第45話 マリアの想い
朝を迎えた公爵邸では騒ぎが起きていた。
ユリウスとアイリーネが王城から帰っていないことを知ったマリアが部屋で閉じこもり、扉を鍵でしめてしまった。
「マリアどうしたの?開けてちょうだい!」
「嫌です」
侍女と母が声をかけても、扉を叩いてもマリアが出てくる気配はない。
「どうしてなの。何があったの?」
「どうしてお兄様達は帰ってきていないのですか!」
「仕方ないでしょう?アイリーネが体調が悪くなったと連絡が入ったのですから、さあ開けてちょうだい」
――またお姉様……いつもお姉様中心にみんなが動いてる
「だったらお姉様だけ城に残ればいいじゃないですか!お兄様やイザーク様は関係ないじゃないですか!」
「……マリア、ユリウスはともかくイザーク様はアイリーネの護衛なのだからアイリーネと共に残るのは当然でしょう?」
「だったら私の護衛にして下さい!」
「マリア……だったら別の護衛を雇いましょう?」
――別の人なんか意味がない!お姉様ばっかり、ずるい!お姉様がいる限りみんなお姉様の事ばっかり!お姉様さえいなければ……
マリアの中からアイリーネに対して負の感情が増えていく、どうすれば自分が中心になれるのか考えれば考えるほどアイリーネが邪魔だと思うようになっていった。
そう考えていると窓の方から物音がしたので、マリアは振り返った。そこには見覚えのある顔があった、いつもユリウスやイザークと共にいる教会の子だ。
「ちょっとあなたなんでそんな所から入ってくるのよ!レディの部屋に勝手に入ってきて!」
窓からの侵入者は呆れたようにため息をついた。
「……そっか、君は頭があまり良くなかったね」
「なんですって!!」
ふとマリアは思った。見慣れ顔だが髪や瞳はこんなにも暗い色だったか?こんなにも仄暗い瞳だっただろうかと思い至った結果、別人ではないかと結論付けた。
「あなた誰よ?あの子の兄弟とかなの?」
「うーん、違うよ。君さー前も言ったけどいい加減にしないと赤い騎士に殺されちゃうよ?彼はあの子のためなら何だってやるんだから」
「何よ、前なんて知らない!なんで私が殺されなきゃダメなのよ!」
「そっか覚えてなくても仕方ないのか……それにしても君は何度も同じ道を選ぶのかな?まあ、警告はしてあげたよ?じゃあね」
目の前で突然消えた侵入者にマリアは驚いた、今まで人だと思っていたものは人ならざるものだったのだと声をあげた。
「キャ―――ッ!!」
「マリア?どうしたの!!早く開けて」
マリアは慌てて扉の鍵を開け、すぐに母に飛びついた。しがみつき泣き出したマリアに母はどうしたものかと困りはてていた、騒ぎに駆けつけた父はマリアを抱き上げなだめるが泣き止む気配はない。
「マリアどうしたんだい?泣いていてはわからないよ」
マリアに語りかけるように優しい声で話す父にマリアはしゃくりあげながら話しだした。
「お父様、私の部屋に人じゃない人が入ってきたのです!」
「何!人じゃない人とは?」
慌ててマリアの部屋に入った両親と侍女はすぐに窓の鍵を確かめるも、鍵は閉まっていた。
きっと怖い夢でも見たのだろうと両親はマリアを慰めてゆく。
「お父様が王宮でユリウスに帰ってくるように言ってあげるよ。マリアは寂しかったんだね」
マリアは納得はいかなかったが父の提案は悪くないと思い頭をなででいた父の首に抱きついた。
「絶対ですよ!お父様」
「ああ、わかった」
――お姉様がいなければお兄様もマリアが一番のはず
マリアはご機嫌になると仕事に向かう父の馬車をいつまでも手を振りながら見送っていた。
「さあ、マリー!着替えるわよ。私を可愛くしてちょーだい」
「はい、マリア様」
マリアは勢いよく階段を駆け上がり自分の部屋に入るとフリルの沢山ついたピンクのお気に入りのワンピースに着替え、ツインテールにピンクのリボンをつけてもらいユリウスの帰りを待つことにした。
「いやだからさ、そんなにすぐに忘れられるものなの?どうなってるの、あの子」
公爵邸の木に登りマリアの様子を見ていた侵入者は自身の忠告などなかったかのようなマリアの態度に呆れていた。
「あとは本人次第だからしょうがないね」
そう言い終えると姿は再び見えなくなり公爵邸から完全にいなくなり、朝から起こった騒ぎは終幕を迎えた。
♢ ♢ ♢
「捜したよユリウス」
聞き慣れた声にユリウスは振り返る。やはりと父を見ながら眉をひそめた。
「そんな顔しないでくれないかい?」
「……なんでしょう、父上」
苦笑いの父はゆっくりとした歩幅で近づいてきた。
父が自分を捜すなど嫌な予感しかしない。
「それがねマリアが君たち二人とも帰ってこないから寂しがってね」
「………」
「ユリウスだけでも帰って来てくれないかな」
「……申し訳ありませんがリーネを置いて帰れません」
「だけどねユリウス。君がいくら優秀だといっても家庭教師の授業も休んでいるだろう?君はまだ未成年で家庭教師を雇っているのは私なんだよ」
「……わかりました。ではリーネが王宮にいる限り王宮から通います」
父は息子の態度に誰に似たのだかと内心嘆くが譲歩することにした。
「わかったよ、ではきちんと授業を受けなさい」
「はい。他に用はありませんね」
「あ、ああ」
「失礼します」
アイリーネがいなければ父に対してもこの態度なのかと息子の将来を不安に感じた。
――あのような態度で貴族社会でやっていけるのだろうか?それにしてもユリウスのアイリーネへの態度はどう解釈すれば……
やはり恋心なのだろうかと異常にもみえる執着に父はユリウスが心配で仕方なかった。もし万が一にもアイリーネに拒絶されたとしたらユリウスは狂ってしまうのではないかと父の目にはそのように映っていた。
――ユリウスにマリア、そしてアイリーネ。みんな大切な子供達だ。みんなに幸せになってもらいたい、そう想うのは父親としては当然だろう?
背から怒りを滲ませて遠ざかるユリウスにそう語りかけるように優しい目で見つめていた。
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