第4話 かつての帝国
―父上に久しぶりにお会いしたな。
イザークは言葉を交わす事なく去って行った父の姿を思い出していた。今では25歳のイザークと父では体格差はないが幼き頃に見た父の背中は大きく見えた。父に憧れ、剣を振るうも魔法の才がなく、神聖力を活かす為に聖騎士となった。この国の貴族、特に騎士を目指すものは魔法に長けている。侯爵家の次男であるイザークが魔力ではなく神聖力を持つ事は異端であった。そんな中でも父はイザークを一人の騎士と認めてくれている。
「イザーク、アイリーネ様には聖騎士が必要となる。エリンシア様の予言だから間違いないだろう。イザーク、強くなるんだ。アイリーネ様を守れるぐらい強くなりなさい」
父の真剣な眼差しに10歳のイザークは誓う。父が自分を信じてアイリーネを託してくれる、その願いをうけながら。
「はい、父上。強くなります、守ってみせます!誓います!」
―誓いも虚しく、守れなかった。多くは望んでいない、彼女が健やかに過ごせればそれで……
イザークは視線を感じ、応じるように隣を見つめる。視線の主、シリルが探るようにこちらを見つめていた。
「なんでしょう?」
「いや、またグダグダ考えて、守れなかったとか思ってるのかな?と思っただけだよ」
「言っただろう?これはきっとあの方の意志でもある。正直、気分はよくないが考えてもどうしようもないだろう?」
「…はい」
会話が終了したタイミングで会議室に辿り着く。椅子の背もたれや長いテーブルの側面には彫刻が施され、妖精王が好むとされるアルアリア・ローズが刻まれている。通常は貴族達が国政について議論している場所だと物語るも、今は場違な面々がそろっていた。国王を除けば、クリストファー、ユリウス、シリル、イザークと身分的には申し分ないが親世代が活躍している若者達である。
「みんな、席に着いたな?」
王が周りを見渡した。本題に入ろうかという直前、シリルが手を挙げる。
「陛下、私から説明させて頂いても?」
さすがのシリルも国王の前では言葉使いに気をつかっているのだなと、各々は素振りも出さずいた。
「よかろう、オルブライド」
「では、まず初めに妖精の愛し子についてですが、皆さんご存知ですよね?」
一同は頷き、是を示している。シリルも頷き、続きを語る。
「愛し子は歴史は古いのですが、一番有名な出来事は200年前のエイデンブルグ帝国ですね?当時の状況と今のアルアリアは似てると思われます」
「そんな馬鹿な!!」
思わず国王は声を荒げてしまう。エイデンブルグ帝国、それは200年前に滅亡した近隣の帝国の名であった。
この大陸には大小の国があるが、そのほとんどが妖精王イルバンディを信仰している。
200年前に滅亡したエイデンブルグ帝国は、国土も広く、実りも多い豊かな国であった。聖女、特に神聖力の強い者は、妖精の愛し子と呼ばれ大切され、皇族や高位貴族に嫁ぐ事が多く当時の愛し子、子爵令嬢アレットも皇太子と婚約関係にあった。平和に浸りきった一部の貴族は腐敗し、皇后は宰相と手を結び帝国を手に入れる為に宰相の娘と皇太子の婚姻を策略した。皇太子が魔物の討伐中に目を付け、アレットの家族を人質にとり、聖女を語った罪によりアレットは処刑されてしまい、妖精王の怒りにより国が滅びたと伝えられている。
「聖女よりも神聖力の強い愛し子は、特殊な能力を持っているが多く、エイデンブルグの愛し子も目に見える能力ではなかったのです」
「どんな能力だっんだ?」
神聖力について興味があるらしいユリウスはすかさず質問した。
「和平です。具体的には豊穣を招き、天変地異を防ぎました。愛し子が生まれてから豊作で自然災害、流行り病もなかったのです。帝国は力もあり戦争もありませんでした」
「それなのに?どうして?」
王太子のクリストファーとしては皇后の立場でありながら、暴挙にでた彼女気持ちがわからなかった。
「慣れてしまったのでしょう。人は欲深いですしね?教会から聖女認定されてましたが、治癒のように見える能力ではないですしね。結局の所、信仰心がなかったのでしょう」
シリルは窓の外の雨を見つめながら、付け足す。
「エイデンブルグの滅亡時、雨が止みませんでした。洪水がおき、疫病が流行り、人々が飢えても。1つの例外、アレット嬢の実家の子爵領と本家にあたる隣の辺境伯領を除いて」
「じゃあ、この雨も?」
クリストファーは悲痛な顔でシリルに問う。記憶はないがアイリーネを処刑したのは自分なのだと考えると恐ろく、体の震えが止まらない。
「おそらくは」
シリルの同意に、かつて滅亡した国と同じ道を辿るのだと感じ誰もが口を噤んだ。静寂に包まれた部屋には、雨の音が響いていた。
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