第88話 優勝への誓い
収穫祭とはその名のとおり、豊かな実りに対して妖精王に感謝を伝えるためのお祭りである。
毎年行われている収穫祭であるが、前日に剣術大会がある四年に一度にあたる今年は、観光客も多い。
剣術大会の優勝者には望む褒美が与えられる、そのため多くの者がエントリーするが、対戦相手によっては棄権する者も多い。
「そろそろ時間になりましたので、行ってまいります」
「はい、頑張って下さいね」
会話が途切れたあと考え込んでいたイザークは急に首を振るとウロウロとし挙動不審になっていく。
「絶対にユリウス様やシリル様と離れてはいけませんよ。人が多いので……いや……やっぱり棄権……」
「……もう、行けよ。イザーク」
「うん、さっきから同じ事の繰り返しだよ」
アイリーネの護衛であるイザークは今回の収穫祭に際し過去最高の観光客が王都に集まっていると聞き、出場を辞退しようとしていた。外国からの観光客に紛れて危険人物が入国するかも知れないと思ったからだ。
それを聞いたユリウスとシリルは護衛の心配はないと、イザークに剣術大会に出場するように促していた。
二人に急かされたイザークは渋々といった感じであるが闘技場の受け付けにむかうようである。
「あ、待って下さいイザーク様」
「どうかされましたか?アイリーネ様」
――これで、よしと。
イザークの腕に解けぬようにしっかりと刺繍を施したハンカチを巻くと微笑んだ。
「……これは?」
「お守りです。無事に帰って来るようにと願いを込めています」
「……ありがとうごさいます。これは……効果がありそうですね……」
イザークは結ばれたハンカチに手を沿えると誓う。
――必ず優勝して褒美の権利を勝ち取ろう
と剣を持つ手に力が込められた。
「なあ、シリル。何でイザークは急に剣術大会に出ようと思ったんだ」
「……さあね、僕はイザークじゃないからね」
「……その顔は知ってるな?まあ、いいけどな」
闘技場の中は沢山の人で溢れていた。アイリーネ達は席は決まっており、王族と同じ座席となっていた。
オルブライト家は普通の貴族とは違い爵位に属さない、教皇を排出する家だ。しかし愛し子は王族と同様と扱われているため、王族の席が用意されていた。
王家の双子の兄妹はまだ幼いと剣術大会は観覧できないため、王家の席には国王に王妃、それからアベルとジョエルもいた。
いつも部屋に閉じこもり研究ばかりしているジョエルだが魔力を使った違法がないか調べるため剣術大会に呼ばれたそうで、本人はいい迷惑だと言っている。
「剣術大会は魔力も神聖力も禁止だからな」とユーリが教えてくれたのでふと疑問に思う。
「ジョエル様は魔力を使った形跡が分かるのですか?」
「普通の魔力なら見た目でわかりますよ、急に風が吹いたり、雷が落ちたりすればわかるでしょう?わからないのは、精神系つまり闇の魔力なので私じゃないとダメなのですよ」
「闇の魔力を使える人は少ないのではないですか?」
「ええ、ですが光の魔力よりは多い。この闘技場の中にもいるみたいですよ?私ほど魔力が強い人はなかなかいませんがね」
闇の魔力を使い記憶を操作したりすれば、ジョエルが違法だと判定する。なるほどとジョエルが嫌嫌ながら闘技場にいる理由に私は納得した。
そうだわ、忘れる所だったわ。とハンカチをユーリに差し出すとユーリは目を丸くした。
「これは?」
「イザーク様のハンカチと一緒にユーリの分も作りました」
「ありがとう、アイリーネ。すっごく嬉しいよ!」
本当はイザークが羨ましくて自分もハンカチが欲しかったのだけど、剣術大会に出ないのに欲しいとも言えずにいた。期待していなかっただけに、凄く嬉しい。
「あと、はい。シリルの分もあるわよ」
「えっ?僕の分。いいの?」
「ええ、絵柄はみんなアルアリア・ローズなのだけど、色を変えたのよ?イザーク様は青、ユーリは紫、シリルは緑とそれぞれの瞳の色にしたの」
「へ、へぇー。なんだか氷の貴公子の視線が怖いけど、嬉しいよありがとう。アイリーネ」
えっ?とシリルとは反対側に座るユーリを見たけれど特に怖い様子はなく、嬉しいと言いながら笑っていた。
剣術大会が始まると会場は盛り上がり、歓声は絶えない。中には相手から逃げ惑い笑いを誘う者や負けたあとにプロポーズする強者もいた。
中々、イザーク様もクリス様も順番が回ってこないが、相手が棄権したため出番がないそうだ。
「後半になったら出てくるよ。イザークもクリスも強いのはみんな知ってるから棄権するんだろうな」
「ユーリはどちらが勝つと思いますか?」
――おそらく、イザーク……いや、大きな大会は何がおこるかわからないな……
「まあ、見てのお楽しみだよ」
「……はい」
ひときわ歓声が大きくなると普通の成人男性でも見上げる程の大男が入場してきた。大男の相手も標準よりは高身長だが、それでも遥かに大男の方が高い。大男は筋肉質な体で幅の広い大剣を使用するようだ。
「あ、相手の方は大丈夫なのですか?まさか、死んじゃったりしませんよね」
「大丈夫だよ、医者も聖女もいるからね」
――それは大丈夫と言うのかしら?
とあまりの体格差に不安になってくる。
大男が大剣を振るうと風圧で砂埃が舞っている。それだけ威力があるということだ。相手は外套にフードを被った人物で大男の攻撃を避けるのみで攻撃していない。
このままではいずれ大剣にあたるのではないかと心配していたが、大男が急に大声で笑うと相手を挑発した。
「おいおい。逃げてちゃ、勝てないぞ。ほら、早くこいよ!」
「………わかった」
フードの人物がそう言うと次の瞬間には大男は地面に倒れていた。
何がおきたのか解らずに闘技場は静まり返る。静寂のあとに勝者の名が告げられた。
「し、勝者はアルバート!アルバートです!」
審判がそう声高に名を告げるとフードを脱ぎ、赤髪、赤目の青年が現れた。
「あ、アル――」
「お知り合いですか?」
「……ううん」
何やってるんだよ、アル兄様!
こんな風に目立ったりして!
そんなユリウスの気持ちを知ってか知らずか
闘技場の真ん中にはニヤリと笑うアルバートが立っていた。
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