすべてのものに、大体”名前”ってのは付いているのよ。
ママも『レイス』っていう名前があって、デレも『デレ』っていう名前がある。
実はデレ以外の他の子にも名前があるのよ? 大分昔にはなるんだけど、ママがみんなの名前を考えてあげたことがあったの。その時はみんな忘れちゃったけど……、今ならどうだろ、覚えられるかな?
「んむ~?」
「ふふ、まぁゆっくり行きましょうね。私はいつまでも覚えておいてあげるから、さ。『デレ』っていうのが何となく自分を表す言葉、っていうのは解ってるんでしょう?」
「うん!」
「ならよし!」
私を除き群れで一番賢くなったデレでも、ダチョウの記憶力の悪さはそのまま。前に比べて格段に記憶力は上がっているみたいだけど、急にポンと何しようとしてたのか忘れちゃうこともあるみたいだ。この子の行動を見てたら何となくそこら辺は解ってしまう。
ま、解らなくなったらいつでも聞きに来なさいね。なんでもママが教えてあげるから。ママが解らないことがあっても、仲良しのアメリアさんもいるでしょう? あの人とっても物知りだからね。色々教えて貰いなさいな。
「お返事は?」
「はーい!」
「おへんじ?」
「わかる?」
「わかんない?」
「はーい?」
「はーい!」
「「「はーい!!!」」」
「あはは、そっちも良いお返事ね。」
〇特記戦力について
特記戦力とは、圧倒的な強者の称号である。一般的に1=10000がその入口ではあるが、軍師のように個々の戦力が一般人程度であっても特記戦力として認められることもあるため、一概には言えない。実力差によって『下位』『中位』『上位』のランク分けがなんとな~く、されている。相性であったり、周囲の意見などによってそのランク分けが上下する。
・実力
『下位』
目安として、一万から十万程度の一般兵を殲滅できる力の持ち主。特記戦力として認められてはいるが、特記戦力の中では弱者であり気が付いたら死んでいることが多い。相性や、入念な準備を整えれば中位の実力者を落とせるレベルではあるが、滅多に起きない。また準特記戦力(5000~10000級)が徒党を組んで勝負を挑まれると普通に死ぬ場合がある。
高原では絶対に生き残れない、実力が近いのは『土竜』の上半身
例:ダチョウちゃんたち(下の中、指揮個体込みで下の上)、軍師(査定困難)
『中位』
目安として、十万~の一般兵を殲滅できる実力者。特記戦力として確固とした実力を持つ者。下位の特記戦力がいるだけでも枕を高くして眠ることが出来るが、中位がいればもう昼過ぎまで惰眠を貪っていても安心できるレベル。とてもつよい、準特記戦力がいくら集まろうとも歯が立たず、覆らぬ相性差などがない限りまぁ負けることはない。
高原では頑張れば生き残れる、実力が近いのは『ビクビク』こと雷竜。雷竜は絶対的な実力を持ちはするが、その強さは雷系の能力に依存しているため、それを無効化されると『下位』の者たちでも簡単に狩れてしまうためこの査定となっている。(まぁ無効化はかなり難しいが)
例:獣王(中の中)、魔力に覚醒した今のレイス(中の中)、ビクビク(中の上)
『上位』
おばけ、かてない、むり、あきらめろ、しはきゅうさい
一応上位の下の方であれば、まだ中位の存在であっても勝ちを拾える可能性はあるが、上位の上の方になって来るともうどうしようもない。てっぺんの方になって来ると頑張れば大陸を海に沈められるレベルの人間? がいるので正直人類としてはもうお家でぬくぬく余生を過ごしていて欲しい。なんでもするから出てこないで。
高原では難なく生活できる、戦いが好きならばまさに楽園と言えるだろう。あと、上位の上の方の存在は普通に高原に沢山いるので色々諦めた方がいい。
例:増殖しきったダチョウちゃんたち(上の上)
なお、レイスはまだ魔力が使えるようになっただけであるのでそこまで査定は高くない。獣王に対しメタを張ることが出来たため勝利できたと考えられる。どうやったら死ぬんですか……? というレイスではあるが、さすがに細切れにされちゃうと死んじゃうので……。
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