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第7話 落日のエイデンブルグ

長めになりました

 偽者が捕まったらしい、皇族を欺いたのだ処刑されるだろう。そんな噂話が飛び交う中、いよいよ処刑が現実味を帯びてくる。宿屋の2階でひっそりと療養していたユージオは、勢いよく飛び出そうとしてアルフレードに阻まれる。


「まて、ユージオどこに行く?」

「姉様の所だよ!早く助けにいかないと!」

「お前が行ってどうする?自分自身も守れやしないのに?」

「だったら、アル兄様!姉様を助けてよ!このままじゃ、姉様は……」


 アルフレードは悔しさを滲ませながら、壁を拳で叩きつける。拳は壁に沈み込みアルフレードの手に傷を作った。


「出来るものなら、している」


 アルフレードの吐き捨てるような言葉に希望は無いのだと、諦めなければいけないと悟ったユージオの眼から大粒の涙が流れ落ちる。ユージオは必死に涙を拭うも止めどなく流れていく。しゃくりあげる姿にアレットと重なりアルフレードは顔を歪めた。けれども外からの歓声が大きく聞こえた瞬間、ユージオは堪らずに駆け出した。



「ユージオ!」




 ユージオは人波を行く。ぶつかりよろめきながらも、前へ進む。息が上がり潰されそうになりながらも、前へ進む。

 群衆を掻き分けその先にアレットの姿が目に留まる。



「ねえさまー!!」


 ユージオは力の限り叫んだ。表情なく立ちすくんでいたアレットにユージオの声が届く。拷問により疲弊したアレットはその髪は艶を失い、傷と痣が全身を包んでいた。アレットの眼にユージオが写しだされ、首に巻かれた包帯が目に入る。首を締められ意識を失ったユージオを思い出しアレットは涙を浮かべた。アレットへ向かうユージオは大人達に揉まれ圧迫されていた。


「ユージオ!!」




 ユージオの元にアルフレードが追い付きホッとした瞬間、激痛を感じ倒れ込む。自身から沢山の血が流れ落ち、刃に貫かれたのだと知った。人々は興奮し歓声をあげ、アレットを害した兵士は笑みさえ浮かべている。異様な光景の中アレットの意識は沈んでいった。


―最後の時を迎えようとしたこの瞬間に、最後に願うのがもう1度あなたに会いたいだなんて、あなたはどんな顔をするかしら?




 すぐ側にいたのに、この手は何もできなかった。目の前では身体を槍で貫かれ、倒れていく大切な人がいた。その姿をただ見つめ、ユージオもアルフレードもその場に立ち尽くす。数分が永遠に思えた瞬間、雷鳴が鳴り響き、激しい雨が降ってくる。群衆が家々へ帰路するなか、ユージオはゆっくりと前へ進む。アレットを囲んでいた兵士が、警戒し近付く。アルフレードが剣に手を添え兵士達に睨みを向けると兵士達は後退り退却していった。ユージオは冷たい雨に打たれ横たわるアレットに顔を伏せ、静かに泣いた。




 イザークは馬で駆けていた。アレットが偽聖女として捕まった、そんな馬鹿な話はあり得ない。投げかけられた波紋は消えずイザークは単独で馬に乗り駆け出した。


「殿下ー!?」

「急用ができた、あとは副官の指示に従え!」


 そう言い残すと走り去る。3日かかる距離を潰れた馬を適宜変え、不眠不休でわずか1日で皇都に到着した。到着したと同時に激しい雨が降り出した。街の中心部まで差し掛かると、うずくまる彼女の髪と同じ色の少年が目に触れる。



「……ユージオか?」



 近付きながら声を掛けるとユージオは顔を上げた。ユージオは立ち上がるとイザークに駆け寄り手を握り締めてイザークの胸元を叩いた。


「どこに言ってたんだよ!遅いよ!姉様はもう……!!」


 泣きじゃくるユージオの肩に触れながら、ユージオがうずくまっていた場所をイザークは見つめた。イザークはこれは悪夢なんではないかと思う、そうでなければならないと、アレットはこんな目にあってはならないと。フラフラと幽鬼の様にアレットの元に辿り着くとその身体を抱きしめる。



「冷たい……こんな、どうして……」



 震える手でアレットの頬へと触れる。目を閉じたまま動く事もないアレットからは激しい雨に打たれてもなお血の匂いがした。いつものアレットの香りも温かさも二度と還ってこないと思い知らされる。


「こんな目に遭わす為に彼女を託した訳じゃない」


 

 聞き覚えのない声に顔を上げ、自分を睨みつける以外な人物に驚きを隠せない。アルフレード・デリウス、帝国最強の武人。彼女の幼馴染みで、彼女自身には知らされていないが、アルフレードの希望により両家は水面下で婚約の準備をしていた。教会により見出されイザークと婚約していなければ、幼馴染み同士の婚約は現実となっていただろう、あるいは水面下ではなければ……アルフレードがここにいる理由はアレットに違いない。イザークはアレットを抱きしめる手を強める。沈黙を破り淡い光がアレットを包むと全身の傷が回復していく。淡い光は更に大きくなるとイザーク達を包みその身を豪雨を防いでくれた。


「アレット!?」


 アレットを覗きこむがアレットに目覚める気配はなく、代わりにすぐ側で光の渦ができると人影が現れた。イザークとアルフレードは警戒するも現れた人物の容姿を認識し、驚愕する。長い銀髪は腰まで伸びており丹精な顔立ち、ゆったりとした御衣を纏い教会に安置されたイルバンディの像によく似ていた。後ろに控える二人も人間離れをしており妖精であると想像できる。


「イ、イルバンディ様?」



 ユージオは疑いながらも、ハッキリとその名を発するとイルバンディは頷き、後ろの二人も片方はニコリとしながら、もう片方は無表情に対象的に頷いた。


「ね、姉様を助けてくれるのですか?」


「死んだものは生き返らない、世界の理りを乱してはならない」


 期待に満ちた表情を一変させユージオは妖精王を睨みつけた。後ろの妖精達が警戒を示すも妖精王がそれを制す。


「だったら、どうして現れたのですか?どうして助けてくれないんですか?姉様は妖精の愛し子と言われていたのに、何が愛し子ですか!」


「人間同士の争いには介入できない。そう決まっている」


「決まり?誰が決めたのですか?あなたはではないのですか?勝手に愛し子だと言われ力を与えて争いの種にされた。姉様はそんな事望んだりしてないのに!都合が悪くなったら人間同士の争いだと助けてくれない、愛し子じゃなくて呪いじゃないか!?」


「ユージオ!」


 ユージオの言葉に妖精は無表情を貫くもアルフレードは言い過ぎであると心配になりユージオを止めに入る。今も淡い光を放つアレットがタイミングを見計らったようにイザークからイルバンディの手に一瞬で移動する。



「この子を迎えに来た」


「迎え?迎えとはどういう事です」


 その場を静観していたイザークは思わず問いただす。この手から離れて行った最愛を見つめ、胸騒ぎを覚えた。



「この子は聖遺物となっている。このままこの世界に留め置く事はできない」


「聖遺物?」


「このままでは、奇跡を起こす道具として利用されるだろう。故に私が連れて帰ろう」


「何故そんな事……」


「そなた達をこの災いから守りたかったのだろう」


 愛おしそうな眼差しでアレットを見つめるイルバンディを目の当たりにすると妖精王に心が通っていない訳ではないと感じられた。また、死してなお他者への気遣いを見せるアレットを思うと涙が溢れてくる。アレットの意志を考えると、ユージオを筆頭にイルバンディの決定に意を唱えることができなかった。


「この子の中には恨みなど存在せず、そなたたちの愛以外には残っていない。この子の意志を汲み取りそなたたち二人の領地には加護を与える、この子が守りたかったものは、以後そなたたちで守るがよい。」


 イルバンディの言葉はユージオとアルフレードに向けてであり、二つの領地には加護が与えられ、それ以外は滅びの道を歩むのであろう。


「……善良な者にはゲートを開けその地に導こう」


 つけ加えられた一言に息を呑む。まさに、温情でありこれにより一定数の帝国民が助かるであろう。


「そなたたちも帰るがよい。ゲートを開こう」



 イルバンディが手をかざすと空間に亀裂が入り人が通るぐらいの隙間が出来た。促された二人は渋々ゲートに向かい名残りおしそうにアレットを見つめた。


「姉様はこの後どうなるのですか?」

 

「この子の魂はいずれ輪廻の輪に乗り、転生するだろう」


「―では、イルバンディ様、お願いがあります。姉様が生まれる時、僕も姉様と共に生まれ変わりたい!」


「……この子は次の世も愛し子と呼ばれるだろう。この子の側でそなたは何を望む?」

 

「まずは、姉様の隣に立つ資格を!家族としてではなく姉様の隣に。それから、姉様を守れる地位と力を。あと、年上でお願いします!」


 言い切ったとばかりに胸をはるユージオに呆気をとられるもイルバンディは口元を緩めた。


「随分、希望が多いのだな?叶えるがどうかは、そなたの残りの人生にかかっている」


「! はい、頑張ります!」


「そなたは?」


 アルフレードは急に問われ考え込むもハッキリとした口調で言い放つ。


「彼女が辛い目に、悲しみに囚われないような世界を目指したい。それに伴う力を!」


「了承した。では、行くがよい」


 ゲートを向かうユージオは思い出したように、座り込んだままのイザークに駆け寄り手の中にある物を渡した。


「落ちてたから。それ、姉様の宝物でしょ?」


 

 言い残す事はないとばかりに二人はゲートを通り、領地へ帰って行く。イザークは手の中にあるペンダントを見つめ放心状態となる。二人で行った露店で買ったアルアリア・ローズのペンダントは血と泥に汚れていた。たった数日前にはアレットの胸元に輝きを放っていたペンダントを握り締め、悲しみをこらえた。イルバンディはアレットを抱きかかえ身を翻してゆく。イザークは掛ける言葉が見つからず、ただアレット達が消えていくのを見つめている。一人あとに残されたイザークは雨に濡れるのも構わずに座り込んだまま、痛いくらいに握り締めたペンダントとともに。

















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