第56話 夢から覚めたあとは
「アイリーネ大丈夫!」
「アイリーネ様!」
目を開けても焦点が定まらずに瞬きをすると視界がくっきりとし、イザークとシリルの顔が近くにあり驚いた。
二人は覗きこみと心配そうにこちらを見ている。
そう言えば私はどうしたのだろうかと記憶を辿ると散歩の途中に倒れたのだと思い出した。
「ご心配おかけしました、申し訳ありません」
「ううん、アイリーネが無事ならいいよ。ね、イザーク?」
「はい。アイリーネ様ジョエルは少々急用で席を外してますが、宮廷医を呼びましょうか?」
ジョエルが席を外しているということは、すでに診察を終えているのだろうと医師は必要ないと伝えた。
「ねぇ、アイリーネ。夢の中で僕の声が聞こえた?」
「!!聞こえました」
勝手に覗いてごめんと言って頭を下げたシリルは夢の内容を確認するため私の見ている夢を覗いていたと説明された。
夢の中を覗く、恥ずかしいがそれ以上にそのような事が可能なのかと驚く。
「うーん。誰でもは出来ないと思うけど、僕は出来るんだよ。ねぇ、アイリーネいつも見ている夢と同じだったの?」
「いえ、途中までは同じでしたがいつもとは違いました」
「……そっか。もしもあの銀髪の女性を次も見かけても触れたりしてはダメだよ」
「触れてはダメなのですね?」
「うん夢の中から帰って来れなくなるかも知れないからね」
「帰れなくなるのですか?」
「うん、だから絶対だよ」
「は、はい。わかりました」
いつも朗らかなシリルが笑顔もなく真剣に伝えているので、それほど重要なのだろうとアイリーネは深く頷いた。
アイリーネが頷くとシリルも頷き破顔していた。
ちょっとごめんねとシリルが頭の上に手をかざすと温もりを感じた。どのような意味があるのだろうかと小首を傾げてシリルを見上げる。
「これで今日は悪夢を見ないと思うよ」
「本当ですか?」
満面の笑みを浮かべたアイリーネとは対照的にシリルは眉間にシワをよせていた。
「根本的な解決じゃなくてごめんね」
「そんなシリル様が謝ることなんてありません」
「……うん、ありがとう」
シリルは手を振り、イザークは会釈すると寝室から出ていった。久しぶりに安心して眠ることが出来ると嬉しくなり横になるとすぐに瞼が重くなり深い眠りへと誘われた。
♢ ♢ ♢
目を覚ましてもすぐに状況が把握できない、長い夢をみていた気分だ。
薄暗い部屋、日はまだ登っていないのか?
「お帰りなさいませ、公子様」
声をかけられてやっと意識がはっきりとしてきた。
「いかがでしたか?」
「ああ、全て思い出した。感謝する」
「いえ、もう少し休まれてはいかがですか」
「リーネの顔を見てくる」
ジョエルに笑われながらも足取りは軽くて、どうやら浮き立っているなと自分でも笑えてくる。
リーネの部屋から出てくるイザークを見るまでは……
何気なくに視線を逸らしたイザークにお前は全て覚えていたんだなと怒りが込み上げてきた。
姉様を助けることもできなかったのに、リーネを守るだと?
何も覚えていない俺は側で見ていてさぞ可笑しかっただろうな。回帰前の俺の姿は滑稽に映っていただろう。
「イザーク、お前は全て覚えているんだよな」
「……はい」
予想通りの答えにユリウスは激昂し、イザークに詰め寄った。
「なあ、イザーク。全て覚えているお前からしたら俺の行動は滑稽だっただろ?妖精王にあれだけ啖呵をきったのに何も覚えてないなんてな。あの時姉様を守れなかったお前がリーネを守る?ふざけるなよ!!」
「ユリウス待ってよ、イザークは――」
「どけよシリル。今はイザークと話してるんだよ」
ユリウスとイザークの間にシリルが割って入るもユリウスの怒りはおさまらずシリルを排除しようと肩を掴んだ。
ユリウスも自分が理不尽な事を言っている自覚はあるのだろう、それでもイザークだけが知っていたその事実に腹が立っているのだ。
激昂しているユリウスとは異なりイザークには怒りの感情はなく表情はよめない。
逸らしていた視線はユリウスに真っ直ぐに向けられ淡々とした声色で語った。
「私は確かにアレットを守れませんでした。だからこそ私が全て覚えていたのは、それが私の罪だからです」
「罪?なんだよそれ?確かにお前は姉様を守れなかったけど、それが罪なら俺やアル兄様も同罪だというのかよ!」
「………いえ。アレットの事だけではありません。あなた達と別れたあとに私は……魔力の暴発によりエイデンブルグ城を半壊にしたのです。多くの人が犠牲になりました、私のせいで弟まで亡くなりました。だからこそ私が背負う罪なのです」
ユージオの記憶では自分とアル兄様の領地以外は滅びたとしかわからなかったが、エイデンブルグ城でそのような事が起きていたなんて夢にも思わなかった。
「………」
ユリウスには何も言えなかった。
それ以上イザークを責める気にはなれなかった。
「必ずアイリーネ様を守ります。あの方の盾になると誓います」
「………そんなこと、リーネは望んでいない。誰かを犠牲にしていいなんて思わないだろう」
そう告げるだけが精一杯で、もっとイザークに言いたい事があったはずだ、だけど困ったように眉を下げるイザークを見ていると、とてもそんな気にはなれなかった。
無言でイザークの横を通り過ぎていく。
「ユリウス様、それでも私はあの方の盾になると必ず救ってみせると決めているのです」
ユリウスが振り返ると澄み切った顔をしたイザークが静かに微笑んで立っていた。
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