第76話 家族との対面
ここは何処だろうとぼんやりと思う。
見慣れない天井に使い慣れていない枕、それから寝具の香りも公爵邸とは違う。
どうしたのだったかな、とまだ夢見心地である。
「お帰りリーネ」
近くで声が聞こえハッとする。
声の主は当然というように私の手を握り微笑んでいた。
「あっ、おに……」
そういえばお兄様ではないと言うならばどう呼べばいいのだろうか。
「ユリウスって呼べばいいんじゃない?」
「シリルさま!」
「うん、みんないるよ。みんなアイリーネが心配で離れられなかったんだよ」
シリル様にイザーク様、それからリベルト様もいる。
お母様の言葉は本当だった。私を心配してくれて、私を待ってくれていた人がいる。
たとえ私が公爵令嬢ではなくなっても私の側には私を気にかけてくれる人がいる。ちゃんとそう思える。
「ごめんなさい、心配かけて。それから迷惑もかけてしまいました……」
「迷惑なんて親が子供を心配するのは当たり前ですよ」
そう言いながら隣の部屋から入ってきたリオンヌに釘付けになる。
リオンヌは今までの姿とは異なり髪の色も瞳の色もこの国では珍しく、鏡に映る自分以外見たことはなかった。
自分と同じ色を纏うリオンヌにもしかしてと期待で鼓動が高鳴る。
「……もしかしてリオンヌ様が私のお父様なのですか?」
「……はい、そうです」
今まで父親だと思っていたヴァールブルク公爵は優しい人だった。しかし本当の父親ではないと知った時、やはりとも思った。どこかで感じていた違和感を拭う事はできなかった。
「アイリーネ様……いえ、アイリーネと呼んでもよろしいですか?」
「……はい」
それからリオンヌ様はお母様との出会いや国を離れていた理由を話してくれた。
時折、涙ぐむリオンヌ様がどれほどお母様を想っておられたか、よくわかった。
「公爵家の者ではないと聞かされた時、私は捨てられたのだと思いました。でも違ったのですね」
「当たり前じゃないですか!そのような事しません。アイリーネが生まれたことはテヘカーリに行ってから聞きました。陛下から公爵家にお願いしていただいたのです。それからヴァールブルク公爵は実の子と同じように育ててくれていたので、今さら父親だとは名乗れなかったのです」
私の手を力強く握るリオンヌ様の手はとても大きくて、これが自分お父様の手なのだとしみじみと感じる。
それから、王都に帰ったら一緒に暮らそうと言われて大きく頷いた。
「俺も嬉しいよ、アイリーネ」
「では、リベルト様は私のお祖父様なのですか?」
「ああ、目の色が同じだろ?」
「はい」
本当だ、よく見るとリベルト様の瞳は金色だ。
「お祖父様でもリベルトでも好きなように読んでくれ」
「はい、ではお祖父様と呼びます」
「私の事も呼びにくいなら、名前でもいいですよ」
「……いえ、お父様……お父様と呼びます」
「……ありがとう」
再び涙ぐむリオンヌが慰められてようやく皆に笑顔が戻る。その様子を見守っていたユリウスは小声で話しかけられた。
「ねぇ……ユリウス」
「何だよシリル」
「回帰について話すつもりはないんでしょう?」
「当たり前だろ?お前は一度亡くなったなんて言えるわけないだろう?」
「まあ、そうだよね?信じられないだろうしね。じゃあ、前世について話すつもりもないの?」
シリルの質問に眉をひそめると少し考えてみる。
記憶がないのに言ってどうするんだ。
それにもし自分がアレット・エールドハルトだ、例の「エイデンブルグの落日」に出てくる愛し子だと言われて、リーネはどう思うだろうか。
それがきっかけで記憶が戻ったら、リーネはイザークに対してどう感じるだろうか。
姉様のように、イザークを選んだりしないだろうか。
「……言わない。エイデンブルグでの記憶も回帰前の記憶も今のリーネにはいらないだろう」
イザークには聞こえてないのだろう、リオンヌ達の側で微笑んでいる。
イザーク、お前はどう思う?
罪の意識に苛まれてるお前は多分こう言うだろう。
思い出してほしくないと……
「そう、わかった。うん、その方がいいよね。二回目も断罪されるなんて、いい気分じゃないよね」
「ああ、そうだな」
「それにしてもさ、熱烈な告白だったね。ユリウス」
「……お前聞いていたのか」
「だって僕の能力で夢の中に入ったんだよ?補助しておかないといけないしさ、聞こえたの!」
「……忘れてくれ」そう言うとハァとため息をついた。
「父上達にリーネが目覚めたと伝えてくる」と部屋から出たユリウスは廊下で顔を赤く染めてしゃがみ込んだ。
「シリルが聞いてるとは思わなかった、恥ずかしすぎるだろ!」
その場にしゃがみ込んだまま顔の熱がひくまでの暫くの間廊下にとどまった。
そうだとふと思い出した。
リーネに名前で呼んでと言えてない。
ちゃんと答える前にシリルが割り込んできたから……
ユリウスだとみんな呼んでるから“ユーリ”と愛称で呼んでもらおう。
自分の事を愛称で呼ぶアイリーネを想像すると自然に笑顔となった。
マリアや母の相手は疲れるけど、今なら気分がいいからいけるような気がする。
よし、と立ち上がると両親の元へ歩みだす。
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