第95話 収穫祭と占い師
収穫祭の日は澄んだような青い空で天候にも恵まれていた。剣術大会から一夜明けてオルブライトの屋敷では収穫祭にむけて準備が行われていた。
「うーん?おかしくない?」
「大丈夫ですよ、アイリーネお嬢様」
「そうかしら?オドレイ」
収穫祭ではエプロンをつけたワンピース姿に三角巾を頭に巻き祭りに参加するのが一般的で、アイリーネもそれに倣い鏡の前で衣装を合わせ、いつものようにオドレイが褒めてくれる。
乳母だったオドレイは公爵家を辞めてアイリーネと共にオルブライトの屋敷にやってきた。信頼できる者が側にいる方がいいだろうと、ヴァールブルク公爵が手配してくれたからだ。
オドレイに髪を編んでもらい三角巾をつけると、髪の色も余り目立たない。
鏡の中のアイリーネはにっこりと笑った。
馬車で迎えに来てくれた、ユーリと二人で街までやって来た。街は収穫祭に彩られ沢山の露店や衣装を身に着けた人であふれていた。予想以上に人が多くて、迷子にならないようにとユーリが手を差し出してくれる。
お兄様だった頃のユーリだったら、何も思わずにこの手をとっていたけれど、私のことを好きだと言っているユーリの手に少し躊躇してしまう。
ユーリはそんな事は気付いていないのか、それとも気にもとめないのかはわからないが、変わらぬ笑顔である。
思いきってユーリの手を握りると、街を散策する。
目につくのは収穫祭らしく収穫された果物を使ったジュースやスイーツ、野菜を使った食事など露店の店が並んでいる。
他には景品が貰えるナイフ投げのお店や手作りアクセサリーのお店などがあり、目移りしてしまう。
「何か気になる物はあった?リーネ」
「うーん、そうですね。あ、あの店は何でしょうか?」
「ん?あれは占いの店かな」
私が指をさした方角にある黒い天幕の店を見ながら、ユーリが答えてくれる。確かに天幕の入口には水晶玉が描かれた看板が飾られていた。
占いか、そう言えばリオーネ姉妹も収穫祭には有名な占い師さんがやってくるといっていたかな?
「占いのお店に行ってみたいです」
「じゃあ、行ってみようか」
「はい!」
黒い天幕の中のに入ると中は薄暗く、ランプの淡い光が唯一の明かりで、黒いローブを被った人物が椅子に座り机の上には水晶玉が置かれている。近くの棚には魔石で出来たアクセサリー類も売られており、神秘的な雰囲気た。
「いらっしゃいませ、何を占いますか?」
席に着くと、そう声をかけられる。
うーん?何をとは、なにを聞けばいいのだろうか?
「みんなどのような事を占うのでしょうか?」
「……そうですね。女性だと恋人や婚約者との相性とかが多いですね」
「恋人……」
チラリとユーリを見る。ユーリは魔石を眺めていて、私の視線には気付いていないようだ。
私とユーリは恋人というわけでもない……
「では、あなたの未来を占うのはどうですか?」
占い師さんは認識できないように阻害魔法がかかっているのか顔がわからないが、こちらを見ていることはわかる。
いつまでも悩んでいても仕方がないので、占い師さんのいう通り私は未来について占ってもらうことにした。
占い師が水晶玉に手をかざすと水晶玉が光る。
しばらく手をかざしたまま動かない占い師に緊張感が高まっていく。
「………あなたの過去はあなたが覚えているよりも残酷で悲運とも言えるでしょう。あなたは覚えていなくてもその時の辛い記憶はあなたの魂に刻まれています。そしてこれから先も辛い事がおこるでしょう。しかしあなたには頼れる人達がいる、恐れることはありません。今のあなたはどんな困難にも負けやしない。最後には必ず幸せが訪れるでしょう」
「………は、はい」
特に具体的な出来事を言われたわけではないけれど、占い師さんが言った言葉が妙に馴染んでくる。
それから占い師さんはユーリにも占いの結果を告げる。
「あなたの大切なものが近々危機にさらされます。いい人の演じている人物に騙されないように気を付けて下さい。もし道を間違えたなら、繰り返した意味が失くなるかもしれませんよ……」
「………お前は何者だ?」
「ただの、占い師です」
「………」
凄むユーリに占い師さんは怯むことなく答えている。
ユーリはどうしたのだろうか、今の言葉でユーリの気に障ることがあったのかな?
これで占いは終了ですと告げると、天幕の入口が明けられ、外の光が眩しく感じる。
「それではありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
ユーリと二人で外に出るがユーリは何かを考えるように動かない。
ユーリは占い結果がまだ気になるようだわ。
確かユーリの大切なものの危機?何か失くしたり落としたりするって事かしら。
「ユーリ?どうかしたのですか」
「ん?いや、なんでもないよ。行こうか」
「はい」
再び手を繋ぐと次はどうしようかと露店を巡っていく。
黒い天幕ではローブを脱いだ人物が先程占った二人を思い出していた。
「この姿は彼に似ているから直接話しできないからね、おかげで怪しい占い師にならざるおえないよ。それにしても人間は本当に欲に忠実な人が多くて、流石の僕も嫌になるよ。……でも反省できる子もちゃんといるよ、あの子がちゃんと救われるといいな……」
占い師は静かに目を閉じると、とある令嬢を思い出し、彼女の無事を祈った。
ユーリと露店で食べ歩き喉が渇いたと葡萄のジュースを購入した。この葡萄ジュースはヴァールブルク公爵領で採れた葡萄で作られていて、懐かしい味がする。
公爵家に居た時はワインが飲めない子供達はこの葡萄ジュースを好んで飲んでいた。
「懐かしい味ですね……」
「父上がリーネの分も葡萄ジュースを用意してくれているから、持ってくるよ」
「そうなのですか?」
「父上にとってはリーネは娘同然だから、用意してあるよ」
ヴァールブルク公爵は本当に可愛がってもらっていた。マリアと私の扱いも公爵は差をつけていなかった。
血が繋がらない子供を自分の子供のように接してくれた公爵には感謝しかない。
葡萄ジュースはアルコールが入っていないのに、優しい公爵を思い出すと体全体が温かくなってくるようだ。
隣で私を見ていたユーリの目も温かくて、何故だろう言葉も紡げなくなって、しばらくの間葡萄ジュースを無言で味わっていた。
「そろそろ行こうか。あまり遅くなるとリオンヌ様に叱られるからね」
「はい」
夕方になり人が更に増えて来て、ユーリと繋いだ手を離さないように人混みを歩いていく。
歩く速度も私に合わせてくれ、気遣ってくれている。
ただ、いくら気を付けていても人が多いのか人と当たり蹌踉めいてしまった。
「大丈夫?リーネ。今の奴……」
私は大丈夫です、と言おうとしたのだけど声にならない。どうしたのだろう声がでない――
「リーネ?」
何かがおかしい、そう感じた瞬間には目の前が真っ暗になり、なんだか息苦しくなってきて私の意識はここで途切れた。
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