第41話 過去に囚われて
お兄様とイザーク様と執務室を出て廊下を歩いていると窓から見える夕焼けが赤くて目を奪われる。
「少し遠回りしようか?せっかくだから、散歩でもしよう」
「はい」
外廊を通り外に出ると一面にアルアリア・ローズが咲き誇っていた。庭園では色とりどりの花が植えられているが、この場所にはアルアリア・ローズしか植えられておらず穏やかな風が吹き白い花が揺れている。
「ここは?」
「もともとは何もなかった場所なのだけど陛下がアルアリア・ローズを増やす計画をしていてね、国内全土で植える場所を増やしているんだよ」
「そうなのですね」
アイリーネは目を輝かせながらしゃがみ込むとアルアリア・ローズに顔を近づけた。花から香る爽やかでほんのりと甘い匂いを思いきり吸い込むと弾けるように笑った。
リーネが脇目も振らずに花の元へ向っている。
妖精王が好むこの花を愛し子であるリーネが好むのも納得だ。リーネの嬉しそうな顔をみればもっと国中にアルアリア・ローズを増やしてやろうと思うほど。
実際、陛下の命で花は増やされ貴族達の自慢の庭にアルアリア・ローズを植えるのが社交界でのトレンドらしい。
平民でも植えられるように教会では種を配っている。育てられた花を収穫し業者か買い取ると加工され石鹸や香水、砂糖づけやお菓子と様々な商品に生まれ変わる。
シリル曰く加工されても花自体の神聖力は継続され、闇の魔力を防ぐらしい。一つ一つの花自体の力は微弱だが量があればそこそこの闇は防げるだろう。
「あれユリウス?こんなところでどうしたの」
聞き覚えのある声に辺りを見渡すとやはりクリストファーであった。
「やあクリス」
「そういえば今日だったね?どうだった?」
ヒソヒソと小さな声で尋ねるクリスにまあ、上手くいったほうかな?とリオンヌ様との初めての顔合わせについて伝える。
「クリスはここで何をしていたんだ?」
「ああ、近衛達と剣の稽古をね」
「へぇー」
少し離れた場所に赤い騎士服に身を包んだ王太子直属の近衛兵が見える。クリスは魔力は普通だが剣の腕は元騎士団のアベルの折り紙付きだ。
回帰前に見た剣術大会の決勝戦ではクリスとイザークの一騎打ちだった。
勝者はクリスだ、しかし実戦ではおそらくイザークの方が強い。あいつの剣は戦い慣れているリーネの護衛ではそんなに剣を振るう場などなかっただろうに……
あれ?リーネ?
リーネが立ち尽くしたまま動かない、どうしたんだ?何を見てる……近衛兵か?
「アイリーネ様?」
近くにいるイザークも異変に気づいたのかリーネにこえをかけている。
赤い夕焼けに赤い騎士……
身に覚えのない映像がノイズのように浮かんでくる…
「アイリーネ・ヴァールブルクだな。王太子殿下を暗殺を計画した疑いでご同行願おう」
――そんな事していない、私じゃない
「お前なんで生まれてきたのが間違いなのよ!顔も見たくない!早く連れて行きなさい!!」
――お母様?
「じゃあ、妹でもなんでもない。好きにどこでも行けばいい」
――お兄様もそんなこと思ってたの?
それから――マリア!
私の脳裏には私の髪を切りったマリア、私を断罪して笑うマリアが次々とあらわれる。
息が荒くなっているのがわかる、喉が乾きカラカラなのに全身は冷えて手足が冷たい。これは事実ではない、幻影だと自分に言い聞かせても体が震えだした。
次にあらわれたのは処刑台。刃は妖しく光りその存在を誇示している。
――そして私はあの処刑台で……
「いゃ―――っ!!やだ、いやだ――」
ふと私は自分の首が異常ないかと慌てて指で触れホッとする。大丈夫だと安心していいのだとと深呼吸をして自分自身を落ち着かせようとする。
「アイリーネ様!」
イザーク様の呼ぶ声とアルアリア・ローズの香りが風に乗り届くとノイズは塵となり私は安堵した。
「リーネ!!」
お兄様!いつものようにお兄様が銀の髪を揺らし心配そうに駆けてきた。
いつもと同じ?本当に?
疑問が浮かんだ瞬間手を伸ばしたお兄様の手を払いのけイザーク様に抱きついていた。イザーク様の腕が私の背に添えられるとこの場所は安全だと思える。
この中で私の味方はイザーク様だけ……
「アイリーネ様?」
伺うようなイザーク様の声にハッとする。抱きついたままだったのを思い出して慌てて離れる。
「ごめんなさいイザーク様」
「いえ、大丈夫ですか?アイリーネ様」
私を心配そうに見つめたあとイザーク様の視線はチラリと横を向いた。視線の先にはお兄様がいて呆然とたたずんでいる。
「お兄様――」
お兄様は真っ直ぐに私を見ると信じられないといった顔をしていた。
お兄様を傷つけるつもりなんてなかったのに……
――なんて説明していいかわからない
「王太子殿下ー」
「あっ……ここだよ」
「悲鳴がありましたが……」
遠くにいた赤い騎士達が砂埃を立てながらこちらに移動してきた。その手には抜刀された剣を持ち、刃は血を求めてるように光っている。
ドクンと私の鼓動が跳ねる
――私は首に手を当てて悲鳴をあげた
その後は意識を手放したので覚えていない
♢ ♢ ♢
リーネの悲鳴を聞き、慌ててリーネに手を伸ばした。
パシッとリーネに払いのけられた手は行き場もなく宙を漂う。リーネが拒絶した?状況を飲み込めない、理解できない。自分を拒絶したあとイザークにしがみつくリーネが目に入るが考えるのを辞めたのか思考がおいつかない。
ただ思ったことは何故だと……その一言だけ……
「王太子殿下ー」
悲鳴が聞こえたからクリスに何かあったかと慌てたんだな、近衛を見てそんな風に考えていた。
リーネが悲鳴を上げ倒れるまでは。
赤い近衛の服を見てリーネが首に手を添えて倒れた。
――まさか!!
回帰前の記憶はリーネには存在しないはず…
「アイリーネ様!」
俺は頭を占めた疑問を後回しにして、リーネを横抱きに抱えたイザークと驚いているクリスに指示を出す。
「イザーク取りあえず王城に引き返すぞ!クリス陛下に連絡してくれ!それと医者だ!」
「わかりました!」
「かわった!」
クリスは陛下の元に向かい、イザークと俺は王城へと引き返した。
青白い顔をしてイザークの腕に抱かれているリーネを見ると本当に愛し子とはなんなのだ、とイルバンディ様に問いたい。
ただ平穏を望むのもリーネにはむずかしいのですか?
イルバンディ様……やっぱり答えてくれないのですか
客間に案内されリーネをベッドへ寝かせる。
リーネの頬をなでると温かい……体温が感じられホッとした。リーネの手を握りしめて、前とは違うと言いきかす。
しばらくして王宮の医者に陛下にシリル、そしてリオンヌ様が来るまでの間、悠久に思えて息を潜めていた。
ただリーネが平穏で過ごせることを
祈りながら……
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