16:ダチョウと商人
『なるほど、酒豪ですか……。確かに酒による好感度向上、いい作戦ですね。』
「はッ!」
ダチョウちゃんたちが町の食料を信じられない速度で食い散らかし、同時にヒード王国の王都では軍師が同盟締結のために走り回っていた時の話。ダチョウにその体に染みついた美味しそうなご飯の匂いを覚えられてしまい、顔を合わせるたびに『ごはん? ごはん?』と迫られるというかわいそうな立場になってしまった"御用商人"のアランは、自身の本当の上司である"軍師"への報告を行っていた。
そんなアランの様子を見てみれば一目瞭然なのであるが、明らかに"御用商人"という格好ではない。数日前に用意したばかりだというのに、すでに年季の入ったエプロン。さらに両手には料理のために作成したのであろう美味しいソースの匂いが染み込んでおり、頭髪も髪の毛が料理に入り込まぬように料理人特有の帽子を被っている。もう商人じゃなくて料理人だ。
だが、コレも仕方ない話。諜報員として"ダチョウ"を名乗る傭兵団から情報を入手するためには、どうしても顔を合わせて交流する必要がある。そしてその顔を合わせたときに、効率よく情報を落としてもらうために、仲良くならねばいけない。
(そのため、大量の食材を以って近寄ろうとしたのだが……。)
それがダメだった。気が付けば自身が用意したはずの料理人たちに助っ人として放り込まれ、ダチョウたちの食事を用意する羽目に。そして彼らの胃袋を嘗めてしまったせいか、気絶するまで食事を作らされる始末。というか用意できなかったら多分喰われる。あれよあれよと日が経つにつれ、アランはダチョウたちから『美味しい匂いがして、ご飯をくれる人』として認識されるようになってしまった。
そのせいでろくに情報を集められない上に、定例報告のために着替える時間すら存在しないほどに追い込まれている。本来ならば占領軍のために用意したはずの食料がどんどんダチョウの腹に収まっていくのを見ながら、ただ料理を作り続ける毎日。まるで絵具で塗ったのかと思うほど黒くできた眼の下の隈が、彼の過酷なスケジュールと溜まりに溜まったストレスを表していた。
『解りました。ではこちらで良い酒を用意しましょう。帝国産で、非常に質のいい50年物の酒です。かなり度数の高く人を選ぶ品ですが……、酒好きならば、まさにたまらない一品でしょう。自身のご褒美としてとっておいたものですが、この際仕方ありません。……滅茶苦茶美味しいから誰にもあげたくないんですけどね……。』
「……よいのですか?」
『え、えぇ。非常に、非常に残念ですが……。これでもナガンの軍師。自身の趣味など後回しです……。飲みたかったなぁ。』
滅茶苦茶口惜しそうにしながら、自身の秘蔵の一本が彼の手元に届くよう手配する軍師。実は超プレミア化しており現代の価格に合わせるとピカピカの新車が買えてしまうほどの一本。今回の同盟締結が上手く行けば、月見などしながらゆっくりと楽しもうと思っていた秘蔵のお酒です。さらに帝国産ということで滅多に手に入らない品、ちょっとばかり本気の涙を目元に浮かべる軍師の姿が、アランの眼に映りました。
『それはそうとアランさん、大丈夫ですか? 非常にお疲れのようですが……。』
「……実は、まともな休息を取れていなくて。」
そう、上司に相談するアランさん。それも仕方のない話です。
現在プラークはダチョウさんのせいで急速に食糧不足への道を突き進んでいます。彼を含めた商人が急ピッチで食料を運んでいますが、ダチョウちゃんの胃袋はそんなもので収まるはずがありません。マティルデさんが付近の空き地に大規模な農園の建設を決定したり、他の貴族にお話を通して食料を買おうとしていますが、結果が出るのはまだ先の話。今はアランさんをはじめとした商人が頑張らないといけません。
そのため、彼のスケジュールは毎日がデスマーチです。"御用商人"に"諜報員"、そして"ごはん係"の三つを掛け持ちせねばならないのですから。
朝起きたら商人として様々な地域へと発注を行い、ダチョウたちのために倉庫から食料を引き出すなど資材の管理。そして"諜報員"としての目的のため、ダチョウたちの下に向かって美味しいご飯を作らなければなりません。だって近づかなければ情報なんて手に入らないのですから。自分が彼らにとって『おいしいごはんの人』と、覚えられたのならそれを活用するしかありません。
さらにナガンの諜報員としてどんな環境にでも溶け込めるように訓練したことが仇となったのか、プロの料理人には劣りますが、それなりにおいしいお料理が作れる彼。傍から見れば弱っていて倒しやすそうな容姿をしているせいか、ダチョウちゃんたちにも大人気のシェフです。しかも日々ダチョウちゃんの猛攻に耐えきっている料理人さんからはすでに『戦力』として見られています。どうあがいても逃げられるわけがありません。
そんな仕事を繰り返していたせいか、基本的にダチョウの夕食を用意している間に気絶。そのまま町の外で夜を明かし気が付いたら朝日が昇っていて、まだ自分が食べられていないことに安堵しながら、急いで商人としての仕事のため町の中に戻る日々。なんでまだ倒れて再起不能になっていないのか不思議なレベルです。
『……休みましょう、ね?』
「ですが……。」
『アラン殿、貴方は我がナガン王国にとって重要な人間です。過労で倒れたなど笑い話にもなりません。そうですね……、こうしましょう。他都市に忍び込んでいる諜報員に食料を集めるように指示をしておきます。"食料の買い込み"の名目でプラークを出て、少しリフレッシュしなさい。休息をとるのも仕事の一環ですよ?』
「ぐ、軍師様……!」
思わず、涙を浮かべてしまう彼。だって仕方ないんです。彼はずっと頑張っていたのですから。
そもそも彼にとって"ダチョウ"は、自国の兵士を目の前で蹂躙した相手です。正直目の前に立つだけで全身の震えが止まりません。それを何とか精神の力で押しとどめ、日々を送っています。ですがダチョウにはそんな難しいことは理解できません。『美味しい匂いのする人におねだりすればごはんがもらえる』ということを理解してしまった故に、ダチョウはアランさんに突撃します。
彼からすれば、『飯出さなきゃ代わりにお前を食い散らかすぞ』という覇気の籠った目で。(ただの空腹、でも事実)
そんなストレスに耐え続ける日々の中、信頼し尊敬できる上司からそんな言葉を吐かれたら、ねぇ?
◇◆◇◆◇
そんな秘密のお話があってから、十数日後。
「……お土産?」
「はい! 帝国産のもので、とても良い品が入りましたので……。」
そう言いながらアランさんが手渡してくれた包みを開けて見る。そこには明らかにクソ高そうなお酒。飲まずとも箱の装丁とかでもう格の違いが分かっちゃう奴だ。この世界に疎い私でも格の差が解ってしまう。……いいの? こんなに良い物貰っちゃって。
「えぇ、いつもお世話になっておりますので!」
「お世話になってるのはこっちだと思うんだけどなぁ?」
まぁくれるならありがたく貰うけど。
最初は何かと怪しんでいたアランさんではあるが、その認識は今ではガラッと変わっている。マティルデが信用している"御用商人"ってこともあるし、何よりすごいうちの子たちのためにご飯を用意してくれているというものもある。うちの子たち結構激しい運動をするものだから要求されるエネルギーってのもその分多い。消化効率がかなりいいから、ある程度削減は出来るんだけど……、まぁそれでもたくさん食べないとお腹が空いてしまうのだ。
故に人間と比べると滅茶苦茶大喰い。普通ならば文字通りすべてを喰い尽くしてそうなんだけど、それを食い止められているのは彼のおかげ。材料だけでなく、わざわざうちの子たちのために料理までしてくれる。流石に本職の料理人と比べるとちょっと腕は落ちるみたいなことを彼は言っていたが、全然気にならない。むしろおかわりしたくなるほどの腕前だった。
「だから逆にお礼しないといけないのは私の方なんだけど……。」
「いえいえ、お気になさらず。それに、自分の作った物を美味しく全て食べていただけるというものは何とも気持ちがいいものでして。料理人の方々の気持ちを理解する経験にもなりました。ですので是非、何も気にせず楽しんで頂ければと。」
「そう? なら遠慮なく。」
あ、そうそう。話は変わるけどウチの子たちが寂しがってたよ? わざわざ仕入れから帰ってきた後に申し訳ないけど、ちょっと顔だけでも見せてあげてくれない? ……まぁもちろん寂しがってはいないんだけどさ、この人ダチョウのことが気に入ったのか何かと聞いてきてくれてるし。まぁ多分ウチの子たちの可愛さにやられちゃったんでしょ。嘘も方便って奴だ。
じゃなきゃ『女性の方々向けに』って言いながら色んな装飾品持ってきてくれたり、しないもんねぇ?
(まぁ速攻でうちの子たちが飲み込もうとしたから、全力で止める羽目になったんだけど。)
ちょっと聞いた話によると、町の方でデレがあのお婆ちゃんの売っていたアクセサリーを食べようとしたことが噂に。そして尾びれが色々付いたみたいで、『ダチョウちゃんたちみんなキラキラしてるのが好き!』という話になっているそうだ。それでアランさんが気にかけて持ってきてくれたみたいね。まぁキラキラしてるものが好きなのは間違いないけど、うちの子たち赤ちゃんと同じでそういうのすぐ口に入れて飲みこんじゃうから……。
流石にそのまま返すのも悪いと思い、もう完璧にデレ専用の飼育員と化しているアメリアさんとかと相談して、私が寝泊まりしてる天幕に纏めて隠している。ウチの子たちの知能がもうちょっと発達したらおめかしに使わせてもらうんで……、許して♡
ま、そんな私たちのことを気にかけてくれているアランさん。そんな人が長旅の仕入れから帰って疲れている。そんな時こそ、この愛くるしいダチョウのお目目に癒されちゃえー、って思いまして。
「ほらお前ら、アランさん帰って来たよ。わかる?」
「あらん?」
「わかんない!」
「……いいにおい!」
「ごはん?」
「ごはん!」
「「「ごはん! ごはん!」」」
「あ、あはは……。じゃあおやつにちょうどいい時間ですし。仕入れてきたものから軽く何か作りますね。」
そう言いながら美味しいおやつに飢えたダチョウたちを引き連れ、料理人さんたちによって野外厨房として改装された区画に向かい歩いて行く彼。うちの子たちはもうなんでここにいるのか、目の前にいるのは誰かすらも覚えていない。しかしみんなが『ごはん!』と言っているため、美味しい匂いが染みついた野外厨房に向かって走っていく。
「う~し、じゃあちょっと早いけど。後はご飯食べて寝るだけだし、ちょっと味見してみようかな?」
流石にただ飯喰らいは気が引けるので、普段私たちは魔物の討伐だったり、周囲の森を切り開いて農地を拡張するお手伝いみたいなのをしている。まぁ基本単純作業すら怪しいのがダチョウだから、本当に簡単なことだけどね? それでも人間じゃ出せないパワーが出せるってことで制御不能な重機扱いだ。
けれど今日のお仕事は全部終わっている。さっきも言った通りまだ明るいけど、別に飲んじゃっても誰にも怒られないはず。
(さてさて~?)
明らかに高い物だということは理解できるが、変に躊躇するよりは早めに飲んで感想を伝えた方がいいだろう。そう言いながら足で包みを剥がし、コルクを抜く。……あ、今行儀悪いと思ったでしょ! ダチョウさんには手がないから足でするしかないんよ……。んじゃ、いただきま~す。
「…………っ、あぁ~。うん。蒸留酒か? かなり度数高いな。」
そこまで飲んでいないはずなのに、喉が焼けるように痛い。ダチョウ故に一瞬で収まるけど、これは……。なんだろ、ウイスキーとかそう言う感じ? 前世でも飲んだことがないタイプのお酒で滅茶苦茶味が濃いや。何かで割らないと私は美味しく飲めないかも。
「そもそも私、弱い度数で甘くてたくさん飲めるのが好きだからなぁ……。これちょっと辛いし。美味しいのは解るけど、高そうだしちょっとグビグビ飲むのは気が引けるかも。そのまま飲むんじゃなくて、なんかいい感じのアレンジを探した方がよさそうだし。」
そう言いながら足でボトルの封を締め直し、何か甘めなもの。果実系のジュースか何かで割ろうと思い立ち上がる。ちょうどアランさんが私たち用に色々食材とか持ってきてくれたわけだし、その中に何かよさげなのないかな……。うん、ないな。まぁ私以外コップどころか瓶に入ってるものを呑むのが難しい子たちばっかりだから……。教えたらできなくもないけど、すぐ忘れるしね。
「翼持ちの欠点だよね……、っと。どうしよっか。」
ここにないとなると……、町の中を探さないと美味しいお酒にありつくのは難しそう。けどいくらウチの子たちが『ごはん!』で頭がいっぱいになっているとはいえ、放置していくのは色々怖すぎる。おとなしくマティルデあたりが来るまで待つとするか。あの人も結構な酒飲みだし、酔い始めると聞いてもいない酒の蘊蓄とか教えてくれる。コレの美味しい飲み方も知ってるだろう。
「じゃ、うちの子の様子でも眺めながら過ごすとしますか。」
「え!? え! えぇ!!!」
「………そんなにいい奴なの?」
「(コクコクコクコク!)」
夜も深くなったころ、仕事終わりによく私のところへ酒を飲みに来るマティルデを迎えいれる。そして今日アランさんからもらった酒を見せてみると、テンションがすごいことに。語彙が完全にお亡くなりになった上に、首が捥げそうな速度でヘドバン。未だこの世界についての知識に疎い私でも高そうと思った酒だ、彼女の反応を見るのに相当なものなのだろう。
「て、帝国の50年もの! 人気が高すぎて毎年貴族と平民が殴り合って購入者を決めるレベルの一品だよコレ! どどどどどうやって! もしかして持ってた人を『ころしてでも うばいとる』した!? も、もしそうだとしても私何も聞いてないからね! 一口くれるなら聞いてないからね!!!」
「いや普通に貰い物だから……。」
「も、貰い物ぉ! 誰そいつ! 何、コレがどれだけヤバいのか理解してないの!? 教えて!!! ちょっと殴って素晴らしさを叩き込んでどうやって買ったのかを聞いてくるッ!」
何か強い衝撃を受けた時、マティルデが素に戻るというか騎士としての話し方をしなくなるのは知っていたけど……。それほど? というか貴女、町の司法兼行政みたいなものだし、殺人を見逃したら駄目でしょうに……。というか一口で見逃すとかそんなにすごいの? 私飲んだ時ちょっとキツイな、って感じだったんだけど。
「……んんッ! そういえばレイス殿はあまり強いのがダメだったか? なら仕方ない。確かにミルクなどで割るのも良いと聞くが、一番いいのはこうストレートでちびちび、そう月でも眺めながら飲むのが最上と聞く。比較的弱く飲みやすいものを大量に飲みたいレイス殿には、確かに合わぬ酒かもな!」
そう言いながら、すごくチラチラと私の顔を窺いながら話す彼女。いつの間に用意したのか解らないが、その手にはすでに彼女愛用のグラスが握られている。そしておそらく私用のミルクも。あんまり貰い物を誰かに上げるのは駄目かもしれないけど……、一緒に楽しむくらいなら大丈夫かな? それにマティルデだったら、アランさんも大丈夫だろうし。
(というか普通なら自身の上司であるマティルデにこのお酒渡すべきじゃない? 自他ともに認める酒好きだし。……まいっか。)
「はいはい、こーさん。じゃあ一緒に楽しく飲みましょ? ちなみにこれくれたのアランさん。」
「ん? 彼か、確か下戸であまり酒には興味がなかったな……。だが、何故真っ先に私ではなくレイス殿に渡したのか、商人であれば飲まなくても価値は解るだろうに……。」
「うちの子に興味あるんじゃない? ほら。」
そう言って野外厨房の方へ翼を向けてみる。するとまさに死にかけのといった形相で調理中の彼、しかしながらその顔には相変わらず何か企んでそうな笑みが浮かんでいる。というか笑顔を張り付けているような感じ? マティルデからアレが彼の素であるということは聞いているけど……、何も知らなきゃ滅茶苦茶警戒してそう。実際エルフのアメリアさんはまだ危険視してるし。
「たしかに、今にも死にそうといった感じなのにまだ鍋を振り続けているな……。あと相変わらずこっちに走って来るダチョウが多い。」
「美味しかったんだろうねぇ。ま、今日はまだ誰も辿り着けてないけど。」
そんな会話を続けながら、ちびちびと酒を嗜んでいく私たち。彼女の言う通り、ミルクで割ってみると格段に美味くなったそれを口に運びながら、適当な会話を挟んでいく。ウチの群れの子のだれが一番先に私の下に到着するのかで賭けしてみたり、アランさんがなんでダチョウちゃんに好感度高いのかについて話してみたり。……まぁ酔っぱらいの会話だ、まともな会話ではない。
「……やっぱりさぁ、アレじゃない?」
「アレとは?」
「恋ッ!」
やはりどんな世界でも、他人の恋路ほど面白い娯楽はないのだろう。急に身を乗り出すマティルデ、普段よりも酒の進みが早いのか顔が真っ赤になっている。いい酒だから悪酔いはしないだろうけど……。飲み過ぎちゃやーよ? 解ってる? ならいいけどさ。
あのうちの子たちに対する熱視線、身を削ってご飯を用意する姿勢、そしてそんな彼らの母親とも呼べる私? まぁ中身男だからそこら辺はっきりしてないけどさ。酒好きの私にコレ渡すってことはさ……、外堀を埋めに来たんじゃない?
「……あり得るな。」
「でしょう?」
ちょうどいい肴が出来てしまえばもう止まらない、酔っているということもあったが彼の恋路を好き勝手に考える時間が始まってしまう。二人とも何となく別に恋などしてないのだろうな、ということは理解している。しかしながらそんなことで話の腰を折るほど野暮でもない。
群れの中で一番顔が整ってるあの子がいいとか、一番感情表現が大きいあの子がいいとか。勝手にアランさんの想い人、想いダチョウ? を考え、カップルにして遊んでいく。『お嫁に出すなんてお母さん許しませんよ!』とか、『いややはり器量良しと言えば……』みたいな話だ。素面で聞けばこれほど生産性がなくしょうもない話もないだろうが、その時の私たちからすればこれほど面白いものもなかった。
個々人の見分けとか、性格とかの細かい違いは現状私ぐらいしか解らないが、マティルデに丁寧に説明しながら楽しんでいく。
「お? 見ろレイス殿! いつの間にかドロドロしてきてるぞ! 取り合いだ!」
「え、なに!」
「まてー!」
「まてまてー!」
「ごはん?」
「ごはん!」
「お、おたすけぇぇぇ~~!!!」
マティルデの指さす方を見てみると、いつの間にかアランさんがウチのダチョウたちに追いかけられている。よくよく見てみればいつの間にか彼が運んできた食料が全て平らげられている。追加の食料を取りに行こうとしたのか、それとも今日は店じまいとして帰ろうとしたのかはわからないが、その途中でダチョウたちに捕まってしまったようだ。
アランさんが全速力でギリギリ逃げ切れない速度、ある程度抑えた速度で彼を追いかけるダチョウたち。……も、もしや! 昼ドラ展開ね! ドロドロな痴情の縺れね! 嫌いじゃないわ!
そんなことを言っているうちに、追いかけてた群れの一人が『ごはん!』と言ってしまったせいで、彼らの脳が『ごはん!』に支配される。お遊びから狩りへとフェーズが移動し、一気に最高速へ。流石にダチョウ相手に、ただの人間が敵うはずもなく……。
「あ、アランさんこけた。」
「それで、囲まれる。」
「服をはぎ取られて……。」
「……レイス殿、あれ本気で食べようとしてないか?」
「……………ちょっと止めてくるッ!」
"御用商人"アラン! ちょっとだけ齧られて再起不能ッ! なお教会での治療により後遺症なし! 全治三日ッ!
なお今回の"アランさんモグモグ未遂事件"は本人から気にしていないというお許しを得たため、大事にはならなかった模様。ダチョウがお遊びの時に力加減をミスった、という風に処理された。
〇ダチョウとごはん係さん
もちろんだが、群れの仲間の顔を覚えられない彼らが料理人の顔を覚えられるわけがない。もちろん恋愛感情などあるわけがない。全員が毎日初対面である。ただ、美味しい匂いがするものはごはん! ということは理解しているため、なんとなく『この人の近くにいれば美味しいものにありつける』ということを理解している。
美味しそうな匂いがしているのに、料理人さんを襲っていない理由としては二つ。『敵対行動をしていない』ことと、『狩らなくても美味しいご飯が出てくる』から。アラン氏が感じていた料理を提供されなければ殺される、というのは、ある意味事実だったりする。みんなたらふく食べてお腹いっぱいになるまで料理を提供することが唯一の生き残る道だったり……。するかもしれない。
一応奇跡的にレイスに言われた『人を食べちゃだめ!』ということを思い出した個体や、美味しい匂いではなくその人間自体を気に入り始めたダチョウがいるため時間経過とともに襲われる可能性は減っていくだろうが……。まぁアラン氏は運が悪かったのだろう。ダチョウたちの知能が今後成長することを期待する。
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