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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第73話 偽りの公爵令嬢

 部屋から出てホテルの階段を駆け降りる。

 真夜中であるためか宿泊客の姿は見えず、ホテルの従業員の姿もまだらである。


 薄手の寝間着一枚で部屋の外に出るなんて公爵令嬢としてはありえないのだが、と考えたところで公爵令嬢ではないではないかと自分に言い聞かせた。


 ロビーを通り一目散に外にでる扉を開けようと取っ手に触れるとホテルの従業員に声をかけられた。


「お嬢様?こんな時間にどうされましたか。お父様かお母様は――」



 そう切り出されどうしようかと悩んでいると階段を降りてくる足音が聞こえる。

 誰かが追ってきたのかも知れない、今は誰にも会いたくない、従業員の静止を振り切ると扉を勢いよく開けた。



「あ、雨……」



 いつの間に降り出したのだろうか外は雨が降っていて夏だというのに肌寒く、思わず身震いする。

 一瞬、躊躇したものの私は意を決して雨の中へと駆け出していった。



♢  ♢  ♢


 また始まった、母はどうしてもリーネが気に入らないのだろうか、マリアがボートから落ちたのもリーネのせいとなっている。


 最初は適当にやり過ごせばいいそんな風に思っていた。すでに遅い時間だからすぐに気がすむだろうと高を括っていた。

 後ろに控えるイザークも手の色が変わるくらいキツく握りしめ険しい顔をしているが反論する様子はない。




「そもそもあの子を預かることを私は反対だったのよ」



 そう思って耐えていたのに母の言葉にカッとなる。

 そもそもボートの上で立つなんてありえないだろ、そこまで言うなら自分が一緒にボートに乗ればよかったじゃないか。


 エリンシア様への誤解は解けたのではないのか、それでもリーネが気に入らないのか。

 どうしてマリアを毛嫌いするのかだと、決まっている回帰前の記憶があるからだ。

 マリアがリーネに嫌がらせを始めたのはあのお茶会の時からだ。あの時のマリアはリーネと同じ年、今のマリアは2つ年下それなのにリーネを羨み奪うことばかり考えている。

 そんなマリアに妹として優しく接するなんて出来ない。



 ただ母に伝えたところでわからないだろう。


 だから

  

 「母上、俺はアイリーネを妹として見たことなど一度もありません。むしろ血が繋がってなくてよかったと思ってますよ」


 そんな言葉が口から飛び出した。


 妹としてではなくリーネだから、俺が望んでいるのは兄妹ではなくいずれは妻として共に歩んでいきたいんだと、だから前世と同じで血が繋がった兄妹じゃなくてよかったとそんな意味を込めた言葉だった。



 まさかリーネに聞かれているとは思わなかった。

 扉のむこうから声が聞こえた時冷や汗が流れる。

 

 違っていてほしいと、祈りに似た想いで冷たくなった指先で扉を開けるとそこには泣きじゃくるリーネと冷ややかに笑うマリアがいた。




 どこから聞いていたのだろうか咄嗟の言い訳を考えられないほどリーネの泣き顔に狼狽えた。

 だからリーネが駆け出した時、追いかけるのが一瞬遅れた。そうでなけばすぐに捕まえることが出来ていただろう。



「お兄様!」

「どけよ」


 俺の目の前で両手を広げて立ち塞がるマリアを手で押し退けると服の裾を掴まれる。


「なんだよ!離せ!」


「ほっておけばいいではないですか?赤の他人なのでしょう?」

「なんだと?」


「だってお兄様おっしゃっていたではありませんか、血が繋がってなくてよかったと。本当はアイリーネ様が嫌いだったのでしょう」

「なっ――」


 なんて馬鹿なことを言っているのだとそう言おうとして気がついた。


 リーネもそう思っている?だからあんなにも泣いて――

そんな結論に達するとマリアの手を振り切りリーネを追いかけた。

 

 早く誤解を解かなくては、リーネを嫌うはずなんてないと伝えなくては、どれだけリーネを想っているか教えなくてはとリーネの事ばかりで頭がいっぱいになった。



 ロビーに降りた時には遅かった。

 リーネはすでに雨が降る暗い外へと姿を消したあとだった。

 


「イザーク!リオンヌ様達にも協力を仰いでほしい。雨が降って肌寒いから早くリーネを見つけなくては」


「わかりました、行ってまいります」



 頷いたユリウスは雨の降る暗闇の中を駆け出した。




 どれだけ時間が経ったのだろう。

 時間の経過と共にすでに雨は止んでおり、空は白み始めていた。



 セララ湖は元々森の中にある湖で一部が開発された、そのためホテルの周辺は木々に囲まれいる。

 古い大木の幹に出来た屈んでやっと入れる程の穴を見つけ座り込んだ。



 時折自分を呼ぶ声が聞こえ近づいたと思ったら遠のく、それを何時間も繰り返され罪悪感が増してゆく。



――ごめんなさいごめんなさい、迷惑かけてごめんなさい。私のことはもう放っておいてください。

 

    もう、消えてしまいたい

 

 そう考えてしまうほど、受け入れられない出来事だった。今までの私の全てが偽物だといわれているみたい。

 自嘲した私は震える体を抱きしめた。

 雨が止んでも濡れた体は冷たくて、先程から体が震えだしていた。だんだんと息があがり頭がぼんやりとして思考も低下しているようだ。



「リーネ、ごめんよ。お願いだから早く出てきて!頼む、頼むから!」


 お兄様の声が聞こえる。いえ、お兄様ではない。


 声がする方へ少し顔をあげみつからないように覗き見る。

 悲痛な声に苦しそうに歪めた顔はとても辛そうだ。

 どうして?私のことが嫌いなはずなのに。

 どうしてそんなに辛そうなのですか。



 ユリウスの姿は濡れたシルバーの髪が登り始めた陽の光でキラキラと輝き、整った顔と合わさるとまさに小説の中の王子様だ。


 もう二度とその隣に立つことも、その手を取ることもないのだろうと考えると胸が痛い。




 体力は限界だったのだろう、私の意識はそこで途切れた。



 近くの茂みから物音がした。藁にも縋る思いで音がした方向に駆けつけた。

 


 やっと見つけたリーネは土の上に横たわり意識がない状態だった。慌てて側に寄って声をかける。



「リーネ!リーネ!しっかりして!」


 声をかけても反応はなく、震える手で触れた頬は熱く、熱があるのだとすぐにわかった。

 慌ててリーネの体をしっかりと抱きかかえると叫ぶ。



「イザークどこだ!リーネがいた!早くシリルがリオンヌ様を呼んでくれ!頼む!」

 


 この手の中に戻って来た、宝物みたいなリーネが壊れてしまわないかと怖くて誰にもいいから助けてほしいと強く、強く願った。


 




読んで頂きありがとうごさいます

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