24:ダチョウと特記戦力
「なるほど、彼女にとって"弟子"は逆鱗だったのですね。」
『はッ、軍師様。この度は申し訳なく……。』
「いえいえ、大丈夫ですとも。その情報だけで値千金です。ではでは、ゆっくりと療養してください。……私はちょっと別件がありますのでね、ここで失礼させていただきます。」
そう言いながら魔道具のスイッチをオフにする。ここはヒード王国とナガン王国の国境沿い、自身が立てた策の関係上この国境に留まることが最適だと判断した自身は、簡易の指揮所を設置しそこで情報を受け取っていた。
先ほどの報告は帝都で諜報活動を続けている者からのもの、帝国の在野に眠る優秀な人材。それこそ"特記戦力"の引き抜きを画策していたのだが……、最悪に近い形で失敗してしまったようだ。今回狙っていたのは先日まで剣闘士として活躍していた女性のスカウト。特記戦力の中でも中位、もしくは上位へと踏み込めるような実力でありながら、未だどの勢力にも明確についていない存在。
とても美味しい存在だったので帝国で活動している方々に指示出しをしていたのですが……。
結果は失敗。此方の正体が割れるような状況は避けることが出来たそうですが、末端の組織やその指示役、先ほど情報を送ってくださったたった一人の諜報員を除いて全滅したとのことです。特記戦力にしては温厚であり、話が通じる相手。それゆえに近づきナガンへの好感度を稼ぐように指示していたのですが……、運が悪いことに末端が暴走。現地の裏勢力や急進派の貴族をメインにしていたのが仇となってしまったワケです。
(彼らは、彼女の弱点でありながら逆鱗でもある"弟子"に手を出そうとしてしまった。)
その瞬間文字通り消し炭にされた末端の組織に、彼女と親しい存在であったらしい"帝国の特記戦力"の一人である『女公爵ヘンリエッタ』の介入。最悪を想定して動いてくれた諜報員の彼のおかげで、情報だけは手に入れることが出来ましたが……、最悪帝国に宣戦布告されてもおかしくない状況でした。
そうなった瞬間確実に乗り込んでくる"特記戦力"二人。おそらく開戦から数時間で我が国は焦土と化し、ナガンという国家は地図から消えることになるでしょう。本当にギリギリの状態でした。先日の"ダチョウ"の件のこともあり、もう胃薬が手放せない状況になってきましたね。本当に笑えない。
「これ以上の深入りは死を意味しますね、しばらく過度な干渉は控えるようにしなければ。」
自身が帝国へと赴くことが出来ればまだ引き抜くことが出来たのかもしれないが、今この大陸は荒れに荒れている。自分がいない状態でこの国が攻め込まれた場合、明らかに領土のいくつかを削られる。この戦乱の世で国力を削られることは死を意味する、故にナガンを離れることが出来なかった。
それに、"かの件"の対応もせねばならない。
「……よし、切り替えていきましょう。幸いこちらは上手く進んでいますし。」
現在自身の興味を引いている存在、それは"ダチョウ"と"ヒード王国"である。突如としてかの国に現れた特記戦力であり、未だその実力が掴めない相手。群を以って特記戦力とされる存在であるため、離間などの策を考えていましたが……。使えそうな情報は未だ0。逆に忍び込ませている諜報員のアラン氏を再起不能な状態まで追いやられる始末。
「彼らの長、レイスと言う彼女。かなりのやり手かもしれませんね。」
ならば、アプローチを変えるべき。
我々ナガンが攻め込まれぬようにヒードと締結した軍事同盟。これを結ぶために向かったヒードの王都で手に入れた情報。これと周辺諸国に散らばる特記戦力や各国の王の性格を踏まえながら、策を結び現在実行中。後は仕掛けた方々が自身の思うように動いてくださるのを待つだけ、という状況。
そう。"ダチョウ"という団体に対して計略を行えないのであれば、その周りをかき回してしまえばいい。
「しかも、前情報通り、かの女王は復讐に呑まれていた様子。そんな風になってしまった幼子を利用するのは正直心が痛みますが……、これも国のため。」
復讐に燃えるヒード国王が戦力を手に入れた瞬間、策を以ってそれを操り、確実に仇へとぶつける。私と初めて相まみえた瞬間の彼女の顔、アレは確実に私のことをただの戦力として数えていました。軍事同盟を結んだ理由も、彼女にとって仇であるチャーダ獣王国が攻め込んできた瞬間、私をぶつけて復讐を果たす以外には考えていないでしょう。
そして、"ダチョウ"を見てもその反応は同じはず。他の特記戦力を抱える国が彼らと契約を結ぶように、彼女も契約を結ぶだろう。そして私の"表向きの理由"を見抜けた幼女王であればダチョウたちを戦場へと送ることは不可能ではない。
「私も少し、彼女の周りの大臣たちを通じて助言しましたからね。」
アランさんが送ってくださった情報のおかげで、おぼろげながら『レイス』という存在について理解を深めることが出来ました。
彼女は傭兵団の安全を第一に考えているようですが……、『契約』を『ダチョウ優位』で結んだ以上、その性格から最初の戦乱を断わることはまぁないでしょう。彼女は道理を理解している、そしておそらく彼女自身の欲求もあるのでしょうが、情報を聞く限り"ダチョウという傭兵団"の利益と存続を重んじるタイプ。
強く訴えかければ頷くはずです。
「しかも、"特記戦力"がいないタダの戦場ならば、なおさらです。」
そこに何が待っているのかも知らずに……、という奴ですね。
「チャーダ獣王国が誇る特記戦力である『獣王』に、"ダチョウ"をぶつける。」
別にどちらが勝利しようが、ナガンにとって不利益が生じることはありません。なにせそのように調整したのですから。
もし『獣王』が勝利した場合、かの者は確かに"特記戦力"ではありますがその実力も特記戦力の中では中位。そしてその戦法も扱う技も、そのほとんどが諸外国にバレてしまっているという状態。まぁその様な状態でも押し切る力がある故の"特記戦力"なのですが……。
「こちらが何も対策を講じていない訳がないでしょうに。」
確かに虎の子の魔法兵団は失われてしまいました。しかしながら元々彼らは対帝国用の兵力、つまりそれ以外の国家、この大陸に存在する周辺国への対応策はすでに立案済みです。すでに丸裸になってしまっている彼、『獣王』を封殺することなど簡単に、とまでは言えませんが可能ではあります。
そしてその地理関係、軍事同盟から戦う場所はヒード王国。兵力以外の費用はあちら持ちですし、獣王さえ討ってしまえばあの幼女王は使い物にならなくなります。彼女には年相応の生活を送って頂けるように手配し、ヒード王国自体をナガンへと併合する。すでにその準備は整っています。
「そして、"ダチョウ"が勝利しても良い。」
彼らが勝利したとしても、相手は『獣王』。その実力は特記戦力の中位と言うだけあってかなりのもの、300の群が全く被害を受けないということはないでしょう。確実にその数は減るはずです。
そして、その戦い方、レイスの指揮能力なども理解できるはず。
ヒード王国の軍には複数の諜報員を用意してあります。彼らの中から一人、ダチョウたちについて行っていただくことで彼らの戦い方を知る。前回のプラーク侵攻戦では誰一人帰還した者がいなかったため、情報を得ることが出来ませんでした。このタイミングで、必ず情報を掴む。
「そして、軍事同盟を結んでいる以上……、私が出ねばならないでしょう。」
チャーダ獣王国が攻め込んだ以上、防衛戦争のため我らナガンも兵を出さねばなりません。そして、相手が特記戦力であるならばこちらも特記戦力を出さねば不作法というもの。つまり、私自身がダチョウたちと交流する機会を得れるということです。そして彼らの好感度を稼ぐということも、確実に狙えて来る。
「そこで彼らの人となりを知り、可能であれば我が国へと引き抜く。"人間至上主義"が厄介となりましょうが……、やりようはあります。」
まぁ、そんな形ですかね。どちらにしてもこのタイミングで『獣王』殿にはご退場いただきます。その後の獣王国がどうなるのかはわかりませんが……、かの国は広大な穀倉地帯を保有している。可能であれば手に入れておきたい場所。ヒードよりも獣人の数が多く、我が国と少々相性が悪い国ではありますが……。その時はこちらを一斉に"大掃除"すればよいだけです。
「軍師殿。」
「はい、どうしましたか?」
「ヒード王国・チャーダ獣王国の国境付近で潜伏していた者から報告。獣王自ら兵を率いて侵攻を開始したとのこと。」
「……承知しました、そのまま軍の内訳などの調査を進めるように指示してください。」
「はッ!」
……さて、どちらに転ぶのでしょうね。
◇◆◇◆◇
場所は変わり、ヒード王国の国境付近。
そこには大量の獣人たちを引き連れ進軍する、獣王の姿があった。
彼の説明をする前に、まずチャーダ獣王国について述べていこう。
ヒード王国の東部に位置するこの国家は非常に肥沃な領土を持っており、大陸でも有数な農業国家である。人間よりも食事量の多い獣人が多く住み着いており、豊かな大地が彼らの腹を満たしているといった形だ。ナガンが人間を主体とした国家ならば、チャーダは獣人を主体とした国家。そして、それらに挟まれたヒードが両方を許容する多民族国家という関係性になっている。
ナガンと言えば行き過ぎた"人間至上主義"が有名である。故に獣人を主体とした国家であるチャーダ獣王国もそうなのかと言えば、違う。彼らは人間を差別しているわけではない、むしろ悪い意味で平等にしている。
多くの獣人が持つ価値観のせいか、強いものに従うという意識を強く持つチャーダ獣王国は完全な実力主義だ。弱いものは全てを奪われ、強いものは全てを持って行く。基本人間よりも身体能力の高い獣人は常に強者であり、人間は弱者。もちろんその逆もあったが、彼らは常に強者をリーダーとして動いて来た歴史がある。
つまり、王国の中で一番強いものが彼らの王として選ばれるのだ。
そう、特記戦力。
獣王と呼ばれる男。名を『シー』という彼は、百獣の王。獅子の獣人である。
ただ、「頑強である」という効果しか持たない異能である『頑強』を持ってこの世に生まれ落ちた彼は、運よく魔法の才能も持っていた。そして高い身体能力の代わりに比較的低い魔力しか持たぬ獣人では珍しい潤沢な魔力も持っていた。獣王国のとある貧民街に生まれ落ちた彼は、弱き者はただ奪われるしかない世界を理解し自身が強者へとなるために力を蓄え続け、王へとなったのだ。
そして、彼は力だけでなく、考える力も持っていた。
彼がチャーダ獣王国にて彼らの国力の根本である穀倉地帯を視察していた時、一つの凶報が届いた。そう、『ナガンとヒードの軍事同盟』である。卓越した身体能力を誇るチャーダの軍は統率を取りにくいという難点を抱えながらも、非常に精強な軍として知られていた。それこそ小国で特記戦力を持たないヒード王国など簡単に攻め殺せるほどに。
「(だが、ただ攻めるだけでは国は治められない。)」
しかしながら獣王が進軍していなかったのには理由がある。そう、『緩衝地帯』だ。ナガンと言う人間至上主義を掲げる国家と、チャーダ獣王国の相性はとてつもなく悪い。ナガンからしてみれば『汚らわしい獣人が人間を食い物にしている! 故に滅ぼすべき!』という意見が頻出するし、チャーダ獣王国からも『たいして力のない貴族が統治する体制は間違っている! 正しい形に戻すべし!』という意見が溢れ出る。
そうなった場合待っているのはどちらかが倒れるまでの殴り合い。ナガンが誇る"軍師"の厄介さを理解していた獣王はヒードと言う緩衝地帯を維持することで争いを避けてきた。国内の不満、血の気の多い獣人たちの不満を解消するためにもたびたびヒード王国を攻めることはあったが、国家の存続が難しくなるほどには攻めない、それをずっと繰り返してきたのだ。
だが、それが崩れる。
ヒードがナガンと軍事同盟を結んだということは、緩衝地帯がその意味をなさなくなったことに他ならない。そして何より、ヒードと言えば良質な魔物素材の産出国である。特記戦力と言う強大な個は存在しないが、魔物素材で武装した兵士はかなり厄介。そんな厄介な兵が"軍師"によって動かされる? 獣王国にとって悪夢でしかなかった。
今はまだ大丈夫かもしれないが、時間が経過するごとに状況は悪化する。軍事同盟によって国力が実質的に上昇したヒードは魔物装備を量産するだろうし、ナガンもその装備を使って兵力を増強するだろう。つまり時間は敵だ。
「(故に、両国が強化される前に速攻で叩く。最低でもヒードの王都を落とし併合しなければ……。)」
獣王がそう焦る理由として、もう一つの懸念点があった。
そう、"特記戦力"の誕生である。獣王は知らぬことだが、ナガンの諜報員によってもたらされたソレは彼に恐怖を与えた。獣王は自身が特記戦力の中でそれほど強くないことを重々理解している、そして特記戦力の才能によっては追い抜かされてしまう程度の実力しかないこと、そして自身にはもう伸びしろがないことも。
獣王国の北東に位置する国家には、この大陸における『最強』の特記戦力がいる。獣王は一度その者に戦いを挑み、たった一つの傷を与えることすらできないまま、敗北した。故に自身が特記戦力の中で"中位"でしかないことを、肌で理解していたのである。
つまり、ヒードで生まれた新しい特記戦力。それに自身が敗北する可能性も理解していたのだ。
先のヒード王国との紛争の折、戦争の終着点として両国の王の一騎打ちという形を取った。ヒード側の『これ以上犠牲を増やしたくはない』という思いと、『ヒードを必要以上に削りたくない』というこちらの意図が合致したが故の戦い。先王を討つことで獣王国は勝利し、ある程度の賠償金を得て手打ちとなったが……、噂で次の王。先王の娘が自身をひどく恨んでいることを獣王は知っていた。
「(特記戦力には特記戦力をぶつけるのが定石。つまり我が出れば、相手も出してくるに違いない。)」
特記戦力という存在は確かに強力である、しかしながらただ強いだけでは特記戦力として生き残ることは出来ない。"特記戦力"とは成長し続けるからこそ、"特記戦力"なのだ。どんな戦いだろうと生き残り、昨日よりも確実に強くなる。一度負けた相手に次は必ず勝つのが、この世界の化け物として正しい姿である。
つまり、特記戦力がヒードに生まれてしまった以上、早急に討ち取らねばまずい。自身が勝てぬほどに成長してしまった場合、復讐心に呑まれたかの幼女王は怒りのままに自身を殺し、獣王国を喰らい尽くすだろう。
獣王は、そう考えていた。
全てがナガンが誇る特記戦力、"軍師"の手の平の上とは知らずに……。
「陛下! 前方に敵軍を発見! 敵拠点の防衛部隊かと思われます!」
「見えている、騎馬兵か。」
部下の報告を聞きながら、前方を魔力によって強化した眼で見つめる獣王。その視線の先には確かに100近い騎兵部隊が見えていた。今回獣王が連れてきた兵は30000。そして前方に聳え立つ高い防壁はヒード王国が獣王国との戦いのために作り上げた巨大な防衛拠点。防壁内では騎兵はその強みを活かせない。故に決死の覚悟で突撃し、少しでも時間を稼ごうといったところだろうか。
「(自身で蹴散らしても良いが、そうすれば兵たちの不満が溜まる。)」
軍に所属している兵、その多くは肉食系の動物をルーツに持つ獣人である。その気性の荒さからか闘争を好む性格の者が多い。そしてその雰囲気に呑まれたのか、本来好戦的でない種族の獣人も血を好むようになってしまっている。戦において絶大な能力を発揮する兵ではあったが、今はどれだけ素早く相手の王都までたどり着けるかの勝負。
この防衛拠点にたどり着くまで国境の警備兵などの処理を任せたことで彼らの"意欲"も幾分か落ち着いているはずだが、爆発してしまえば統率を失う。自身1人で全てを平らげることも可能ではあるが、そうなれば残るのは更地の領土のみ。それは決して王の姿ではない。
故に獣王は兵たちの気を紛らわすために、騎兵と防衛拠点へと侵攻を指示し、自身はこの場で王としてふんぞり返っておこうと考えた瞬間……。
「(…………ッ!!!!!!)」
強大な、魔力を感知する。それも、かなり離れた位置のもの。
特記戦力と呼ばれるまでに魔法に精通した獣王だからこそ理解できる。魔力の出どころは非常に遠い。それこそここから、ヒードの王都ほどの距離。それなのに一瞬だけ感じた圧力。強大な魔力。明らかに、"特記戦力"のもの。
自身の魔力がちっぽけな蟻にしか思えないほど隔絶した魔力の差。
彼の胸内を一瞬にして埋め尽くす、恐怖。
「……伝令。」
「はッ! 殲滅指示でしょうか!」
「すぐさま我の前から避けよ。」
「ッッッッッ!!!!!! た、退避ィィィィィ!!!!!!!!!!」
伝令の獣人がそう叫んだ瞬間、彼が連れていた兵たちの顔が一瞬にして恐怖に染まる。獣王と彼らの差はそれほどまでに大きいのだ。
周辺諸国に『獣王』として呼ばれる彼の戦闘スタイルは、魔力による単純な攻撃である。獅子の獣人として高い肉体性能と、莫大な魔力と天性の魔力操作によってもたらされるその圧倒的な身体能力のみで特記戦力と呼ばれてもおかしくない彼ではあるが、それは全力ではない。
たった1の魔力で、100の効果を引き出すその圧倒的な魔力操作によって引き出される単純な魔力の暴力。それが『獣王』だ。
「スゥ……。」
獣王が軽く息を吸い込みながら、体内の魔力を回し始める。それと同時に獅子の誇りとも呼べるその大きな牙が開かれ、そこに魔力が集まっていく。ほんの小さなビー玉のような球体であるが、そこに収縮された魔力量は異常の一言。全てを吸い込むブラックホールかと思わせるその黒球は獣王の呼吸によって生成され……。
放たれる。
獣王の口から放たれたソレは、極光となって全てを貫いていく。獣王国の魔の手から国を守るために立ちあがった騎馬部隊が一瞬にして蒸発し、その背後にあった防衛拠点、ヒード王国が十数年の月日を掛けて建築した高さ10mの石の防壁、そして内部に存在していた3000の兵士たち、拠点設備、攻城兵器、その全てを消し飛ばす。
気が付けば眼前に広がっていた巨大な防衛拠点は消えてなくなり、残ったのは獣王から放たれた攻撃によって深くえぐられた地面のみ。
「全軍に指示を出せ、このままヒードの王都まで進軍する。」
ダチョウ被害者の会がアップし始めました。
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