第64話 聖女候補と愛読書
「シリル様」
「シリル様、お久しぶりです」
「あれ、君達は……」
二人の少女は美しいカーテシーを披露すると人懐こい笑顔で挨拶をした。
「エミーリア・リオーネと申します」
「エミーリエ・リオーネと申します」
息の合った挨拶に背格好であるが、顔はあまり似ていない。オレンジとピンク、ワンピースの色は違うがデザインは同じである。
「姉妹なのですね?」
アイリーネの質問にアハハとシリルが笑う。
「この子達はね、双子なんだよ。似てないでしょ?でもね同じ時間に同じ母親から生まれてきたんだよ」
二人を見比べるとエミーリアと名乗った少女は涼やかな目元にスッキリとした鼻、エミーリエと名乗った少女はくりくりとした目に小さな鼻と双子というがあまりにも似ていない。
「アイリーネ、この子達はね聖女候補として教会にいたんだよ」
"教会にいた”過去形と言う事は今は違う。つまり候補にはあがったが聖女として認められるだけの基準に至らなかったということだ。
神聖力自体を持つものは一定数いるのだが教会で神聖力を学び能力として使えなければ聖女とは認められずに教会を去る者も一定数いる、彼女達も聖女とは認められなかったのだ。
「で、どうしたの?何か用事だったの」
「実は……どーうしても愛し子様とお話しがしたかったのです」
「そうなのです、シリル様。私達はもう教会で愛し子様に会うことは出来ませんので、今日のお茶会はチャンスなのです」
「相変わらず、真っ直ぐだね二人共。どうするアイリーネ?友達が出来るチャンスだよ」
友達と言う言葉に目を輝かせたアイリーネはユリウスにお伺いを立てるためジッと上目遣いで見つめた。
こんな風にアイリーネに頼まれてしまうと嫌だとは言えないユリウスは小さくため息をつきながら「いいよ」と許可する。
許可を出すと二人分の椅子とテーブルを用意してもらい、新しくケーキスタンドと紅茶が運ばれて来た。
「感動です!愛し子様とこのようにご一緒できるなんて、夢をみているのでしょうか」
「大丈夫よ、エミーリエ。これは現実だわ」
「あの、よろしければ名前で呼んでいただけると」
「「!!」」
「「よろしいのですか!?」」
「はい、お願いします」
「「では、私も名前で呼んで下さい、アイリーネ様」」
「わかりました。エミーリア様、エミーリエ様」
双子達は伯爵令嬢で父は王宮につとめており、シリルの話しでは古くからある名門の伯爵家の令嬢達である。
教会から自宅に戻ったあとも自分達で神聖力を使う訓練を続けているということで、彼女達の能力が気になるところである。
「せっかくだから、君達の能力をアイリーネに見てもらったら?」
「「アイリーネ様とは比べたものにもなりませんが」」
「いえ、そんなことないです。よろしければ見せていただけませんか」
「「わかりました」」
エミーリアとエミーリエはお互いの手のひらを合わせると頭の位置に手を挙げた。
『『祈りを捧げます、加護を与えたまえ!!』』
二人がそう唱えるとアイリーネ達の周囲を強い神聖力が包み込んだ。空気は澄み膜のように何かに守られているのがはっきりとわかる。
――何よ何よ!嘘つき、何が相手を思い通りにできるよ!
自身の指にはまる黒い指輪を忌々しそうに睨みつける。
フードの人物から指輪を受け取ると早速その効果を試そうと意中の人に向けると指輪は焼けるように熱くなり、効果も発揮しなかった。
その瞬間にわたくしは悟った、騙されたのだと。
熱くなった指輪は指から抜けず、捨てることもできない。
フードの人物がいた人気が無い場へ戻ると声を荒げた。
「ちょっと、どういうことよ!わたくしを騙すなんて!どこにいるのよ!」
「何ですが?うるさいですね。騙すなんて人聞きの悪い」
こんなガラクタは要らないと指輪をはめた右手を差し出し、早く外すようにと伝える。
「うーん、どうやらあなたの想い人は神聖力の加護を受けていたようですね、それに反応して指輪が熱を持ったようですね」
「そんなこと知らないわ、こんな使えない物はいらないわ」
「時間はかかりますが使えますよ」
「どういうことよ」
「かけられた加護以上の闇を指輪に集めるのです」
「闇って……」
「大した事じゃありませんよ。誰かに嫉妬したり憎んだりと人でしたら一度は経験する感情でしょう?それにあなたには他の選択肢がありますか?」
「……わかったわ」
少し考えたわたくしは他の選択肢がないという考えに至った。時間がかかったとしてもわたくしの手に入るのならば我慢できる。
「では、ご武運を」
フードの人物は顔がわからないというのに、笑っているとわかり気味が悪い。
背筋に寒気を感じてわたくしは逃げるようにその場をあとにした。
「あ、言い忘れてましたが、もしもあなたが貯めた闇よりも神聖力の方が強かった場合、その闇は全てあなたに跳ね返ってきますって聞こえてないですかね?まあ、いいか」
フードの人物は口元を歪め笑うと木陰に潜む影と同化したかのように消えていった。
「すごいです、今のは加護ですか?この能力は珍しいですよね、それでも聖女じゃないのですか?」
「うん、能力自体は珍しいのだけどね」
いつもハキハキと答えるシリルは歯切れが悪い。
「「私達は二人で一つなのです」」
「二人で一つ?」
「二人揃わないと能力が使えないんだよ。教会も迷ったけどいつも二人が同じ場所に配属されることはないでしょう。それを考えると聖女とは認められなかったんだ」
「そうなのですか」
珍しく素晴らしい能力でも制限があると教会では聖女だと認められない。だとしたらこの国にはどれだけの聖女候補達がいたのだろうか、候補者達は日の目を見ることはなくその人生を終えるのだろうか。
ふとそんな考えがアイリーネの頭をよぎった。
「そんな顔しないで下さい、私達は聖女になれなくて悔しい思いもしましたが今の生活を楽しんでいます」
「今の生活ですか?」
「はい、普通の令嬢としての生活も楽しいのです、刺繍をしたりダンスのレッスンや読書をしたりと探せば楽しいことはいくらでもあるのです」
「読書……」
「はい、最近は恋愛小説にはまっているのです」
「そうです、エイデンブルグの落日という、タイトルで一部は史実なのですが……」
「面白そうなタイトルですね」とユリウスは目を輝かせた。
隣に座るイザークはそのタイトルにピクリと肩を動かし反応しているようだ。
お兄様も恋愛小説が好きなのだろうかと首を傾げる。
「どのような内容なのですか?」
ユリウスは内容が早く知りたくてうずうずしているようだ。
「沈みゆくエイデンブルグ帝国の皇太子イザーク様と愛し子であるアレット様の恋物語なのですが、私のお気に入りのシーンは冒頭の出会いのシーンですね。初めてお会いしたアレット様に「妖精?」と問うイザーク様の初々しさといったら!」
「初々しい……イザーク!!」
そう言ったお兄様が声をだして笑い出すと隣ではイザーク様が顔を赤く染めて口元を手でおさえている。
同じ名前で恥ずかしいのだろうか?
「私はですね、魔物討伐にむかう前日に交わした逢瀬のシーンですわ、そっと口吻を交わすのです」
「えっ?」
今まで楽しそうに笑っていたお兄様の顔色がサッと青くなった。
「………」
「それは事実ではありません!」
黙り込むお兄様に大きな声で否定するイザーク様、何がなんだかわからなくなってきた。
「何を言っているのですか、ルーベン卿。史実ですよ、生き残った方が残した手記なのですよ?」
「そうですよ、皇太子と愛し子は相思相愛だったのですからね!」
「いや、でも……」
イザーク様は反対意見があるようだが二人の勢いに圧倒されているようだ。
「ですが、最も涙を誘われるのは断罪されてしまったアレット様を愛しそうに抱え、エイデンブルグ城に消えていくイザーク様」
「そうですわ、何度読み返しても泣けますわ。「愛しているアレット。共に逝こう」といって崩れゆく城に入っていくのです!」
「………嘘だな」
「………はい、そうですね」
お兄様とイザーク様に否定されても二人は「エイデンブルグの落日」という書籍がどれだけ素晴らしいかと演説していた。
初めて出来た友達と過ごす時間はただただ楽しくてあっと言う間に終わりの時を迎えた。
私の初めてのお茶会はこうして幕を閉じた。
読んでいただきありがとうごさいます!




