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第8話 怒りの成れの果てと終焉の先の希望

イザークのその後です

 時間の経過と共に被害が拡大している。ハイデンブルグの皇城からゆっくり坂道になっている城下街の低い場所では、すでに水に浸かる建物がでている。落雷による火災も発生し街は騒然となっていた。新たに遥か彼方より飛んでいる魔物の群れが見えた瞬間、逃げ惑う人々がいた。



 イザークは立ち上がるとゆっくりとした足取りで皇城を目指す。最後の時はアレットと過ごした、アルアリア・ローズを見ながら迎えようと歩みを速めようとした。


「あっ、皇太子殿下!」

「皇太子殿下だー、これで助かるぞー」


 人々はイザークに対し期待に満ちた眼差しを向け、希望を見出そうとしていた。イザークは聞き流し歩みを緩める事なく皇城を目指す。


―アレットを誰も助けようとしなかったのに?あんな姿で最期を迎えたのに?


 イザークは悲しみを通り過ぎ怒りに囚われていった。この先起きるであろう惨劇も自業自得だと考えている。



 人々はイザークの怒りに気づかない。気づかないから何故だとイザークに憤る。うんざりしたイザークは真実を告げた。愛し子のアレットを処刑したため妖精王の怒りをかったのだと。


 人々は恐れおののいた。ある者は責任転嫁をはじめ、ある者は許しを請う、ある者は泣き叫んでいた。イザークは関心もなく皇城へと進んでいく。見慣れたはずの城は薄暗く、冷たく感じる。今までなら暖かさを求め、アレットを思い出したが、これから終幕を迎える国には相応しいのではないかと思えてきた。


 


 皇城に入りイザークはただただ呆れていた。外の騒動に気づかないのか、着飾った貴族達が集まっていた。




「イザーク様」


 聞き覚えのある甘ったるい声に眉間にシワを寄せながら向き直る。予想通り宰相の娘、マリアンヌ・コルネリウスである。沢山の宝石をつけたドレスと厚い化粧、強い香水の匂いは嫌悪感を抱くのに充分である。


「まあ、こんなに濡れてるじゃないですか?」

―うるさい


「今、お拭きしますね?」

―さわるな


 マリアンヌはニヤリと不気味に笑う。


「今日はおめでたい日じゃないですかー?」 

―やめろ


「あの偽物が処刑されてー。いい気味です」

―やめろ


「イザーク様にはもっと家柄のいい令嬢が必要でしょう?私のような?」

―やめてくれ



 マリアンヌはイザークの目の前に自分の指を見せつける。その指にはアレットに贈ったはずの青い石の婚約指輪が輝いていた。イザークは考える。婚約指輪がここにあるのなら、今回の事は宰相が深く関わっているのだろうと、おそらく母である皇后も。怒りをこらえながら冷静を装うも次の言葉を聞き理性が吹き飛んだ。


「よく似合ってると思いませんか?それから、あの忌々しい白い花もすべて処分してさしあげましたわ!あの偽物のように!」

「黙れ」 


 低く、冷たい声色にイザークの耳には他人の言葉のように聞こえた。驚くマリアンヌに冷たい眼差しを送ると、顔色が悪くなるが今さらだ。


 イザークは許せなかった。アレットを奪われただけではなく、アレットの指輪をつけるマリアンヌを。アレットとの思い出の場所であるアルアリア・ローズを処分したと言ったマリアンヌを。




 イザークは自分の魔力が高まるのを感じた。怒りにより自分自身で制御できない。大きくなりすぎて耐えられなくなった魔力が一気に放出されていく。イザークから放たれた爆風は城の半分が吹き飛ばされ、大勢の人が壁に叩きつけられたり瓦礫に潰されたりと犠牲になった。天井から雨が降り、壁の一部も無くなり外部との境目が曖昧である。



「マリアンヌー!しっかりしろ!殿下これはどういう事ですか!?」


 一番近くにいたマリアンヌは遠くへ吹き飛ばされだろう。宰相が泣き叫びながら、イザークを非難する。


 皇后も怪我をしたのか足を引きずりながら大きな声で叫んでいる。


「早く治癒を使える聖女達を呼びなさい!」



―治癒?もうすぐこの国は沈むというのに?


「イザーク!なんて事をあなたは―」

「外をご覧になってないのですか?」

「えっ?」


 イザークに苦言を呈そうとする皇后に外の様子を見るように促した。壁の外側は水に浸かる街並み、火事により炎が各所で見られ、魔物の大群まで近付いている。皇后をはじめ、外の様子を初めて知ったのか黙り込みその場に立ち尽くしている。魔力がほぼ無くなったイザークはよろめきながら、その場を後にする。最後に一石を投じながら。


「私は、妖精王に会いました。アレットは間違いなく愛し子だそうですよ?」


 母がどんな顔をしたのか覚えていない。



 イザークは目的のアルアリア・ローズを失い途方に暮れ、当てがないものの静寂を求め移動することにした。体が重い。魔力を使いきったイザークも長くはないのだろう。それでもイザークは歩みを止めなかった。



「だれか……いるの?ですか……」


 ふとイザークの耳に弱々しいの声が聞こえた。周囲に目を向けると瓦礫の下から大人とは違う細い手が見える。イザークは近付き頭にかかる瓦礫を取り除く。


「あっ……」


 思わず声を出すと、それに反応した瓦礫の下の人物はイザークに話し掛ける。


「兄……うえ、捜して……ま…した」

「捜す?どうしてだ?キリアン。今、助け―」


 助けようとふと見ると胸の辺りから下を分厚い壁で圧迫されていた。壁は重く男性の力でも動かない。ならばと風魔法を使い持ち上げようとした時、自身の魔力が残っていない事を思いだす。身動きをとれず戸惑うイザークにキリアンが告げる。



「私はいいの……です。アレット姉上……を…どうか」

「……」

「誰…も、私…がこど…も…で話を……聞いて…も……ら」


「兄…上…な…ら…助け……」


―キリアンはまだ知らないのだろう。すでにアレットはこの世にはいない。だとしても、この状況でアレットを優先させてほしいと願うとは。


 イザークから枯れたと思っていた涙が溢れてきた。人に絶望したはずなのに!この城の者はみんな同じだと!違った、違っていた!のだと。


―キリアンがこんな目に遭っているのは、自分の魔力のせいではないか!



 瀕死の弟を前に自分の愚かさを顧みるもキリアンを助けられない。すべての原因がイザーク自身ではないかとさえ思ってくる。


―自分がいなければ、アレットが死ぬ事もキリアンがこんな目に遭う事もなかったのではないか?


 動かないイザークの手をキリアンがギュッと握った。まるでイザークの想いを否定するかの如く。


「キリアン……」


 外が騒がしくなり、魔物達の鳴き声が聞こえると、建物が揺れた。魔物が城に到着したのだろう。振動により瓦礫が落ちてくる。


「にげ……て。あ…ぶ」


 キリアンは言い終わる前に吐血し、そのまま動かなくなった。イザークの手を握る事もない。イザークは思わずその名を呼ぶ。すがるように。



「イルバンディ様、イルバンディ様ーっ!!」



 自分の声は届かないと期待していなかったイザークの前に光の粒が現れ、人型となっていく。先程と同じ姿のイルバンディが現れた。イルバンディは言葉を発することなくキリアンに覆いかぶさる壁を取り除く。イザークはすぐにキリアンを抱き寄せ瓦礫から身を守る姿勢をとった。



「助けなかった、私を恨むか?」


 

 イザークはすぐに否定した。


「いいえ、これは私の罪です。愚かな私の」


「……」


 イルバンディが問う。


「……愛し子が再び生を受けた時、会いたいか?」


 イザークは目を見開き答える。


「会いたいです!―許されるならば」


「隣に立てないとしても?」


「はい」


「今とは違う関係性だとしても?」


「はい」


 イザークはしっかりと頷いた。


「では、何を望む?」


「世界中が彼女に背を向けようが彼女の味方に。それに必要な力を望みます」


 そう言いきったイザークは決意に満ちていた。



「了承した。では、そなたもしばし休むが良い」


 そう言い残すとイルバンディは去っていった。


 イザークはキリアンを抱いたまま崩落する城の中で終わりを待つ。いよいよ終わると思われた崩れ落ちる瓦礫の合間に、アレットが見えた気がした。眉を下げ悲しそうな顔のアレットが。……目を閉じたイザークの髪に頬に何かが触れた。イザークは思わず口角をわずかに上げる。


―幻だとしても君に会えてうれしいと言えば君はまた笑ってくれるだろうか?





 こうして大国と言われたエイデンブルグ帝国は長い歴史に幕を閉じた。


 











ご覧くださりありがとうございました。

文字を表現する作業が難しいですねー。

言葉は深いですね

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