第37話 未知数な神聖力
「うわーっ!美味しそう」
シリルは目の前に並ぶ料理に目を輝かせた。シリルの前には湯気の立つ熱々なステーキが並べられている。小さな手にナイフとフォークを持つと早速とばかりにステーキにかぶりついた。
「ひと仕事した後のお肉は格別だね!」
そう言うとステーキを口いっぱいに頬張り美味しそうに食べている。
小さな子供とは思えない食べっぷりにユリウスとイザークは目を丸めた。
「小さいのにいっぱい食べるんだな」
「……君も子供だからね?」
ああ、そうだったなと自分の手を見つめた。
例え体が子供でも魔力があれば大丈夫だと思っていた、今日までは。
王宮魔術団に所属していた時はワイバーンやフェンリルといったA級やS級の魔獣を倒したこともある。
だからこそ魔力があればどんな敵だって倒せると思っていたのに……
「お肉食べないの?大きくならないよ?」
「食べるよ!」
自分より小さなシリルに言われムッとした。そんな俺に気づいたのか、シリルは意味ありげにニヤリと笑う。
「食べてから、良いこと教えてあげるよ」
「良いこと?」
「食べてからのお楽しみだからね?」
「……ああ。わかったよ」
そこから先は無駄口を言わずに皆が食事に集中し、夕食を堪能した。
夕食の食器類が下げられ食後のデザートと飲み物が用意される。ここからは内密な話となるので使用人は下がらせた。
今日のデザートはイチゴのタルトか、リーネが見たら喜びそうだが、リーネはまだ眠ったままだ。乳母のオドレイに任せてあるから大丈夫だろう。
オドレイは元々は俺の乳母だった、俺の中身は20歳なので乳母はもう必要ない。オドレイにリーネはいずれ公爵夫人になる予定だからと伝えた時は微笑ましいと流されたが、本当だからな?
ちなみに前回はリーネに乳母はおらず侍女達が面倒を見ていた。今にしてみれば乳母がいないのは、母がリーネを嫌っていたからなんだろう。
目の前ではシリルはイチゴタルトを食べ、イザークはコーヒーを飲んでいる。シリル、まだ食べるのか?そしてイザーク、ブラックってお前も子供だろ?
「では、そろそろ良いことを教えてあげよう!黒いもやだけどね、あれは黒い霧と同じなんだけど、濃度が濃いんだよ」
「あー、確かにそんな感じだな」
「反応悪いな、じゃあユリウスでもあの黒いやつを倒せるとしたらどうだ?」
「何!?」
思わず立ち上がり目の前の紅茶が入ったカップが倒れると、紅茶がテーブルに流れ出し茶色く染めた。
「あっ、紅茶が――」
「いいよ、そんな事!それよりもどうやったらいいんだよ?」
「もう、せっかちだな君は。あのね、可能性だけどね、ちなみにユリウスは混合魔法は使える?」
「ああ、使えるがそれが関係あるのか?」
「関係あるよ、混合魔法は魔力が高くないと使えないからね。神聖力は生まれ持ったものだから、どんなに努力しても使えない人は使えないんだけど、使えるようになるかも知れないんだ」
もしかして、俺にも神聖力が使える可能性があるというのか?魔力と神聖力は違うものだ、同時に使える者は見たことがない。
「どうゆう事だよ?」
「教会で保管している腕輪が神聖力が宿しているんだ、あのペンダントに闇の魔力が宿っていたみたいにね」
「それを使えば神聖力を宿せるのか?」
「使えるようになるには訓練がいると思うけどね」
「それもアーティファクトなのか?」
「いや、あれは聖遺物だね。イルバンディ様が昔の教皇に与えたみたいだから」
「俺が使ってもいいのか?」
「うん、お祖父様にも伝えておくから、近い内に教会に来て」
「ああ、ありがとう」
新しい戦い方が見つかるかも知れない、それだけで心が晴れるようだ。遅くなり夜に馬車で移動するのは危険だということで、今日は公爵家に泊まるシリルと明日の朝一緒に教会へ向かうことにした。
イザークと同じ部屋がいいと客間は断りを入れ、シリルは寝巻きに着替えるとベッドに入った。
「私はソファで寝ましょうか?」
「イザークの部屋でしょ?それに大きなベッドだから一緒に寝ても問題ないよ」
「……そうですね」
イザークは頭が冴えているのか寝つけずにいた。回帰前とは違いすぎてこの先どうなるのかと考えずにはいられなかった。寝返りをうつと衣擦れ音がやけに大きく聞こえる。
「イザーク、起きてる?」
「あ、はい」
シリル様は寝つきがいいほうなので、すでに眠っていると思っていた。もしかしたら、シリル様も色々と考えてしまうのだろうか?
「あのね、イザークは神聖力を剣に込めてるでしょ?」
「はい、そうしてます」
「もっと効果的なのは、敵を切ったもしくは刺した瞬間に剣を通して神聖力を放つんだ。そうすれば闇の魔力を持つ者は消えるよ」
イザークは思わず起き上がるとシリルに近づくと、シリルは驚いたのか緑色の目を丸くする。シリルは瞬きを数回行うといつものように余裕の笑みを浮かべた。
「それは本当ですか?どうして今言われるのです」
「うーん、ユリウスだけパワーアップするのは不公平かなって思ってね」
「……そんな事は思いませんが、わかりました明日試してみます」
「うん、おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
シリルは目を閉じるとすぐに寝息を立てている。シリルの体は今は4歳で昼寝もしていない。おまけに今日は防御壁を造るために神聖力を沢山つかった。
「そうとう眠かったのでしょうね」
眠っているシリルは年相応でさすが教会で妖精と呼ばれるほどの愛らしさだ。
フッと笑みがこぼれたイザークは瞼を閉じた。瞼を閉じるとすぐに眠気がおそい、自分の体もまだ大人のようにはいかないのだなと意識を手放すことになった。
公爵邸の別の部屋では生まれたばかりの娘に対しての息子の態度に頭を悩ませている公爵夫妻が夜更けでも眠れずにいたが、ユリウスを始め子供達はすでに夢の中にいざなわれていた。
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