第54話 ユージオとしての記憶
三人はジョエルのいるアイリーネの部屋に戻るとシリルはすぐに話しを切り出した。
急に依頼されたジョエルは驚きの顔を見せるが興味があるようで詳しい説明を求めた。
シリルはユリウスの見た夢の話しをした。別れを告げたはずの夢が与える喪失感、ユリウスの心が休まらず感情の起伏が激しくなり、別れを告げた何かを知りたいのだと。
「なるほど、事情はわかりました」
「ではお願いできるのですか?」
「そうですねー。それが古い記憶なら時間がかかる可能性もありますが」
シリルはジョエルに対してユリウスの記憶が前世のものだと伏せて説明したがジョエルは含みのある笑みを浮かべている。
「今からでも私は大丈夫ですがいかがでしょう」
「えっ、今からですか?」
急なジョエルの提案に一同は驚いた。たとえ魔力が多い者だとしても続けて魔法を使うのは疲弊する。
今までアイリーネを治療していたジョエルがユリウスに手を貸すというのは、それだけ魔力が多いのだろう。
「公子様は準備する時間が必要ですか?」
挑発するようにユリウスに告げられると、ムッとしながらも返事を返した。
「……いや、大丈夫だ」
「では参りましょう」
シリルが驚いている間にすでにユリウスとジョエルは話しを終えており、二人はユリウスが滞在している客間へと消えていった。
♢ ♢ ♢
「ではよろしいですか?」
「ああ」
ベッドに入ると目を閉じるように言われたユリウスは大人しく指示に従った。
ジョエルの呪文は独特で闇属性だけは妖精王に属していないと呪文を聞いただけでもわかる。
眠いとは感じていなかったがジョエルの呪文が心地よくて睡魔が現れそうだ。
「よい旅を公子様」
ジョエルが何かを言ったような気がしたがユリウスの耳には届いていなかった。
どこかで見たことがある街並みだ。何故だろうひどく懐かしく思う。辺りを見渡して見ても覚えはあるがユリウスにはここがどこかは検討がつかなかった。
「ユージオ?どうしたの?」
そう声をかけられると声の持ち主を見てハッとした。
シルバーの髪に紫紺の瞳、この人を知っている……
微笑んだ姿はまるで妖精のように尊い。
「姉様」
ふと自分から発せられた声に驚いた。どうやらユリウスはユージオと呼ばれた少年の中にいるようだ。
姉様……大好きな僕の姉さま、そうだアレット姉様。姉様は外見だけじゃなくて中身もキレイなんだ、この時はまだずっと一緒にいられると思ってた。
思っていた?では一緒にいられなかったのか、アレットとユージオ、この名前の姉弟をどこかで聞いた気がするがどこだっただろう。
「迷子にならないように手をつなぎましょうか。ユージオ」
そう言ったアレットは手を差し出した。恐る恐る手を乗せるとギュッと握り返され、手から伝わる温かさにとまどった。
これは夢じゃないのか?それともアレットに対して感じていた温もりの記憶なのか、ユリウスとユージオを思いが入り混じり混乱する。
「キャーッ」
「魔獣だ!逃げろ」
「助けてくれ!」
場面が暗転すると人々は逃げ惑っている。多くの人が逃げ惑いっているため一緒にいたはずのアレットと離れてしまったようだ。
魔獣だと聞いてユリウスも加勢しようと魔法をこころみるも発動しない。ユージオの体は魔法を使えないようだ。
あっと言う間に魔獣に距離を詰められるとすぐ側に魔獣がいた。魔獣の息が届く範囲まで近くに来られると、生臭い獣臭がユージオの鼻をかすめてきた。
魔獣に殺されるかも知れない、ここで終わりかも知れないと覚悟したユージオは目を閉じ小さな体を震わせる。
「ユージオ!!」
名を呼ばれハッと顔を上げたユージオは大人の何倍もある魔獣が悲鳴を上げ地面に倒れるのを目撃した。
その体には剣が突き刺さり、うなり声を出しながら痙攣していた。魔獣はすぐに動かなくなると絶命したのだとわかった。
「アルフレート様だ!アルフレート様が来てくれた!」
「さすがアルフレート様だ!」
「俺達は助かったぞ!!」
アルフレートが魔獣を倒すと逃げ惑っていた人々は歓喜の声をあげ褒め称えた。ユージオの目にはアルフレートが英雄のように映っている。
「ユージオ無事か?」
魔獣を倒したアル兄様は息も乱れていない、いつか僕もアル兄様のように強くなりたい。姉様を守れるぐらい強くなりたい。
――同じだユージオと俺は同じ思いだ、俺も強くなりたかった。例えリーネと離れていても会えなくても強くなってリーネを守りたかった。
だけど結果は散々だった、断罪されてリーネを失った。ユージオ、お前はどうだった?アレットを守れたのか?
――もう、わかっているだろう?ユリウス。
知っているだろう、姉様の最後を
――最後?
――思い出して、だってユリウスは……
ユリウスはハッとすると先程とは違う風景になっていた。
懐かしくはないが覚えはある街並み、緩やかな坂道の先には重厚で存在感のある城が見える。
――あれは……エイデンブルグ城!
ということは、ここはエイデンブルグなのか
――今から何がおこるのか、わかるだろう?ユリウス。
人波を掻き分けユージオは街の中心部を目指す。
――ダメだ、ユージオ。行ってはいけない
――きちんと見届けなくてはダメだよ、ユリウス。
それに今更結果は変わらないのだから……
怒号や歓声が入り混じる人々の先にはアレットがいた。まるで芝居の一幕を見ているみたいだ、処刑台のアレットは今まさに最後の時を迎えようとしている。
処刑台のアレットは自身の体が刃に貫かれると驚き、苦痛に顔を歪めると崩れ落ちていった。
――ほらね?変わらないでしょう?姉様を助けることはできないんだ。
ユージオがそう告げると辺りは暗闇に包まれた。暗闇の中でユリウスにユージオとしての人生が走馬灯のように流れ込んでくる。どれほどアレットを慕っていたか、その想いが実ることないとわかっていても、どれほど焦がれていたか。
「僕はねユリウス、人生を終えるその日まで姉様の最後を忘れられなかった。だけど次の人生は僕のものじゃないから覚えていないほうがいいと思ってたんだ。でも間違いだったのかな?」
「いや……間違いじゃない、俺とユージオは違うから」
「うん、ありがとう。そろそろ時間みたいだよ?全部思い出したからお別れだね。今度こそ本当に……」
「思い出して……お別れ……」
「知識として知っていても、僕の思いまでは覚えておく必要はないよ」
「……」
ユージオの中から弾かれるように出たユリウスは、これで本当にお別れなのだとそう思った。
ユージオ自身も納得している、だけどユージオは来世に想いを馳せていた、それなのにユリウスのためにユージオを切り捨ててしまう、そんな気がした。
「いいんだよ、僕は姉様の弟だからユージオなんだ。姉弟じゃない僕はユージオじゃないだろ?だから姉様を望むなら僕がいてはダメでしょ?ユリウスの好きにしたらいいよ」
そう言うと微笑んだユージオは、じゃあねと手を振りユージオは静かに消えかかる。
「待って!ごめんユージオ、夢を見た時とっさに姉弟としての記憶じゃダメだと思ったんだ。でも消せばいいわけでもないとわかったんだ。ずっと一緒にいてくれたのにユージオの影響が出るのが怖かったんだ」
「じゃあ、今度は僕か君の中に入ろう」
「俺の中に?」
「うん、融合すれば僕はユリウスの一部となって僕の想いに引きずられることもないと思うから……」
「そうか……」
ユリウスとユージオは手を合わせると金色の光につつまれた、光は大きくなると目の前のユージオは姿が溶けていくように見える、ユリウスは驚き手を外すべきかと迷っていると「大丈夫だよ」そう言って強く手を握り直して微笑んだ。
「ありがとう」
そう言うとユージオの姿は完全に見えなくなる、姿はみえなくても前にユージオと別れた時に感じた喪失感は存在せず胸がじんわりと温かかった。
もう大丈夫、そう思うと意識は浮上していった。
読んで下さりありがとうごさいます
文章に悩んでずいぶん時間かかかりました。




