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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第46話 手放した何か

「ごめんね、リーネ。家庭教師の授業を受けろって父上に叱られてね。少しの時間だけ家に帰るよ、夕食は一緒に食べよう」


 急に現れたお兄様は私の両手を握りしめるとうつむいた。昨日私が倒れてしまったので心配させたのだろう。だから私は大丈夫だから安心してください、そう言っただけなのだけど……



「リーネは俺と離れても平気なの?淋しくないの?」


 うつむいていたお兄様は顔をあげるといつもより真剣な口ぶりでそう問いただしてきた。同じ部屋にいるイザーク様もシリル様もいつもと違うお兄様を静かに見守っている。


「……淋しくてもお兄様、きちんと授業は受けなくてはいけませんし……」


「……本当に?本当にに淋しいと思ってるの」


「お兄様?」



 握った手に力が入り少し痛いくらいだ、お兄様の紫紺の瞳がいつもより暗くみえるのは気のせいなのかしら。



「こらーっ!そんなに強く握ったらアイリーネの手が赤くなってるでしょ!」


 見兼ねたシリル様が大きな声を出した。

 我に返ったように握りしめた手を離したお兄様は叱られて泣き出しそうな子供みたいな顔をしている。



「リーネごめんね」

「いえ、大丈夫です。お兄様何かあったのですか」


「……何でもないよ、じゃあね」


 あきらかにいつもと違うのにそう言うと部屋を出ていった。



「ユリウス――!!」

「……なんだよシリル」

「どうしたの君。いつもと違うけど」


 早歩きのユリウスを呼び止める。

 シリルは絶対にこのまま行かせてはいけないと必死で食い下がった。


「……昨日の夢がよくなかったのかも」

「夢?悪夢でも見たの?」

「いや……夢自体は覚えていないんだけど、長い間ずっと一緒にいた何かを手放したそんな感覚だ。上手く言えないけどぽっかりと穴が空いてるみたいで不安なんだ」

「……何を手放したのか、知りたい?」


 シリルの言葉に足が止まる。


「そんなこと無理だろ」

「方法がないわけじゃないよ」

「………」

「ただ君の好きじゃない人を頼ることになるけどね」

「好きじゃない人?」

「ジョエル・スカルパ。あの記憶を操る王宮魔術師なら出来るだろうね」


 ジョエルの名がでるとユリウスの眉間のシワは深くなる。


「すぐに答えを出さなくてもいいよ。ゆっくりと考えたらいいよ」

「わかった」


 いってらっしゃいと笑顔で手を振るシリルに手を振り返すと時間がないなと馬車へと急いだ。



 馬車に乗ると御者は心得たとばかりに慣れた公爵邸の道を行く。


 馬車に揺られ、シリルの言葉を思い出す。

 自分ですら覚えていない内容がわかるのか?

 ジョエル・スカルパできれば頼りたくないがこのまま不安定ではダメだと自分でも思う。


 高位貴族のタウンハウスが並ぶ一角で見慣れた公爵邸が視界に入ると更に憂鬱になる。




「お兄様お帰りなさい」

「………」


 趣味が悪いゴテゴテとしたピンクのワンピースを着たマリアが笑顔で待ち構えていた。デザイナーを変えたのか?と思うくらいリーネが着ている服とは違い過ぎるじゃないか。


「お兄様、お姉様がいなくても私がいるから淋しくありませんよね?一緒に遊びましょう」

「………」


 こいつは何を言ってるんだそんな為に帰ってきたんじゃない、母が慌ててこちへやって来た。早くマリアを連れて行って欲しい。



「マリアいらっしゃい、ロジエ先生がユリウスをお待ちなのよ。邪魔をしてはいけないわ」

「でもお母様、お兄様と遊びたいです」

「授業が終わったらね、そうだお昼を庭で食べるのはどうかしら」


 母は期待に満ちた目を向けるがそんなつもりはない。


「授業が終われば城に帰ります。昼は部屋でとります、静かに食べたいので」

「そんな……」



「お兄様!お姉様のせいですか?お姉様がいなければ――」

「――何?」


 マリアが俺の手に触れようと近づくと拒絶を示すように手に痛みを感じた。


「――っ!!」

「キャッ、痛い」


 魔力が漏れてしまったか……今日のように不安定な日に煩わしいことは辞めてほしい。


「マリア大丈夫?」

「お母様ー」


 母は泣きだすマリアを抱きしめている、毎日同じことをして飽きないのかそんな疑問が浮かんだが本人達にとってはそうではないのだろう。



「お待たせしました、ロジエ先生」

「久しぶりですね、ユリウス君」

「はい」



 ロジエ・ミケーリ、茶色の緩くウェーブのかかった髪と茶色の瞳、人が良さそうな顔をした男性だが王立学園でも教壇に立っているほど優秀である。

 博識である彼の授業は二度目の授業だというのに退屈せずに新たな発見も多い。


「今日はどうしましょうか?ユリウス君は物知りですから教えることが少なくて困ります」

「そんな事ありませんよ……先生の専門は世界史でしたよね?」

「はい」

「先生はエイデンブルグについて詳しいですか?もしくはテヘカーリはどうですか?」


 先生は顎に手を沿え考えている。


「エイデンブルグにテヘカーリ……二つの国はアルアリアより後に建国されたのは知っていますね?」

「はい」 

「エイデンブルグはアルアリアの兄弟のような国だったと言われていました。一方テヘカーリはライバルだと言われています」


「エイデンブルグが兄弟ですか?帝国と呼ばれていたのに?」

「はい、ですからエイデンブルグは建国当時はアルアリア・ローズが大量に植えられイルバンディ様を熱心に信仰していたと言われています」



 先生の話しではアルアリアを見本にして栄えたエイデンブルグは周囲の国を武力で吸収し帝国と名乗るようになると信仰は下火になりアルアリア・ローズは数を減らしていったそうだ。

 だからこそ200年前にアルアリアは闇を払えたがエイデンブルグは滅びた。

 先生曰くアルアリア・ローズは陛下の命によって数を増やし過去最高となっているそうだ。


 そういえば王宮にも新しく植えられていた。リーネが倒れたあの場所でも白い花弁が揺れていた。



「陛下の命で増えたことで学者達の多くは神託がありアルアリアの危機が迫っているのではないかと考えています」

「200年前みたいにですか?」

「はい、正確に言うとあと8年でちょうど200年になりますがね」


 あと8年?リーネが15歳、断罪された年でちょうど200年になるのか……

 節目の年にリーネが断罪されたのは、はたして偶然なのだろうか、それとも……

 


 答えがわからずにもどかしい。手放した何かが分かれば答えは埋まるのだろうか。 


 シリルが言った「方法がないわけじゃないよ」

 こんなにも喪失感が強いのなら何を手放してしまったのか知る必要がある、ユリウスはそう思考をまとめていった。

 


読んでいただきありがとうございます!


ユリウスは手放した喪失感に悩んでいます。意識なく手放してしまったので

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