19:ダチョウが交渉
「レイス殿! 我が国の宰相をお連れした!」
マティルデ殿に連れられて、ダチョウたちの長であるレイス殿が待つ天幕まで移動する。到着してから数秒後、天幕の内部まで響くように彼女が声を上げた。何度か交流したという言葉をマティルデ殿の口から聞いたが、やはりこのような場になると彼女も緊張するのだろう。……まぁそれも仕方のない話だ。何か一つでも失敗すればこの国が終わるのだから。
この場に来て初めて理解した"ダチョウ"というものの恐ろしさ、簡単に人を蹴散らしてしまう能力の持ち主が、無垢ゆえに抑えが利かぬ可能性。敵対するということは最悪全ての存在が消えるまでの殲滅戦を意味している。これが敵に向かえばこれ以上ない戦力に成り得るが、内側に向いた瞬間ヒード王国が崩壊する。
そう、考えを纏めていた瞬間……。
「ッ!」
何かが、全身を突き抜けていく。瞬時に体が理解する、死。心の腑が一瞬止まりそうになり、全身から力が抜けそうになる。しかしながら何とか意志の力で体を押しとどめ、宰相として相応しい姿勢を維持しようとする。そうして、何とか国の顔を維持しようとしている時、天幕の奥から人影が浮かび上がってくる。
深くローブを被り顔が見えない人物、おそらく体格から女性。自身はそこまで魔法や魔力に詳しくはないが、かなりの魔力を持つ存在。
「……奥で長がお待ちです。」
「アメリア殿、何を。」
「その件は後程、さぁ中へ。……あぁ、それと。気を強く持つことをお勧めします。」
アメリアと呼ばれた彼女がそう言いながら後ろを指さす。それに釣られるように自分たちもその方向へと振り返る。そして、後悔した。……先ほどまで子供の様に遊びまわっていた彼らが、直ぐ後ろにいる。全員が、こちらにその澄んだ目を覗かせながら。何も考えていないような丸く透き通った眼、それゆえに恐ろしい。意志が介在しないということは、何か一つのきっかけですべてが襲い掛かってくるということ。
「……マティルデ殿、参りましょうか。」
「…………了解です。」
何か変な動きをすれば殺される、故に細心の注意を払いながら、何も動じていないように振舞い続ける。軽く、そして早く息を継ぎながら、より死の気配が強くなっている天幕の中へと踏み込んだ。
一歩足を進めるごとに、脳が警鐘を鳴らす。今すぐこの場から逃げるべきだと。しかしながらそれは許されない、背後を少し見てみればダチョウたちが天幕を囲っており、一部自分たちの後ろを塞ぐように天幕に入ってきている。交渉役として逃げられないことは事実であるが、それ以上にもう逃走が不可能な場所に。
壊れそうになる体を無理矢理動かしながら、さらに前へ。
そして。
「ようこそいらっしゃった、とでも言えばいいのか? まぁ座ると良い。」
彼女が、いた。
濃厚な死の気配を漂わせながら、此方を値踏みするように眺める彼女。種族は外にいた彼らと同じ、しかしながら自身の知る他の高位の獣人たちと同じようにその身を飾っている。そして何よりもその目から感じられる意志の力。この人物が彼らの長であり、ダチョウと言う種族の長であり、この場においてすべてを殺しつくせる存在だということを、理解させられた。
この場で一番発言力が高いのは彼女、圧倒的な暴力によって裏付けされたものに反発できるものは存在しない。そんな上位に位置する彼女が座ることを勧めた以上、それを受けるのが作法というもの。尊大にならぬよう、しかしながら怯え過ぎぬよう。内心を必死に隠しながらその場に座り込む。
「それで、何用でいらっしゃったのかな?」
「……先日の、ここプラークに押し寄せたナガン王国による侵攻。それを防いでくださった件について、正式にお礼申し上げます。」
「ふぅん、世辞は無しか。……いい、その方が好みだ。気になさるな。」
このような場合、変に世辞の言葉を並べるのは悪影響になる。そう考えた故に端的に、頭を下げながら礼の言葉だけを述べる。相手側の反応を見る限り、それが正しかったのだろう。安堵の息を吐きそうになるのを何とか押しとどめながら、少しだけ顔を上げ、相手の顔色をうかがう。
……強者の態度、しかし決して横暴なものではない。伝聞でしか知らないが他の特記戦力に比べれば幾分も理性的なやり取り。言葉の節々にこちらを気遣うような感情が時たま感じられる。故に、恐怖する。この者は決して暴力だけの存在でないことに、そして、安堵する。人と同じように感情があるということは、何かに情が湧き、振り上げたこぶしを下げてくれる可能性がある故に。
「まぁ元々、そこのマティルデ殿から話は聞いていた。今日わざわざ遠方から出向いてくれた貴殿が礼をしに来るということもな? なぁ、マティルデ。」
「ッ! ……あぁ、その通り、です。」
「ふふ、そう怯えてくれるな。酒を酌み交わした仲だろう? 友として付き合ってくれると言ったではないか。普段の私も、今の私も、同じ私だ。普段通り気楽に話してほしいと思うのは傲慢かな?」
「い、いえ……!」
急に話を振られ、動揺するマティルデ殿。その反応、そして彼女の会話から考えられることは。自身が想定していたより彼女とレイス殿との仲が深いこと、そしてレイス殿のこのような姿は、マティルデ殿は初めて見たということ。……この戦乱の世に於いて力というものは一層輝く、戦いを好まぬような性格であっても焦がされる程の強き光を浴びればいつの間にか靡いている。それが今の大陸の価値観。
強き者に惹かれるという人の性質、それはマティルデ殿も同じだろう。……引き抜かれる可能性と、それと同時に"自身の計画"に使用できる可能性を悟る。だが同時に、"友として"という発言からいらぬ虎の尾を踏む可能性も存在している。
「まぁそんなわけだ。宰相殿……、でよかったか? それ故に先ほどの礼は気にするな。受け取りはするがすでにマティルデから色々受け取っている。この天幕も、その一つだ。それは貴殿も重々承知しているはず……。本題に入ろうか。」
その最後の一言、彼女がそれを言葉にした瞬間。自身が受ける覇気、濃厚な死の気配がより強くなる。まるで彼女の背後から真っ黒なものが溢れ出るような、そんな光景を幻視してしまう。腰を地面に落ち着けていなければ、明らかに崩れ落ちていた。そう思わせるほどの力が、目の前にあった。
「ふふ、そう怯えるな宰相殿。まぁ確かにそちらから切り出しにくい話題かもしれんな……、自身の想定がどこまであっているのか答え合わせがしたい。話させてもらっても良いかな?」
「か、構いませぬ。」
「ありがとう……。まぁ早い話、我らをヒード王国に置き続けたいのだろう? この国には我らのような……、"特記戦力"だったか。その様な存在がないと聞く。故に我らを契約などで首輪を付け、飼い殺し。もしくは番犬、または尖兵として使いたいのだろう。……合っているのかな?」
「…………間違い、ありません。」
間違っては、いない。しかしながら言わされてしまった、違うと訂正を入れられなかった。有無を言わせぬ覇気、もしNOと言えば殺されていたかもしれないという恐怖。こちら側が説明した場合、内容は同じであっても、もっと言葉を選んでいた。完全に、あちらにペースを握られている。そもそも交渉というものは両者の力が同等の場合でしか行われない。差が離れすぎていた場合、起きるのは片方への押し付けのみ。そんな簡単なことを、今ここで実際に理解させられた。
「よかった、違っていたら面倒だったのでな。……まぁこちらとしても、その貴殿が持ってこようとした話、受けても構わんと思っている。」
「……。」
「外を見ればまぁ解るだろうが……、この通り戦うしか能のない者たちでな。自分で飯の用意などろくにできんのだ。故にどこかからの支援を受けることはそもそも想定にあった。それが国家と言うならばなおさら、だ。さて……。」
彼女はこちらをずっと見つめながら、姿勢を軽く直す。
「我らは武力を差し出そう。貴殿らは何を差し出せる? ……あぁもちろん、我らが他の国に行くことも念頭に置いて、返事してくれよ?」
◇◆◇◆◇
(さて、何を出してくるやら……。)
即興が大部分を占めていたけど、ある程度上手く自身の言葉を回すことが出来たと思う。前世の記憶があったとしても、この世界は未知のもの。さらに私が高原で10年間文明と触れ合わぬ生活を送っていた、当然会話の相手もウチの子たちという記憶が3秒ほどしか持たぬ相手。交渉どころか会話の経験なんてこっちに来てから手に入れたものだ。
そんな自身が『宰相という明らかに交渉事に慣れた相手』と戦う場合、確実に相手の口車に乗せられる。故に、暴力という誰も抗えない力によって言葉を封じ、こちら側である程度話を回せるようにした。多分、アメリアさんもそういうことを私にさせようとしていたのだろう。
(とりあえず、序盤は成功、かな。)
此方で話を回し、相手側に絶えずプレッシャーを与える。そしてあえて思考を丸投げすることで、相手を思考の渦に叩き込む。こっちは『変なこと言ったらどうなるか解ってるよね?』という顔をするだけでいい。まぁこれしかできないとも言うが、これで十分とも言う。細かいところに言及しすぎてポカしてしまうならこっちの方が何倍もいい。
「……まず、食料について。」
「ふむ。」
「現在。皆様方の食事の用意は、プラークが行っていると聞き及んでいます、それを国の方で支援させて頂こうかと。プラークの方に王家から支援を送り、それが皆様方に還元されるようにいたします。」
「期限はどうする?」
「ヒード王国に味方してくださる期間、永劫に。」
「なるほど……、その支援の金額。こちらで決めるが文句はないな? もちろんそちらと協議する機会は設けよう。我らは群れだ、増えればそれ相応の追加を求める。よいな?」
「構いません。」
あら、構いません。ときたか……、協議の場を設けると言ったけど、実質的にこれは天井無しみたいなものなのに。自分たちが求める金額じゃなければ出ていきますよ? ってことなんだけど……。それぐらい国で何とかしてやらァ! ってコトなのかね? それとも"特記戦力"にそれだけの価値があるのか。……後者かな? 一応フォロー入れとこ。
「なに、確かに我らの食事量は貴殿らと比べて格段に多いがすべてを喰らい尽くすほどではない。足りなければ追加で頂く、その程度のものだ。」
「ありがとうございます。」
さて、続きどうしようか。正直、あとは『住む場所』と『戦力提供時の拒否権』が欲しいんだけど……、このままだと他にいらないもの追加されて欲しいものがもらえなくなる可能性が出て来るな……。いや駄々こねて追加させてもいいんだけど、食べ物の支援してもらうって決まった手前変なことして印象下げるのは避けたい。
別に他の国に行きますよ~、とは言えるけど、こっちにはあんまりこの国を離れるメリットがない。それに、この宰相のお爺ちゃんにばっかり話させると盤面を全部あっちに持って行かれそうな気がする。老練な感じがするんよね、こんなにプレッシャー掛けてるのにあんまり崩れんし。
「さて、そっちが出してくれたのだ。こちらも提供する"商品"について説明せねばな……。はて、何から話すか。」
「…………。」
「早い話、我らは団体行動しかできん。そういう種族故な、故にウチの者一人貸し出す、などはせぬ。」
まぁそういう種族、ではなく逸れた瞬間帰って来ない永遠の迷子になるからなんだけどね……。私以外の知能持ち個体が生まれてくる、もしくは今の個体が成長してくれるまでは基本一つの群れとして動かなければならない。それが戦場であろうとも。むしろ彼らを戦場に連れていくよりも、ウチの子たちをお留守番させておく方が怖い。
「まぁ故に、此方も戦力として働けぬ時期もあるのだ。他の獣人はどうか解らぬが……、宰相殿は繁殖期について理解されているか?」
「ほんの少し、ですが。」
「ならいい。一年のうちの数か月動けぬ時期があること、そして明らかに我らにとって参戦するメリットがない時、提供を断らせていただく。……あぁ、これは譲れんぞ?」
「解りました、此方も皆様方の種族について浅学の身。不可能である場合は潔く身を引きましょう。しかしながら、そうした場合我が国自体が滅びる可能性があることも、ご理解ください。」
「……なるほど、覚えておこう。」
あ~、ね。手を貸してくれなかった時にウチの国が壊れちゃったらもう契約も何もないよ、いい条件出せる国なくなっちゃうよ、って言いたいワケね。逆に言うとそれ相応の支援とかは色々しますよ、ってところか。
「だが、そこまで言うということはそれ相応の物を差し出してくれるのだろう?」
「えぇ、それは勿論です。」
「しかし、我らへの理解が乏しく何を渡せばいいのか解らない、というところか? 『貴殿らは何を差し出せる?』は少々酷な言葉だったな、謝罪しよう。」
頭を下げようとしたが、相手の言葉と手によって止められる。……けどこのお爺ちゃん、"何を渡せばいいのか解らない"って私が言葉にした時、不自然なほどに顔が動かなかったな。……これこっちが先に言いきらないとまずいかもしれん。なんか絶対に色々面倒なもの渡される気がする。言われた後に上手くやれば回避できるかもしれんけど、十中八九避けられない可能性が高い。
枷を無理に増やされるくらいならこっちから提示した方が絶対にいい。
「貴殿らがそこまで譲歩してくれたのだ、此方も望みを言わねば失礼だろう。……まぁそれほど多くはないのだがな。」
宰相が挙げた条件、食料の支援以外にこちらが求める物は2つ。
1.まず大前提に"ダチョウ"への敵対行動の禁止。コレを破った場合報復としてその者とその者近くにいた者を殺しつくす。
2.住む場所の提供、場所は現在いるこのプラークを指定。まぁ現状維持だ。
1つ目は今思い出したから真っ先に入れた、これは求める物と言うよりも、保険の意味合いが強い。ウチの子たちが暴走した場合、私が止められる可能性が低い以上コレを入れておかなければ面倒な罪を被ることになる。もちろん無関係な者を殺させる気はそうそうないが、いれておかなければまずい気がした。2つ目はさっき述べたから説明省略。
「……殺し尽くす、というのは。」
「ウチの者は血の気が多くてな、私でも止められん。あぁもちろん国ごと潰す気はない故安心したまえ。」
「そう、ですか……。解りました、全国民に対して触れを出します。そして2つ目の条件の方も……。」
宰相がマティルデの方を軽く見ると、彼女が深く頷く。別に彼女としても国からの支援を受けられるのであれば反対する意味はない、というところなのかな? まぁ私たちという戦力がいる以上、このあたりの弱い魔物に襲われる可能性が減るわけだ。総合的に見てプラスの方が多いと判断してくれたのだろう。
「こちらの方も大丈夫でございます。」
「それは良かった……。まぁそれ以外にも今後要求するかもしれんが……。その時はまたマティルデを通して場を設けたい。それでいいか?」
「はい、構いません。」
相手からの返答を受け取った後、軽くアメリアさんの方を見る。彼女も頷いているし、多分この形でいいのだろう。……ふぅ、とりあえず契約ってのはこれでおしまいだね。うん。ウチにとってまぁ不利の無いというか、大丈夫な形に収まったはず。私のせいでウチの子たちが不利益を被るなんて最悪だからね。大半何されても覚えてないだろうけど、ね? 私が嫌だからさ。
「では、話はこれで終わりだ。貴殿と良い話が出来て良かった。今後とも、貴国とは良き関係性を保てることを願っている。」
「は、我々もです。……それで、大変申し訳ないのですが早速お聞きしてほしいことが。」
「なんだ?」
「我が国の王、女王陛下がレイス殿のことをぜひ一目見たいと言っております。旗下の方々もご一緒に、是非王都に来てくださることは可能でしょうか?」
〇一部始終見ていたデレちゃんの反応
「ぽけー。」
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