第81話 魔獣モドキ
その日は急にやって来た。いつものように朝食を終えた後、王都にある大聖堂に魔獣が現れたと一報が入った。
「魔獣だとアイリーネの能力は必要ないね。僕だけでいってくるよ」
安心させるようにシリルは笑顔をみせるが、本来ならイルバンディ様の領域である大聖堂に魔獣が現れることなどありえない。
おそらく人的な力が働いているのだろう。それならば闇を祓う必要がある、浄化の能力が必要だろう。
「私も連れて行って下さい!」
「でも、危ないよ。アイリーネが危険な目にあったら困るから」
シリルは支度をすませると教会が用意した馬車に乗り込んだ。
「でも、私も役に立てるかもしれません。だから連れて行って下さい」
馬車に乗り込んだシリルの前にアイリーネは強引に座り、一緒に連れて行くようにシリルに嘆願した。
いつもと違うアイリーネの様子にもしかしたら何かあるのかもと頭によぎったシリルはため息を吐くとイザークに声をかける。
「イザーク、イザークも早く乗って。アイリーネの護衛でしょ?」
「わかりました」
イザークが乗り込むとすぐに馬車は発車し、大聖堂へむかった。
馬車を走らすとすぐに白い建物の立派な大聖堂が見えてきた。大聖堂のまわりは人集りが出来ていて、いつもとは違う異質な雰囲気であった。
「行くよ、アイリーネ。イザークから絶対離れないでね」
「はい、わかりました」
一部の人が大聖堂から逃げ遅れて中に取り残されているようだ、と報告を受けたシリルは真剣な顔で頷くと中に入って行く。
悲鳴や怒号が響き人々は逃げ惑っている。白い騎士服を着た聖騎士達がなんとか魔獣を食い止めているようだが中には怪我をしている者もいるようだ。
一匹の魔獣がアイリーネ達の前に立ち塞がった。
これが魔獣?見た目はウルフに似ているけど真っ黒だわ。まるで闇の魔力をまとっているみたい。
「シリル様、これは魔獣なのですか?」
「いや、魔獣モドキだね。おそらく誰かが造った。アイリーネ浄化してみて」
「は、はい」
『祈りを捧げます、闇を祓って。お願い!』
アイリーネが澄んだ声で呪文を唱えると白い光が大聖堂全体に満ちていく。10匹ほどいる魔獣モドキは光に包まれると苦しそうに唸りながら倒れていった。
光が徐々に消えていくと倒れた魔獣モドキが本来の姿に戻っていく。
「ロングウルフ?」
シリルが言った名前にこれがロングウルフなのかとアイリーネは凝視した。
私は初めて見るけれどロングウルフは王都の近くにいないはずだ。
その名の通り毛の長いウルフで生息地は北の山脈だと書いてあったわ。だから、まだ残暑が残る王都でロングウルフが生息する、それも大聖堂を目掛けて出没するなんてありえないことだわ。
倒れていたロングウルフが目を覚ますと、こちらにむかい襲いかかってきた。
シリルはすかさず手をかざすと呪文を唱える。
『汝は氷の前にひれ伏せ、妖精王の名の下に』
シリルのかざした手から氷で出来た巨大な氷柱が現れるとロングウルフを目掛け飛んでいく。
氷柱はロングウルフの胸に見事に命中するとロングウルフは絶命した。
イザークはロングウルフの攻撃をかわすと剣を構え一直線に斬りかかる。瞬発力のあるロングウルフを逃さぬようにそれ以上の速さで斬ると悲鳴のような鳴き声をあげ倒れていった
それを見ていた聖騎士達も一気にロングウルフに斬りかかると、あっと言う間に大聖堂なロングウルフは討伐されていった。
「ありがとうごさいます」
教皇はシリルに頭を下げると安堵したように見える。
「教皇様これはいったい何が起こったのですか」
「それが……とつぜん鳴き声がきこえたかと思うったら大聖堂の中にはすでに魔獣がいたのです。聖騎士や防御の能力を持つ者が対応にあたったのですが、倒しても効果がなく困り果てまして……」
「教皇様。あれは魔獣ではありません」
「違う?ではあれはいったい?」
倒れているロングウルフを覗き込み教皇は驚愕した。
「ロングウルフ!?そんな……」
「何者かがロングウルフに闇の魔力を与えたようですよ?」
「シリル様、なぜ――」
シリルの名を出した教皇は明らかにしまったと言う顔をすると大聖堂から逃げ遅れていた一組の親子を見た。
ブロンドにグリーンの瞳の親子の顔立ちはシリルによく似ている。親子連れの母親はシリルを認識するとまるで恐ろしい者でも見るかのように顔をひきつらせた。
「シリル?あなたシリルとおっしゃいましたか?」
「落ち着きなさい、ファビオラ」
「ねぇ、私のことを恨んでるのでしょう?ねぇ!答えなさい!」
血走った目をした女性はシリルに対し怒鳴っている。
「……いいえ」
「嘘!ではどうして私の子がこんなにも病弱なの?あなたがこの子の神聖力を奪ったのでしょう!?この子に与えられるはずの力まで奪ったからでしょう」
「………」
「どうして私の元に来たの?何を企むの?私の唯一の子に何かしたら許さないから!」
「ファビオラ……すまんがマルコ、ファビオラを部屋に連れて行ってくれ」
「は、はい。わかりました」
マルコは短く礼をするとファビオラ親子をなだめながら大聖堂をあとにした。
「申し訳ありません、娘の体調が悪く領地へ旅立つのが遅れていたのです。本来なら既に王都を出ていたはずだったのですが……」
「……いいえ」
「それではこれで私は失礼させて頂きます」
そう言いながら教皇も大聖堂をあとにした。
シリルは両手をギュッと握りただ黙って俯いたままであった。
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