第68話 失意のカトリナ
アルアリアの王都アルアーティ、国の中心部であるこの街は人口も多く外国人の姿も多く見られる。
観光や交易で様々な国からくる外国人達はアルアリアでは珍しい髪の色や瞳の者も見られる。
燃えるように赤髪を持つ男は出身地はテヘカーリであるが目立たぬように気をつけ街を歩く時はフードが欠かせない。
テヘカーリでは赤い髪を持つものが多いが、他国に存在しない訳ではないので、出身地を見た目で判断するのは難しいだろう
しかしテヘカーリ出身だとわかると警戒され身動きが取りづらくなる。クーデターにより教団の力が弱まり闇の魔力を悪用しようとする者は一部だが、他国ではまだまだ闇の妖精と関係が深いと思われているのだろう。
表通りから外れ細い路地に入ると安くてボリュームがあると評判の食堂がある。馴染のある古びた看板を見上げ食堂に入ると、賑わう食堂の一番奥のカウンター席に目当ての人物を見つけた。
そっと気配を消し後ろから近づくと肩に手を乗せる。
「お前、俺の指示に従わないつもりなのか?」
後ろから耳元に近づき、そう呟くと席に座る人物はビクリと肩を揺らし反応する。
「何のことでしょう」
「ごまかせると思うのか、何故勝手に行動した?例の指輪を使っただろう」
「……何故いけないのですか?今がチャンスではありませんか、私はあなたのためを思っ――」
「何度も言わせるな!望んでいない!」
声を荒げて机を力任せに叩くと思っているよりも音が響き食事をしながら雑談していた人々が静まり返った。
「お、お客さん。揉め事は困りますよ……」
「ああ、わかっている。すまない」
謝罪と共にチップとして銀貨を指で弾くと受け取った店主は満面の笑みで会釈した。
「いくぞ」
腕をきつく掴まれて店の外まで連れ出されると、赤い瞳が冷たく見下ろしていて、その目は怒りをはらんでいた。
「申し訳ありません、アルバート様。ですが私はあなたのためを思って行動しただけです」
「頼んでいないだろう、望んでいないんだ。愛し子に危害は加えるな」
「どうしてですか納得できません、教団のメンバーもバラバラなり壊滅状態です。私達には残された時間がありません」
「……俺にお前を斬らせるつもりか」
ハッとして顔を見上げるとアルバートの瞳は刃のように鋭くて、本気で言ってのだと瞳が語っている。
あなたのことをこんなにも想っているのにと、反論できず、踵を返すと走り出した。
「待てカトリナ!」
こんな状況なのに名前を呼ばれて喜ぶなんてどうかしている、そんな風に思いながらもカトリナは走る足を緩めなかった。
カトリナには姓がない。道端に転がる石のように何者でもない私。それがカトリナだ。
カトリナは両親の顔を知らない、物心がついた時にはいなかった。クーデター前のテヘカーリの孤児院は最悪で食べる物も満足に食べられずにいた。
あとで思うとまだ幸せだったのではないかと思うほどカトリナの人生は恵まれてなかった。
闇の魔力を持つカトリナはテヘカーリでも珍しい存在で孤児院から売られるようにある貴族に引き渡ると闇の魔力の実験に参加させられた。
色々な条件の元行われる実験は、飢餓や不眠、時には気を失うくらいの体罰もあった。
生きる目的もないカトリナは誰からもその名を呼ばれることもなくなり、生きている人形のようだった。
そんなある日、カロン家の当主が亡くなりまだ年若いアルバートが当主となった。
アルバートがカロン家の当主となり教団のトップに立つと怪しげな実験はすぐに中止された。
今でもあの日の事は覚えている。
身も心もボロボロで与えられた部屋と呼ぶには小さな眠るだけの空間にカトリナはうずくまっていた。
そんな私を軽々と抱きかかえると温かい部屋に運んでくれた。入浴もままならない環境で臭いも汚れもあっただろうが、そんな事は気にもとめず部屋に運んでくれた。
柔らかなベッドとお腹に優しいスープ、与えられた初めての温もりにこんな場所が存在するのかと感動して涙が溢れた。
私をこんな素敵な場所へ連れ出してくれたアルバート様に好意を抱かないわけはない。
そこから先はアルバート様のためを思い危険なことも自らすすんで行っていった。アルバート様のためだと行動するのにアルバート様自身は喜んでくれない、いつも苦虫を潰したような顔を向けられていた。
けれど時折見せる笑顔と私の髪を触る手が優しくて絶対にこの場所を失いたくないとアルアリアまで無理矢理ついてきた。
それなのに上手くいかない、アルアリアに入国してからのアルバート様は明らかに変わった。
前よりも穏やかで充実しているようだ。
それから、別行動が多くなった。どこに行っているか私に知る権利はない。
通り過ぎる人の視線が自身の頭に向けられているのに気づきハッとすると脱げていたフードを深く被り髪の色を隠した。
テヘカーリでも数が多くないこの髪の色は目立ってしまう、ギュッとフードをキツく掴むと脱げないように更に深く被る。
そう言えばと歩みを止め自身の髪をクシャリと握る。
アルバートがカトリナの髪に触れる時、とても優しい目でそして少し淋しげで思い出に浸っている、そんな風に感じていた。
あれは私の髪を通じて他の誰かを思い出していたのだろう、このピンク色の髪を見つめながら……
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