第62話 最後の手紙
大聖堂の鐘は鳴る。故人を偲び音を奏でる。
鐘の音は国中の教会で鳴り始めるとアルアリア王国全土に広がった。
これほど大きな葬儀は前国王以来であり、教皇の死に多くの民が涙を流した。
厳格であった教皇であるが平民、貴族を問わず教会を訪れた者を受け入れ、伝染病や災害の際には癒しの能力を持つ聖女や聖人を派遣したり、親を失った子供達には教会の側に建てた孤児院で保護をしたりと私欲に走ることはなかった。
そのため最後のお別れをしようと大聖堂には長蛇の列ができていた。
長蛇の列をぼんやりとした様子で見つめる一人の少年がいた。少年は白い神官の正装をまとい、悲しむ人々を見つめていた。
「シリル様、こんな所にいたのですね」
声をかけられこちらを振り返ったシリルは真っ赤な目をしていた。いつも明るい笑顔で皆に愛されているシリルはずいぶんと憔悴しているように見える。
「うん、アイリーネ達も来てくれてありがとう」
真っ赤な目で無理やり笑顔を作るシリルが痛々しくて胸が痛む。
「シリル、泣きたい時は泣いていいんじゃないか?」
「うん、ありがとう。でもお祖父様は僕が笑っていると喜んでくれると思うから……」
ユリウスに声をかけられ、そう言ったシリルは再び涙をこらえ唇を噛みしめた。
涙をこらえ沈黙したシリルにイザークはそっと白い封筒を差し出した。
「手紙?イザーク誰からなの?」
「……教皇様からです。教皇様がお亡くなりになったあと直接シリル様にお渡しするようにとお預かりしておりました」
「お祖父様が……」
少し震える指で手紙を受け取り慎重に封を切ると手紙を読む。手紙を読み終えたシリルは堪えきれずに大粒の涙が後からあとから止まることなく落ちていく。
アイリーネはハンカチを取り出すとそっとシリルの頬にあて溢れて落ちてくる涙を拭う。身動きせずに涙を拭いてもらっていたシリルが、ハンカチを持つアイリーネの手を上から握るといつもとは違う雰囲気のシリルにドキリとした。
シリルは小柄な方でアイリーネより少し高い位置にある顔が近づいてきたかと思うと、力強く抱きしめられた。
「ごめんね、今だけは許してほしい」
いつも明るい笑顔のシリルが見せる弱さにアイリーネはシリルに笑顔が戻りますようにと願いを込めシリルの背に手を添えた。
人々の涙に感応するかの如く空からもパラパラと小雨が降ってきて更に悲しみを深める。
悲しみの中、厳かに葬儀は行われていった。
♢ ♢ ♢
ため息が聞こえる、何度目だろうか。
ため息をつく隣の人物にまたかと呆れてしまう。
執務室の机で書類にサインをしている人物はため息の度にペンが止まる。
「また、ため息をつかれてますよ」
「ああ……でもあれから3年だぞ?ひとつも進展しない!もうすぐ例の王妃主催のお茶会もあると言うのに」
「……そうですね、もう10歳になられるのですね。エリンシア様からお預かりしたあの日を思い出すと昨日のことのように覚えています」
「そうか……10歳になるのか……早いものだな……」
アイリーネが生まれてから10年、そして教皇の死から3年の月日が流れていた。
教皇に教えてもらった通りにジョエルの協力の元、カルバンティエに接触するべく異空間を繋いでもらっている。
いざ異空間に辿り着くと危害を加えられることなどはないが、カルバンティエは口を利かなかった。
通い詰めて最近では雑談は交わすようになったが肝心な事は教えてくれない。
「愛し子じゃなきゃ、話さない」
子供が拗ねているかのように口を噤んでしまう。
どうしたものかと保護者であるリオンヌに相談するがアイリーネに危険な事はさせられないと猛反対を受け実現しない。
3年もの間進展がなく、ため息ぐらい出るだろうとジラールは主張したい。
そう思い隣を見るも、アベルは早く仕事をしろとばかりにこちらを見ている。
「なあ、アベル。お茶会はつつが無く終わるだろうか?今年だけ開催しないわけにもいかないしな」
「そうですね、回帰前はアイリーネ様の行方がわからなくなり大騒動でしたね。それから出世の秘密が漏れたのもこのお茶会でしたよね」
「ああ、その為にいくつか変えた部分があるが……」
王妃主催のお茶会は社交界にデビューする前の子供達の親交を深めるためであるが、友達を作ったり婚約に向けての下準備をする者もいる。
前回マリアの言動によりお茶会の雰囲気は最悪で結果アイリーネは家出を試みた。
今回、マリアはアイリーネと同じ年ではない。
そこでお茶会の曖昧だった参加年齢を10歳以上と決めた、そのことによりマリアは今回お茶会に参加できない。
それから開催時期を春から夏に変えた、開催場所は変えられなかったため、せめてもと開催時期を変えた。
アイリーネの保護者は今回は公爵夫人ではなくユリウスが務めることなった。
ユリウスは成人こそしていないが通い始めた王立学園では優秀な成績を収め貴族社会でも一目を置かれている、そんなユリウスが保護者代わりを努めても異論はないだろう。
できることはやった、変えられるところは変えた。
それが吉と出るか凶と出るかは判らない、あとは本番を迎えるだけだな。
それに今回は愛し子だと神託がある、そのためアイリーネを存外に扱う者はいないだろう、そう願おう。
最後に大きなため息をついたジラールを早く書類に取り掛かるようにとアベルは睨みを効かせた。
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