第42話 王宮魔術師
意識がないリーネを診るために医者により全員が廊下に出された。確かに周りを見渡しても男性ばかりだ。
シリルは僕は教会で妖精と言われているのにと主張していたが、イザークに無言で連れ出されていた。
どう見ても少年だろ?とツッコミを入れたい所だ。
「して、何があったのだ?」
「陛下……」
正確に言うとユリウスにも何がおきたのかわからない。だとしてもあの時感じた異変を話さないわけにはいかなかった。
正確には分かりませんがと付け加え言葉を紡ぐ。
「あの時リーネは夕焼けを見ていたんです。そのあと悲鳴が聞こえたのですが、視線の先には王太子直属の近衛騎士がいました」
「近衛?騎士達が怖かったというのか?」
「そんなはずありません。アイリーネ様は聖騎士の訓練をご覧になったことがあります」
イザークの言う通りだ、リーネは何度も聖騎士の訓練場所を訪れている。今までは大丈夫だったんだ。
「……陛下、リーネ……アイリーネは倒れる前に両手で首に触れていました。ここからは仮説なのですが、今日の夕焼け空は処刑された日の空とよく似ていました、それに実際処刑したのは王太子の近衛騎士達です……もしかしたら回帰前の記憶か蘇ったとは考えられませんか?」
「そんな事は――」
「ないとは言い切れますか?」
ユリウスの鋭い眼差しに王は考えるように黙り込んだ。王は文献に基づて話しをしているが文献が正しいと証明することはできない。過去に数回行われたという王家の秘宝による回帰の儀式は行われたと書面に残されているだけ、過去はすでに変わってしまったからだ。
「………」
王家の直系にしか伝承しないため王はそこに書かれていることだけが真実だと信じて疑わなかったが、数回という頻度ならば文献にはない出来事がおきたとしても不思議ではないということか……と王はそう推測した。
陛下の様子から可能性はあるということなのかとため息がでた。
マリアの件を含め過去とはすでに変わってしまった。過去を変えたかった、でもそれはリーネが幸せになる道をさがすためだ。新たな苦痛を生むためじゃない、何も知らずに笑っていてほしかったから……
黙り込む陛下にリオンヌ様は痺れを切らしたのか急に大きな声をあげる。
「陛下どうしてこのようなことがおきるのですか?あの子の記憶は残らないはずじゃないのですか?」
リオンヌ様は陛下に詰め寄りるがオンヌ様の訴えに陛下も返す言葉が見つからないようだ。
「そのはずだった、すまない。リオンヌ」
「陛下あの子は大丈夫ですよね?ようやくあの子と暮らせる目処もついたのです!」
「………」
「陛下、大丈夫だとおっしゃってください……」
苦痛な表情を見ていると胸が痛い。リオンヌ様にすれば前回は初めて会った娘はすでに亡くなり、今回は離れて暮らすことを余儀無くされ、一緒に暮らせる目処がたてばリーネが倒れた、不安になっても仕方ないだろう。
「なあ、シリル?」
「なあに?」
今まで発言をしていないシリルはどう思っているのか意見を聞きたくなった。淡いブロンドの髪にクリクリとした緑の瞳でこちらを見上げるシリルは、本人が言う通り妖精だと言われても過言ではない。
「シリルはどう思う?リーネは過去を覚えていると思うか?」
シリルは妖精と言われる笑顔を手放すと考察する。その姿は大人びた表情で実年齢よりも上に見える。
「……過去と同調したのかな?」
「同調?」
「記憶は残らないではなく、記憶は眠っている状態なのかも知れない。過去と同じ状況に触れ記憶が呼び覚まされたと考えたらいいのかも」
「では、どうしたらいいのですか?あの子はまだ7歳なのですよ?15歳でも辛い記憶でしょうが、まだずっと幼いのに自分が処刑される記憶なんて正常でいられるはずありません」
リオンヌ様はすがるような眼差しでシリルを見つめた。
「根本的な解決ではないですが、まずは王宮魔術師に記憶を奥底に沈めてもらったほうがいいでしょう。それから同調する環境をつくらない、今回は夕焼けと王太子の近衛騎士……聖騎士は大丈夫という事はなので、あとは人物ではないのなら、騎士達の赤い服に反応したのかも知れない。」
「騎士達の赤い服か……アベルこの際一新しても構わぬな?」
「はい、特に赤でなくてはいけないと言う決まりはありません」
「では準備を頼む。それからジョエル・スカルパを呼び治療にあたれ」
「はい、承知しました」
アベルがこの場を離れすぐに医者の診察が終わりアイリーネの元に案内される。医者の見立ても精神的に負荷がかかったのだろう、体には異常がみられなかった。
重苦しい雰囲気の中、アベルに連れられ王宮魔術師であるグレーのローブをまとい一人の男性が現れた。
ユリウスは見覚えのある男性に鋭い視線をおくった。
ジョエル・スカルパ――回帰前に俺の記憶を書き換えた男。まだ、あの時は10代後半だったが、今では大人の男性だ。薄い紫の髪を束ねいかにも魔術師といったローブ姿のジョエルはリーネを見ると歓喜の声をあげた。
「これはアイリーネ・ヴァールブルク公爵令嬢、愛し子ではないですか!一度は愛し子の神聖力に触れたいと思っていたのです!して陛下?どのような要件で?」
「愛し子の一部の記憶を封じてほしいのだ」
「一部の記憶ですか?詳しい話しをお聞きしたいですね。封じる記憶を分けないといけませんので」
「……そうだな」
陛下により回帰の儀式が行われたこととそこにいたった経緯がジョエルへ伝えられると陛下に対して怒りをあらわにした。
「陛下、ひどいじゃないですか!どうして儀式に参加させてくれなかったのですか!私も体験したかったのにー」
「あ、ああ、すまぬ」
「では、公子様のその視線の意味は回帰前の私に対してですか?」
そうジョエルが言うと一斉に皆から視線を浴びた。
「そうです。昔に記憶を封じられた覚えがあります」
「そうですか、ですが私情じゃありませんよね?」
確かに仕事としてこの男は記憶を封じただけだ。記憶を封じたことによりそのあとリーネの側を離れる原因となったとしても……
「はい……そうですね」
「納得は行かないでしょうが、誤りませんよ?私は私の仕事をしただけですのでね」
「はい」
「ではさっそく始めましょう」
ジョエルは眠っているリーネに手をかざした。かざした手から金色の光が輝くと眩しさに思わず目を閉じる。
光かすぐに落ち着くとこれで終了ですとジョエルは何でもない事のように高位の魔術を終えた。
あっけないものだな……人の記憶がこんなにも簡単に消えるなんて。あいつが敵ならば恐ろしいことになるだろう。俺の考えがわかったのかニヤリと笑ったジョエルが不気味だ。
「あなたにも興味があります、公子様。魔力と神聖力が混じっているなんて!実験したいです!」
「実験!断る!」
近づいてくるジョエルを避け陛下の後ろに隠れた俺を見てジョエルは冗談だと微笑んだ。穏やかに笑うと陛下に詳しい話しが聞きたいと陛下とアベルを連れたって部屋をあとにする。
静けさを取り戻した部屋でリオンヌ様は目覚める気配がないリーネの手をそっと握り静かに涙していた。
リーネが目覚めたらいっぱい甘やかしてやろう、いつもだろ?と言われるかも知れないけどいつも以上にだ。
お兄様の特権だからなとあんなに悩んでいた兄としての立場を今は都合よく解釈しリーネが目覚めるのを待つことにした。
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