第79話 赤髪の教団主
王都の中心部より少し外れたところに最近購入された屋敷があった。その屋敷は最近になり家族だとわかった親子が住んでいる。白い三階建ての御屋敷は広い庭と噴水もあり高貴な人物が住んでいると伺える。
その屋敷では今日も神聖力を高める訓練が行われていた。
「今回はウサギか?そっちにいったよ、アイリーネ」
「はい」
『祈りを捧げます、闇を祓って』
ウサギの形をした闇にむかい手を組み祈りを捧げる。アイリーネの組んだ手から光が放たれ闇にあたると跡形もなく消えた。
「うん、消えたね」
手の中にあるブローチの石は色を変えることなく漆黒に近い黒である。まだまだ魔力に余力があるのか黒い石を見て身震いをする。
ユリウスが持ってきた闇の魔力が込められたブローチは神聖力をコントロールする目的で使用している。
ブローチを使い闇の魔力を放出するとその時々によって形をかえる。それが本日はウサギだったと云うわけなのだ。毎回違う動物が闇となり現れるため行動や速さが異なりコントロールがかなり上達した。
ユリウスはこれの出所を教えてくれない。アイリーネに関わる物なので危険はないはずだ。
しかしこのブローチを持っていると判る、膨大な量の闇の魔力にさすがの僕でも大丈夫なのかと思うのだけどね。
「どうかしましたか?シリル様」
「ううん、何でもないよ。それより、ほら!」
シリルはブローチをポケットに入れると、アイリーネの後ろを指差した。
「おーい、お茶が入ったよ。休憩しよう」
「はーい。お父様」
お父様、そう呼んだあとアイリーネは口角をあげた。
この家に越して来て一ヶ月が過ぎた。
ようやくこの家の生活にもユーリが側にいない生活にも慣れてきた。と、いってもシリル様やイザーク様も共に生活しており、ユーリも時間があれば訪ねてくるので公爵家にいる時とそんなに変わった気もしない。
リオンヌ様をお父様と呼ぶのもお兄様をユーリと呼ぶのも馴れては来たけど、本当はユーリと呼ぶのはまだ恥ずかしい。でも名前を呼ばないわけにもいかず、ユーリと呼んでいる。
名前を呼ぶことよりもその後がより恥ずかしい。
名前を呼びこちらを向くと本当に嬉しいとばかりに優しい顔で笑う。お兄様だった頃はそんな風に思ったことがなかったのだけど、全身で私を好きだと表現しているようで恥ずかしくなるのだ。
「どうした、アイリーネは心在らずか?」
リベルトの言葉にハッとした。
今は皆で休憩している最中だったと思い出す。
お祖父様の言葉に注目されてしまっている。
「……何でもありません」
リベルトに知られるとからかわれるので、何でもないようなふりをして、優雅に紅茶のティーカップを持ち上げた。
「ねぇ、イザーク。今日だよね?ユリウスが会わせたい人を連れて来る日は」
小声で話すシリルにイザークも小声で答えた。
「……はい。今晩と言われてました」
「イザークは誰だかわかる?」
「おそらくは……」
「そう……」
ユリウスは今日あのブローチをくれた人物を連れて行くから会ってほしい、シリルとイザークはそう言われていた。初めは教える気はないといっていたユリウスが急に態度を変えてきた。その人物が会うと言ったのだろう。シリル達はその人物に心当たりがあった。
――あの赤髪に赤目の青年だろうと……
夜が更けて屋敷の者が寝静まった頃、人目を避けるように訪問者が現れた。
「やあ、いらっしゃい。初めましてでいいのかな?」
「ああ、そうだな」
「僕はシリル・オルブライトだよ。君は……」
「今はアルバート・カロンと名乗っている」
そう言って外套を脱いだ姿は燃えるように赤い髪と瞳の青年だった。
やはりそうだったかとシリルとイザークは息を呑んだ。かつてエイデンブルグ最強と呼ばれたアルフレード・デリウス。
「そっちは?今は何て名乗っているんだ?」
赤い瞳がイザークを捉えた。
「イザーク、イザーク・ルーベンといいます」
赤い瞳は驚いて目を見開くとすぐに含み笑った。
「そうか……姿も名前も変わらないか……俺とは大きく違うな……」
そう笑ったアルバートは少し寂しそうに見える。
「……それで私に聞きたい事とはなんでしょう」
「ああ、マリア・テイラーについてだ。あの女も転生者なのだろう?」
イザークは目を閉じてエイデンブルグを思い出す。そしてマリアンヌの姿を思い浮かべた。
「……ええ、彼女はマリアンヌ・コルネリウスと呼ばれていました。エイデンブルグの宰相の娘でおそらく闇の魔力に関わったのは彼女ではないかと思います」
「ちょっと待ってくれよ、何で宰相の娘が姉様に危害を加えるんだよ。姉様と何があったんだよ」
「……それは」
言い淀むイザークにシリルが助け船をだす。
「察してあげてよ、ユリウス。あの子はイザークのことが好きだったんだよ。宰相の娘なんて地位があるからイザークが手に入るかもと馬鹿な事を考えたんだよ。その結果がエイデンブルグが滅びるなんて笑えないけどね」
「じゃあ、マリアがリーネに執着するのもイザークを望むのもその影響なのかよ」
「そうだよ、マリア自身は覚えてないみたいだけね」
覚えてない?それなのにあんなにも執着しているのか。
断罪されたリーネの側にいたマリアが思い出される。
笑ってたんだぞ?あんな目に合ってるリーネ見て笑っていたんだ。正気の沙汰じゃないだろ!
「そいつをあの女に渡せば元に戻るのか?」
「……渡す?」
アルバートの言葉にイザークは動揺した。もしも自分がマリアを選ぶ事でアイリーネへの執着が失くなるならそうするべきなのか。
「もう、そんな単純な問題じゃないよ。あれから沢山の時間がたってるから想いだって変化してるだろうし」
「変化?」
「もうイザークがどうこうではないんだよ。魂の闇を浄化すればいいのだろうけど、アイリーネのことが気に入らないマリアには効かないかもしれないし」
浄化が効かないと言う言葉にアルバートは驚いた。
「効かないなんてあるのか?」
「あるよ、術者に憎悪ぐらい激しい気持ちを持ち合わせていたら効かないよ」
「………」
沈黙が続いたが、それを破ったのはシリルだった。
「僕も聞いても言い?」
「なんだ?」
「あのブローチはどうやって手に入れたの」
「……」
答えるまでは帰さないとばかりに意気込んでいるシリルの質問を避けることはできないな、とアルバートはため息をついた。
「あれは作ったんだ」
「作っただって!?」
「闇の魔力を持つ者があのブローチに魔力を込めた」
「そんな、一人二人の魔力じゃないよ!」
「だから多くの者か犠牲になった。あの教団は何とも思ってないがな。まあ、そうゆうことだ」
「そうゆうことって、君は教団主じゃないの?」
「……ああ、そうだ。俺が教団主だ」
淡々と話すアルバートにシリルは怒りを覚えた。
何人もの仲間が犠牲になっても何とも思わないの?
この人を信じていいの?
この人にとってアイリーネは………
どうゆう存在なのか、とそこまで考えた時に気付いた。
だってこの人がユリウスを見る目はお祖父様が僕を見る目と同じじゃないか――
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