第6話 亡国への道のり
プラス1話分です
「明日から魔物の討伐に出発されるんですよね?」
「そうなんだ。だが……気が進まない……」
アルアリア・ローズを眺めながら二人の用のベンチに座り、いつもと様子の違うイザークはアレットの手を強く握りしめる。いつもなら堂々たる態度のイザークが後ろ向きともとれる発言にアレットも落ちつかない。
だとしても、討伐に参加しないという選択肢はなくアレットは無理やりに笑顔を作る。
「だったら、私は大聖堂で毎日祈ります」
「アレット……」
「私、こう見えて妖精の愛し子なんですよ?」
少し戯けた言い方で笑うアレットを引き寄せ抱きしめる。イザークはアレットから香る花の香りにアレットの存在を確かめ安堵する。いつか聖地アルアリアに行きたいと語っていたアレットを思い出し、無事帰還したならば共に行こうと秘密裏に計画することを思い付きアレットに気づかれないように、笑った。
「それは、効果がありそうだな?」
「はい!頑張りますね!」
―この時、アレットから離れなければあんな結末にはならなかったんだろうか、とイザークは思う。
翌日、旅立つイザークを見送るため沢山の人がいた。イザークの周りには人々が詰め寄せ、アレットは近づくことができずにいる。出発間近に会話を交わせるもアレットと離れがたくて思わずその指先にイザークは口づけを落とす。イザークの突然の行動に周りの兵士に冷やかされアレットは恥じらった。
「もう、知りません!」
「ごめんごめん、怒らないで?もう出発の時間だから」
「―わかりました。お体に気をつけて。イザーク様の為に毎日、祈ります」
「ああ。では行ってきます」
―この時、イザークではなくアレットの為に祈っていれば、妖精王イルバンディはアレットに救いをくれたのだろうか、とイザークは思う。
イザークが出発して2日目、大聖堂で約束通り祈りを捧げていたアレットの下に近衛騎士が押し寄せてきた。聖女を語った罪と言われても聖女、かつ愛し子だと認定したのは教会だと周知の事実だが、反論するものはアレットを除いては誰もいなかった。
牢獄に囚えられたアレットは鞭で身体中を打たれ、水責めに遭い、時間の感覚が無くなろうと罪を認めることはなかった。認めてしまえば、アレットだけではなくアレットの家族にも被害が及ぶ可能性がある。何より、これまで過ごしたイザークとの日々がすべて嘘で塗り固めた日々だと思われたくなかった。
「しかたないな、じゃあコレならどうだ?」
重い頭を上げるとそこにはシルバーの髪に紫紺の瞳の少年がいた。アレットの弟であるユージオ・エーベルハルト。
「ユ、ユージオ!!」
大男はユージオを首に手を掛け持ち上げるとユージオの身体が宙に浮き苦しそうに顔を歪める。
「ユージオ!止めてユージオは関係ない!手を離してー!」
「ね、姉様。僕は……いいから…」
「麗しい兄弟愛ですかー?いつまで持つか楽しみだなー」
卑しい顔で笑いながら手に力を加えていく。
「ユージオ!ユージオ!」
手足を拘束されたアレットは手を伸ばすもユージオには届かない。ユージオの身体から力が抜け両手がポトリと下に落ちる。
「ユージオ?ユージオ!イヤーッ!誰が、お願い!ユージオを助けてー!!」
アレットは髪を振り乱しながら泣き叫ぶ。拘束された手足からは金属音が響くばかりで前に進む事もできない。絶体絶命に思われた瞬間、アレットの声に応じるかの如く、部屋の入口が蹴破られ大男の胸に剣が刺さるのを目の当たりにした。
大男の手から離れたユージオは床に倒れ、グッタリしているが、胸郭が動いており呼吸があるのが伺えた。
―生きてる!ああ、イルバンディ様!
長身の外套姿の人物がユージオに駆け寄り介抱しフードを外す。アレットにとっては懐かしく、意外な人物、アルフレード・デリウス。エーベルハルト家はデリウス家より枝分かれした家であり、領地も隣で3歳年上のアルフレードはアレットの幼馴染みでもあった。アルフレードは帝国最強の軍人と言われシルバーの髪にラズベリーのような紅い瞳で美丈夫、実家は辺境伯と女性にはもてたが、婚約者はいなかった。皇都にきてからは会う機会もなく疎遠になっていたアルフレードがユージオの危機を救ってくれた事に感謝した。
「アル兄様!ユージオは!?」
「ああ、大丈夫だ」
アレットは胸を撫で下ろし、ホッと息を吐いた。アルフレードは痛ましそうにアレットを見つめている。
「今、助けてやる」
「いえ、私は大丈夫です。ユージオを治療してやって下さい」
「何を言ってる!大丈夫な理由ないだろう!」
鉄格子の鍵に手を掛けようとするアルフレードをアレットは止める。
「兄様、駄目です。私が逃げてしまったら家族だけでなく、一族、領民にまで被害が及ぶます!」
アレットの言葉にハッとしたアルフレードは手を止めた。
「しかし、このままではお前は……」
説得を試みようとするもアレットの覚悟に満ちた眼差しにアルフレードは言葉を発する事が出来なくなった。帝国最強と言われたアルフレードが大切な女性一人さえ守れない、その事実に憤る。
「アル兄様、ユージオをお願いします」
「…わかった」
短く答えると気絶しているユージオを抱えアレットに向き直る。アレットは痛々しい笑みを浮かべ気丈に振る舞っている。言葉を交わすのは最後かも知れないと思うも交わす言葉が紡げない。ただアレットの姿をこの目に焼き付けようと必死だった。
「アル兄様、気をつけて…」
「―ああ」
短く答えたアルフレードはその身を翻し、ユージオを抱える手に力を入れると地下牢から脱出した。
―この時無理やりにでもお前を助け出していたら、お前は今でも笑っているのだろうか、とアルフレードは思う。
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