10:ダチョウと合戦
「おきてー!」
「…………んぁ?」
「おきてー! てき~?」
その言葉で瞬時に脳が覚醒し、飛び起きる。起こしてくれたのはうちの子の一人、どうやら群れの全員が何らかの異常を察知して、すでに起きていたようだ。高原での経験が体に染み込んでいるのか、すぐさま群れの人数を確認し誰一人欠けていないことに安心した後、彼らが指さす方へとようやく眼を向ける。
「……ナニアレ。」
時刻は早朝、太陽が上がってからそんなに時間が経っていないような空。そんな清々しい朝の空気を穢すような集団が、私の目の前に広がっている。視界いっぱいに広がる人間の集団、しかも全員が似通った装備に身を包み、整列している。訓練された人間の、軍隊だ。しかも多分アレ、5000ぐらいはいるよね……。わぁ、たいへん。
「あ~、うん。とりあえずそこら辺に転がってるの叩き起した方が良さそうだね。」
「たたき? おこす? わかっ!」
「ちょいまち! やさしくね、やさし~く、おこす。」
「「「「はーい!」」」
ダチョウたちの力で叩き起した場合、最悪死ぬ。最初は手加減できるかもしれないけど、なんで自分がこんなことしてるのかを忘れた瞬間、何も考えずに全力で蹴り始めることもありうる。翼で優しく撫でてあげる動きを見せ、『こうやって起こすのよ~』という実例を見せてから行動へと移させる。
さて、うちの子たちに他の人を頼むとして……。私はマティルデを起こすとするか。明らかにあっちの軍はまだ戦う気はない。私たちの眼なら最前列にいる人がちょっと面倒そうな顔をしているのが見えるし、アレが敵だろうが味方だろうが"事"が起きるまでまだ時間はある。ゆっくりと前進はしているが、それは単なる移動のためのものだ。
アレがマティルデたちにとって味方だった場合攻撃しちゃだめだし、敵だった場合も即座に攻撃するのは避けた方がいい。
(戦争と言えどマナーがあるしねぇ、ほら最初の名乗りをしている間は攻撃しちゃダメ、とか。色々あるでしょう?)
厄介事にならなければいいなぁ、と思いながら近くで倒れていたマティルデを翼でゆする。
「お~い、マティルデー? なんか明らかに異常事態だよ?」
「……い、異常、じだ……っっっ!!!」
「おっと。」
流石騎士と言うべきか、昨日結構飲んだというのにすぐさま覚醒する彼女、しかしながら飛び起きてしまったのが色々ダメだったのだろう。顔が一瞬のうちに青く染まり、頬が一気に膨れる。あ~、うん。ちょうど昨日私が飲み干した酒樽あるし、こっちにどうぞ? ほら喉詰まらせないようにゆっくりね~。
お口から虹を吐きだす彼女の背をさすってあげながら、あたりの様子を確認する。
昨日は色々はしゃぎすぎてしまったせいか、色々なものが散らばっている。疲労のあまりぶっ倒れている料理人の皆さんや、おそらく調理しきれなかったであろう食材の山。昨日あれだけ食べたはずなのに、その山から勝手に朝ごはんを食べ始めてるダチョウたち。そして私の周囲に転がり、ダチョウたちにゆすられている人間さん。私が潰しちゃった人たちだ。
昨日結構飲んでたからなぁ……。え、私? ぐっすり眠れたよ? 酒のおかげでストレスが全部抜けたのか、体に溜まってた疲れも全部抜けてる。高原だとまともに眠れる日なんてそうそうなかったし、今なら空も飛べそうな気分って奴。にしても自分があれだけ飲めるとはなぁ、前世だったら急性アルコール中毒とかで死んでそ。ダチョウってすごいねぇ!
「す、すまないレイス殿。み、見苦しいのをみせてしまった……。」
「大丈夫、大丈夫。水は……、ちょっとうちの子には頼めないな。後で他の兵士さんに頼んで。」
「あ、あい、わかった。」
「それでなんだけど……、アレ。敵かい?」
彼女に肩を貸しながら、そう言って例の軍隊の方を指さす。そうするとまたまた顔色が悪くなっちゃうマティルデさん、あぁ、うん。それだけで大体わかった。結構距離は離れているが、人の眼でもあの軍が掲げる黄色い旗ぐらいはぎりぎり見えるだろう。ちょうど防壁の上で監視していた兵士さんたちも敵軍の存在を見つけられたのか、騒がしくなってきている。
「な、ナガン……! どうしてここ、に!」
「敵かい?」
「……あぁ、宣戦布告された話は届いていないが、目の前に彼らの軍があるということはそう言うことだろう。」
彼女の話によると、隣国ではあるがここプラークとは隣接していない国家だという。魔物の生息圏が間に入っているため"普通ならば"この場所にいるはずがない軍隊。しかし彼らが出現した方向を考えるに、わざわざ魔物たちがうじゃうじゃいる地域を突っ切ってやってきた可能性が高い。
そして明らかにこの町の兵士と防衛設備では耐えきれるはずのない数。確実にプラークを落としに来ている。守備隊が500に対し、相手は5000を超えている。しかも、町を守る防壁はそれほど固くないし、高さも不十分。対魔物を意識しているせいか、数を頼りにする人の相手がとても難しい。そして何よりこっちのトップが二日酔いで死んでて、兵士さんの一部も昨日の宴会に参加してたから色々と終わってる。
「グッ! あ、頭が……! 死因が"二日酔い"とか最悪だぞ私、なぜ加減せず飲んだ……!」
「あ、あはは……。」
「れ、レイス殿。どうする。明らかに我々にはナガンに対抗する術がない、人間至上主義が蔓延しているのがあの国。明らかに貴女方への対応は最悪だろう……。一筆書くぐらいの時間はあるはずだ! ヒードの内地ならばまだ……!」
あら、もしかしてマティルデ。私たちのこと逃がそうとしてくれてる? あら~! うれしいねぇ。そういう関係ない人を助けようとしてくれる軍人さんとか私むっちゃ弱いの。……それに、折角こんな風に交友を持てたって言うのに、ねぇ? 見殺しにするのは駄目でしょうよ。
正直、あれだけ数がいるってのに全く以って恐怖を感じていない。それはうちの子たちもみな同じだ、『なんかいっぱいいる!』で終わっている。つまりアレがどう動こうとも、私たちに降りかかる危険ってのは限りなく0に近いだろう。こういう本能的な感覚って結構バカにならないんだよね、というかコレのおかげで私らダチョウがこれまで生き残ってきたようなものだし。
折角仲良くできそうな人たちがいて、私たちに対して差別的な意志も感じない。というかお店の物を全部食べても笑って許してくれるような人だっていた。目の前に倒せる敵がいて、助けないってのは道理に反するだろう。
「マティルデ、さ。聞きたいことがあるんだけど……。」
「な、なんだ?」
「あれ、別に倒しちゃっても構わないよね?」
◇◆◇◆◇
「ふん、急な陣容変更は兵たちにとって負担になると習わんかったのか?」
「いや~、ほんとその節はすみませんって。我々も急に上から言われてきたもんですから。」
大勢の兵に囲まれながら、二人の男性が馬を駆りながら言葉を交わす。
「……まぁよい、"虎の子"の魔法兵団の実力は以前から気になっておった。それ相応の働きは、してもらおう。」
不満をあらわにしながら、もう片方の男性へと話す男性。口に大きな黒い髭を蓄え、ナガン王国に於いて将軍のみが身に着けることを許される甲冑を纏う大男。この度のプラーク侵攻計画を任された『デロタド将軍』だ。
人間至上主義という思想に染まっているせいか軍上層部、特に"軍師"からの評価は低いが決して能力がないわけではない。"将軍"として必要とされる能力を持ち、言葉は荒いが兵たちの疲労についても言及のできる人物であった。彼の思想に賛同する兵が集められたこの軍においては正に兵たちの信頼厚い将軍とも呼べよう。
「はいはい、お任せくださいな。」
そう答える細身の男性、ナガンを象徴とする黄色いローブを身に纏った男性は決して戦場に出るような体つきはしていない、不健康な研究者。と言った方がいいだろう。彼こそがナガンにおける"虎の子"、魔法兵団を指揮する『ボブレ』だった。
"軍師"からイレギュラー対応として駆り出される辺り優秀であり、また思想的な面でも"軍師"の望む人間至上主義に染まり切っていないものを持っていた。軍を指揮するための知識と、この5000を超える兵たちの中での自分たちの役割を理解する頭、そして魔法兵たちの中でも一段と強力な雷魔法を使用できるという実力。まさにナガンの秘密兵器に相応しい男と言えよう。
「……まぁ、なんだ。貴殿らの魔法のおかげで"回廊"も安全に進むことが出来た。夜間行軍からの早朝の奇襲、それに備え兵たちに休息を与えられたのは非常に大きい。その点は感謝しよう。」
「お、将軍ってお礼言えるんですね。」
「バカにしているのか?」
ボブレが吐いた軽口をため息とともに受け流し、軽く手をあげることで近くに控えていた伝令を呼ぶデロタド将軍。二人とも今回の作戦が初対面ながらも、ある程度話せる関係性を保っていた。
「伝令、軍の中央にスペースを開け魔法兵団が入れるようにしろ。彼らは我らの主力だ、前衛に盾兵を置き防備を固めよ。誰一人後ろに通すなと命じておけ。」
「ではこちらも、接敵される前に敵を排除できるように。それと攻城戦のために魔力の使い過ぎには注意、と。」
それはひとえに、二人とも"目的"のために協力できる理性を持っていたからである。両者ともに自身が信じる思想と、相反するものを相手が持っていることを知っている。しかしながら"計画"の成功のため、"ナガン王国"の栄光のため、自身の思想を抑え込み協力できるだけの理性。人を指揮する立場であれば必ず求められる能力であったが、それを実際に発揮できるものはそう多くはない。
そんな、ナガンにおける優秀な兵たち。決して最上とは言えないが、確実に作戦が成功できると確信できる陣容。この作戦に参加していた兵士たちも絶対的な勝利を確信していたし、この場にいる二人の将もいかに犠牲を少なくして勝利するのかが重要だと考えていた。そして彼らに指示を出した"軍師"も、敵都市内に忍ばせている諜報員のアランから戦勝の報告が来るのを待ちながら茶を楽しんでいた。
皆さんご存じかとは思うが……、一応最初に明記しておく。
残念ながら、彼らが今回の被害者だ。
◇◆◇◆◇
「はい、整列ー! ならべー!」
「はーい!」
「ならぶ!」
「ならんだ!」
「えらい!」
「はいはい、えらいえらい。」
うちの子たちに指示を飛ばしながら、陣容を整えていく。と言っても整ったところでこいつらの記憶力じゃすぐ吹き飛んでしまう。こっちが全員いるかどうかの確認に近い。こう、大人数での戦いになるとさ。かっこよく計略とか発動してさ、敵をやっつけてみたいモノじゃない? でもこの子たちの頭じゃそんなの不可能。指揮できるのも現状私だけだし、指揮官先頭を守りながら縦横無尽に"遊びまわる"だけだ。
「レイス殿、本当に……。」
「もう、いいってさ~。それよりも、この後の食費、お礼に持ってくれるんでしょ? 覚悟しておいてよ~?」
「……はは、それは怖いな。……いやほんとに怖いな。」
「さ、二日酔いさんは安全なところで見といてよね。この子たちがどうなるか実際わかんないからさ。」
私はこの子たち、ダチョウたちを信頼している。だがそれと同時に、彼らのおつむは全く信用していない。マティルデにも、冒険者の人たちにも全く言っていないのだが、たまにウチの子たちは……。『人間のことを捕食者の眼で見ている』ことがある。その対象が誰かのお気に入りだったり、私が『ダメだよォ?』と注意しているから現在被害は出ていないが、結構心配な事柄だ。
その点では、昨日。町の中へお邪魔したことは大成功だったと言える。そしてその後の宴会も。人は食べては駄目だし、襲っても駄目。そして何もしなければ美味しいご飯をくれる可能性が高い。すでにこの子たちの頭の中にその情報は存在しないだろうが、ぼんやりと断片みたいなものが残っていてもおかしくない。
(まぁ言ってしまうと、ここで"人を狩らせる"って選択が正しいのか全く解らない。ってことなんだよね。)
私からすれば他種族と仲良くしてほしいし、共存できるならばしていきたい。そして一緒に過ごしてくれる人たちの敵は私の敵、排除することになんの抵抗もない。普通人殺しとか躊躇するものなのだろうが、目の前に広がる敵と自分が同族ではないということは私も本能で理解している。たぶん、普段と同じ通り出来てしまうだろう。
そして、私がそうすれば後ろにいるこの子たちも同じことをする。私たちダチョウというものはそういうものであり、群れで動くのがダチョウ。私がしたことを真似するのがこの子たちだ。……けれど、それがこの子たちにとって正しいのかは未だ決め切れていない。精神が幼いところがある故に、親代わりともいえる私の選択がこの子たちの未来を決めてしまう可能性がある。
(あ~、難しいね。な~んも気にせずやれてた高原が懐かしいよ。)
「ま、あっちよりこっちの方が滅茶苦茶マシだけど。」
「まし?」
「マシ!」
「ごはん?」
「てきー!」
「まだ?」
「……ごめんね。もうちょっとだけ待ってくれる?」
「「「はーい!」」」
あ、後! アレはご飯じゃないからね! 敵だけど! 倒しても食べちゃダメだからね! 人の肉の味とか覚えさせたくないし! 絵面がヤバいから! 私も食べたくないし、食べてるとこ見たくないから! それだけは約束しなさいね! もっと美味しいもの食べさせてあげるから! 解った? 解ったならお返事!
「「「わかった!」」」
はい、よろし。マジで忘れないでよ……?
……はぁ。ふふ、変に気が抜けたな。まぁどうせ、戦わない方が後悔が残るだろうし、"やらない"って選択肢は最初からないんだけどさ。戦わないとせっかくできた友人たちを失うし、次にやってくるのはこっちを人と認めない変な主義主張を持つ輩。別に人の思想を貶すつもりはないけど、実害が出るのなら黙ってはいられない。黙っていて迫害されるのなら、あっちが何かしてくる前に叩き潰すのが一番正しい。
「よし、切り替え完了。」
「きりかえ?」
「かえかえ!」
「できた!」
「わたしも!」
ほんとかなぁ? それ単にさっきまで考えてたこと忘れただけじゃない? あとデレとか防壁の上にいるアメリアさんの方に手を振って全然こっちのこと見てなかったの解ってるんだからね? ちゃんとついて来なさいよ? 何もないと思うけど、遅れてきたらケガしちゃうかもだし。解った? 解ったわね。よしオーケー。
よし、じゃあどこに突っ込むかだけど……。
(左右を槍衾で埋めて、中央は盾兵。その奥は良く見えないけど旗の位置や伝令として動いてる敵の位置的に……、指揮官は中央の奥。って感じか。別に全員殺しつくしたいわけでもないし、中央の強行突破から大将首狙う方がいいかな。)
こっちの軍隊の基本とか指揮系統とかは全く解らないけど、基本てっぺんを取ってしまえば軍隊ってのは崩れる。よく訓練された軍なら次席の偉い人が指揮を取り直すんだろうけど、その人も"狩れば"いい。つまり偉い人全員倒せば大勝利、ってワケだ。細かいところは突っ込んでから調整していけばいいとして、まぁそんな方針でいいだろう。あとは、突っ込むだけだ。
「お前ら、そろそろ行くぞー! 準備ー?」
「「「できてるー!」」」
ま、正直あなたたち。ナガン王国だっけ? そっちに全然恨みとかはないんだけど……
「運が悪かった、ってことで。……突撃ィ!」
「「「わー!!!!!!」」」
〇ダチョウと戦略
彼らのリーダーであるレイスが過去に言った通り、彼らが理解できる戦略は『突撃』と『退却』だけである。一応『自由戦闘』という指示もあるにはあるが、本当に自由に好き勝手に戦い始めてしまうので、それはもう戦略行動ではない。故に彼らができるのは、進むか引くかのみである。
ただ、ダチョウという騎馬突撃よりも速い速度で、ランスチャージよりも何倍も恐ろしい攻撃を放てる彼らにとってそれ以外の戦略が必要かと聞かれれば『必要ない』としか言いようがない。多くの属性に耐性があり、簡単な刃物では一切歯が立たない羽の鎧。そして相手の攻撃が出る前に"反撃"できるという驚異的なスピードと眼の良さ。本当におつむが弱いところ以外欠点がない。
さらになんとか痛手を与えたとしても、異様な回復力のため人間よりも何倍も早く戦線に復帰することが出来る。……まぁ仲間を傷つけられてキレたダチョウを前に戦線が残っているかは不明だが。ちなみに、聞いたところによると、高原にいる『ビクビク』などの属性攻撃を扱ってくる魔物との戦いをこなして来た結果、そういった攻撃をしてくる対象は真っ先に排除するように指示しているとのこと。こわいねぇ。
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