第66話 婚約への道
ジョエルの定期検診を無事に終え、執務室の扉を開けると言葉では言い表せない妙な雰囲気に硬直した。
「あ、陛下じゃないですかー待ってましたよ」
いつもはジラールと名前で呼ぶリベルトが陛下と呼んでいる、満面の作り笑いと共に。
どうしたというのかお茶会の様子を覗き見る、それだけの筈ではなかったのだろうか。
「えっと陛下、私から説明させて頂いてよろしいでしょうか」
リオンヌが一歩前に出ると説明をかって出た、本来ならアベルが報告してくるのだが、とチラリとアベルを見やる。
他の者ではわからないだろうが、あれは何やら意にそぐわないことがあった時の顔だ。
「ああ、頼むリオンヌ」
話しを聞き終えるとソファに腰を降ろしどうしたものかと頭を抱えた。
例の教団が接触をしてきたのがよりにもよって財務大臣の娘とは。
財務大臣は国にとって重鎮の一人である。もしも、令嬢が罪に問われる事になれば父親も無関係というわけにはいかない。
教団と接触していると知りながら、最悪の事態も考えられるのに放っておくわけにもいかないだろう。
しかし、教団は足取りさえ掴めていない。リベルトの言う事はわかる。わかるのだが正しいとは思えない。
「あんたもアベルと同じ意見のようだな」
「リベルト……」
「正攻法では無理だぞ、あいつらはかくれんぼが上手だからな」
「わかっている、しかしこのまま闇の魔力に手を出したらウォルシュ嬢は破滅の道を辿るだろう」
「それは自分次第だ」
「それもわかっている、しかし道を正してあげるのは年長者の努めだ」
呆れたように笑ったリベルトは年長者かと呟くと口元を緩めた。
「王として出来ないと言うなら偽善者面をして犠牲を出す覚悟がないのかと怒っただろうが、大人の努めと云うなら従いましょうか」
どうやら王として試されていたのだろうかと思う気もするが柔和な態度のリベルトに安堵する。
「しかし令嬢に問うたところで正直に言うでしょうか」
「回帰前のマリアは何のためにアイリーネを排除しようとしたんだ?」
「あの子がいなくなればすべての上手くいくと言われたと話してましたね」
「何が望みだったんだ?」
リオンヌの言葉を聞いていたリベルトの率直な疑問。
あの時、最後に会ったマリアは何と言っていただろうか。
「最後に会った地下牢では精神が病んでいたようでよくわからなかったな、アベル」
「そうですね、あの時はおかしな事を言ってました。その中でもイザークを見る目が異様で覚えています」
「イザークを慕っていたということか?」
「慕っていたといい切れないといいますか……」
「では、今回のウォルシュ嬢はどうなんだ?」
「それはおそらく……」
「こころあたりがあるのかアベル?」
アベルはもしかしたらと言い、先日ウォルシュ侯爵から相談があったという話しを皆に聞かせた。
ウォルシュ侯爵は娘のクラウディアの婚約者を探している。侯爵家は政略結婚を考えておらずクラウディアの意見を聞いてみた。
その時にクラウディアは同じ学園に通うユリウス・ヴァールブルクの名前をあげた。
しかしアイリーネの出生を知る貴族の間では、ヴァールブルク家に預けられたのは将来的にユリウスとの婚約を視野に入れているのではないかと噂されており、ユリウス自身が婚約者を決めずにいること、噂を否定しないことから信憑性高いと思われている。
そのためウォルシュ侯爵はクラウディアにユリウスには婚約が内定しているようだと伝えても納得がいかないようで、困っていると洩らしていた。
「なるほど、そういうことか。アベルはウォルシュ侯爵と親しいのか?」
「いえ、特別親しくはないのですが………イザークに決まった相手はいるのかと聞かれました」
ああ、そういう理由かと皆は納得した。イザークは現在20歳で次男で跡継ぎではないが聖騎士として活躍しており見た目も良く婚約者がいてもおかしくない。
「なんて答えたんだ?」
「今のところ結婚願望がないようだと答えておきました」
「そうなのか?モテるだろうに、選び放題じゃないのか?」
「父上、自分と一緒にしてはダメですよ。多分想ってる方がいるのではありませんか」
「わかるのか?リオンヌ」
「……なんとなくではありますが。そんな気がします」
イザークの想い人心当たりはあるが敢えて誰も口には出さない。本人が言わないものを敢えて言う必要もないだろうと口をつぐんだ。
「じゃあ、今回あの嬢ちゃんが教団と接触したのはユリウスに関してということなのか」
「闇の魔力は精神系の能力を使う人が多いので、おそらくそうなのでしょう」
「しかし、ユリウス様を手に入れるだけでは直接アイリーネ様に危害がいくでしょうか」
リベルトは豪快に笑うと、回帰前と回帰後で一番違うのはなんだ?と質問する。
「ユリウスじゃないか?回帰前のユリウスはアイリーネの近くにいなかった、避けていたんだろ。ユリウスは今存在している魔術師としては最高のレベルだ、さらに神聖力を取り入れてからは更に強くなった。そいつがいるのといないのでは、雲泥の差だろ」
「ユリウス様がいなくなるのは困りますよ」
「ユリウス自身も離れる気はないだろう」
「では、ウォルシュ嬢に監視兼護衛を付けて教団の接触を待つとしよう」
「わかりました」
「では、アベル手配してくれ」
「お任せ下さい」
それにしても叶わぬ恋とは不憫だなとウォルシュ嬢によい相手を見つけなくてはと王は密かに思い、窓の外を見た。お茶会もそろそろ終了の時間だが赤いドレスのウォルシュ嬢の姿はすでにそこにはなかった。
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