第65話 いくつもの顔
遡ること少し前、今まさにお茶会が始まろうとしている頃。
王城の一室で両手でしっかりと双眼鏡を持ち窓を占拠している人物がいた。
「うーん、見えにくいですね、全ての植木を切ってしまいたいぐらいです」
「おいおい、乱暴だな。ちょっと貸してみろよ」
「あっ、何をするのですか!ひどいですよ、父上!」
双眼鏡を取り上げられたリオンヌは父に抗議しているも、リベルトはどこ吹く風で双眼鏡を覗いている。
「……あなた達はここがどこかをわかっておられるのですか?」
「わかっていますよ。ですがここからの眺めが一番良く見えるのですよ、アベル」
「その通りです、アベル様。こうでもしないとあの子を見ることができません。今日の主役は子供達ですから……」
遠くに見える庭園では沢山の10代の子供達と保護者が集まっており、お茶会が始まったようだ。
いくら身元がしっかりしていても、招待者ではない者はお茶会にも入れずリオンヌはアイリーネの姿を見ることもできない。
そのためリオンヌ達は庭園がよく見える窓から双眼鏡で覗いていたのだ、その場所がたまたま王の執務室であるのがアベルの悩みの種だった。
「うん、やっぱりアイリーネが一番可愛いな」
「当たり前ではないですか、父上」
双眼鏡を覗き我が子(孫)の自慢をする二人の親バカぶりには呆れてしまう。ただリオンヌの気持ちもわからなくはない、我が子に父だと名乗れずに会えるのは限られた時間のみ。だがそれもデビュタントを終えるまでの辛抱だ。
デビュタントを終えればアイリーネには真実が伝えられることになっている。
このように平和な日々が続けばいいのだが。
回帰前、全てはこのお茶会より狂っていった。
何事もなければよいのだが……
「あれ?あれは……」
「どうしたのです?父上」
「いや、あのローブを被った奴見えるか?」
リベルトの緊迫した声に何事かと皆が意識を集中させる。
人気のない木陰に見えるのは、ローブを被る人物と赤いドレスの少女。
「あれは、ウォルシュ侯爵令嬢?」
「あんなに遠くで肉眼で見えるのか?」
「視力は良いほうなのです、ちょっと失礼」
そう言ってリベルトから双眼鏡を奪い覗いて見る。
やはりそうだ財務大臣であるウォルシュ侯爵の娘であるクラウディア・ウォルシュ侯爵令嬢。
「貴族令嬢の顔まで覚えているのか?」
「いえ、ちょうど彼女の父親である財務大臣に相談事をされたあとなので覚えていただけです。それよりもフードの人物は何者なのですか?」
フードの人物を見据えて眉間の皺を深めたリベルトがもう低い声で呟く。
「あいつは例の教団のやつだ」
「では今すぐに――」
「無駄だ、あいつは闇の魔力の持ち主だろう。影の中に隠れるようにすぐに消えるだろう」
淡々と言い放つリベルトにどうしてそのように冷静でいられるのかと腹が立つ。今近くにいる敵をどうして捕まえようと努力しないのかと、アベルの視線に気付いたリベルトはフッと笑った。
「あのなあ、元騎士団長さん。あいつらを正攻法で捕まえるのは無理だ、ずる賢いあいつらに俺も随分と手を焼いた」
「――ではどうすればいいのですか?」
「あの子に役に立ってもらおうか?」
窓を背に立つリベルトは親指を立て後ろを指した。
窓から見える指先の先に居たのは赤いドレスのウォルシュ嬢、視線をリベルトに戻すとそこにはアイリーネを見ていた優しい男の姿はいなくなり冷たい顔で笑うリベルトがいた。
そういえばリベルトは祖国ではその腕一本でクーデターを成功させたのだと息を呑む。
しかしウォルシュ嬢は確かユリウスと同じ年であったはずだ。ではまだ子供ではないかと苦言を呈そうと口を開きかけるもリオンヌに遮られる。
「父上、あの子はまだ子供ではないですか」
「子供といってもやって良い事と悪い事の分別ぐらいつくだろう?どうなるかは本人次第だ。ならお前はマリア・テイラーを許せたのか?実際にアイリーネの記憶を見てない俺と違ってお前はあの子がどんな目にあったか自分の目で見たんだろ」
「………」
自身の腕を組みリベルトは言う。
「何もあの子をどうこうすると言う気はない。だけどな相手の出方を見てもいいんじゃねーかと言ってるんだ」
「………」
何とも言い難い複雑な気持ちだ。リベルトの言いたい事もわかる、しかし囮のようでけっして気分がいいものでもない。
あの子の父親であるウォルシュ侯爵は娘の行動にどう思うだろうか。あの子が闇の魔力を悪用するつもりなら父親である侯爵ならばきっと止めるだろう。
侯爵は財務大臣が天性のような真面目な男だ、令嬢と共に罰せられるのも陛下の立場からすれば困る。
「私一人の意見では何ともいえません」
そう言い訳するのが精一杯だった。
「わかった、じゃあ王様に聞こうぜ。そういえば王様はどこいった?」
「ジョエルに診察結果を聞いてるでしょう」
「陛下はどこか悪いのですか?」
「いえ、そうではなく何度も異空間と繋げているので定期検診です。私はあなた達が部屋に入りたいと言うことでしたので先にまいったのですが」
「そうゆうことか、すまんな。じゃあ王様を待とうか?」
大柄なリベルトはソファに座るとどっしりと構えた。
陛下はなんと言うだろうか大義のためなら仕方ないそんな風に言うだろうか、窓の外ではすでにウォルシュ嬢の姿はなく、ローブの人物も跡形がなく消えていた。
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