第35話 回帰の副作用
コツンと物音がするとアベルは執務室へむかう廊下の窓に視線をむけた。
――鳩?神聖力、いや魔力なのか?
そもそも妖精王を信仰とするこの大陸において、神聖力も魔力も妖精達が力の源とされており、妖精達や自然界に力を借りることで能力が発揮するとされている。
二つの能力は似ているようで違う、警戒しながらそっと窓を開けるとアベルの手の上で鳩から封筒に姿を変えた。
封筒を開け手紙の確認をすると書かれていた内容に我が目を疑った。
ヴァールブルク公爵家に生まれた子供がマリア・テイラーだと?アベルの脳裏には自分とイザークに対して「殿下」と呼んだ狂気に満ちた姿が思い出された。何か良くないことがおこる前触れなのだろうか?早く陛下に伝えなくては。
「陛下!」
執務室の扉が勢いよく開けられると王と共にクリストファーもソファに座っていた。二人はいつもの礼儀正しいアベルとは思えぬ行動に驚きを隠せない。
「アベルどうしたのだ。お前らしくないではないか」
「あ、申し訳ございません。陛下大変です、これをお読み下さい」
「なんだ?手紙か?」
王はアベルより渡された手紙を読み深いため息をつき手紙を強く握りしめる。マリア・テイラーが黒幕ではないことはわかっている、しかし危険人物であることは間違いない。だからこそ行方をずっと探していたこのような結果になるなど誰にも予想がつかなかった。
「父上?どうしたのですか」
「――マリア・テイラーがヴァールブルク公爵家の娘として生まれてきたとの報せだ」
「ヴァールブルク公爵家!?ということはユリウスの妹?そんな、そんなこと……」
「アベル、これは回帰メンバーを集めた方がいいな」
「はい、手配いたします」
アベルが退出し王とクリストファー再び二人になった。クリストファーはマリアの件で不安になり今まで気がかりに思っていたことを考えると顔色悪く、俯いてしまう。
そんなクリストファーの変化に気づいた王は声をかけた。
「クリストファー、まだ何も生じたわけではないだろう?」
「父上……」
クリストファーは今まで父には言わず胸の内に秘めていた想いを話すことに決めた。
「父上、私はずっとローレンスのことを考えていました。いなかったはずの妹か生まれるなら、生まれていたはずのローレンスが生まれないという可能性もあるのではないですか?」
「……」
「父上、あのペンダントはコンプレックスを増加させると言ってましたよね?私はずっと光魔法を持つローレンスが羨ましいと思っていたのです、だからあのように闇に囚われた。勤勉でいつも上を目指し自分よりも王太子の座に相応しいのではないかと、だけどローレンスが生まれてきてほしくないとは思っていません!!そんなことは望んていない……母上にはローレンスの記憶さえ残っていない……」
クリストファーは膝の上の手を硬く握り、我慢出来ずに泣き出した。
王は息子の想いに気づいていた。クリストファー自身が超えなくてはいけない壁だと見守っていた。しかし、回帰したことによりローレンス自身が存在しないかも、自分のせいではないのか罪悪感に耐えられなくなったのだろう。
王は記憶よりも小さなクリストファーの肩を抱き静かに語る。
「お前のせいではない、回帰を決めた時からこの可能性はあったのだ。ローレンスが生まれるまでまだ時間はある、諦めたりはしていないぞ?こればかりはイルバンディ様に祈らなければならないがな?」
明るい声で話す父に心の中の重荷が少し軽くなったようだ。
「はい……はい」
王は今だけは父の顔にもどりクリストファーを慰めた。イルバンディ様、どうか再びローレンスに巡り会わせて下さいと祈りを込めながら。
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「皆集まったな?」
会議室には回帰したメンバーが顔を揃えた。
会議室の椅子は新調されたばかりか木の香りがしており15年前との違いを感じさせる。
回帰前は青年だったメンバーは一番上のイザークで12歳、シリルに至ってはわずか4歳だ。ずいぶんと変わった姿を眺めていると会議が始まった。
「公爵家に生まれたのはマリア・テイラーで間違いないのだな」
「はい、髪の色は母に似ていますが顔はマリア・テイラーで間違いありません。マリアという名前も偶然だと思えません」
「ねぇ、どうしてマリアと名付けたの?」
「……夢を見たと言ってたみたいだ」
「夢?」
「ああ、母はイルバンディ様だと言ってたが、マリアと名付けろという夢をみたらしい」
「イルバンディ様が?」
イルバンディの名が出ると一同は驚きを隠せない。
「シリル、そなたの意見を聞きたい。イルバンディ様なのだろうか?」
「僕もすべてを把握しているわけではありませんが、可能性はあります。一つはマリアだと確信が持てないよりもマリアと名乗ることでマリア・テイラーなのだと確信するでしょう?近くにいるほうが監視がしやすい。人格は環境で変わるでしょうし」
「ならば、イルバンディ様の意志なのか?」
「……それも言い切れません。彼女の魂の一部は闇の魔力に傷つけられている状態です。イルバンディ様の思うようにいかなかったのかも知れません。だからマリアという名前をつけるように夢に現れたのかも知れません」
「……じゃあ、どうしたらいいんだよシリル」
「生まれたばかりの彼女がどうこうできないでしょうし、監視を続けるしかないでしょう。何もしていないのに処分するわけにもいかないでしょう?」
「………」
シリルの言葉に反対する者はいないがユリウスは納得できなかった。リーネがマリアと同じ家に住むなんて危険じゃないのかと、そんなユリウスにどうしたら安全を確保できるかと話し合いはすすむ。
「イザークは公爵家に住んだらどう?」
「シリル様?」
急に名をだされイザークは驚いた。
「アイリーネの近くに居たほうがいい。相手が闇の魔力を使うなら、神聖力と光の魔力を嫌うだろうからね」
「……それはそうなのですが……」
ユリウスが気がかりでチラリと視線をむけると、案の定苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ている。
「そんな顔しないでよ、ユリウス。アイリーネのためでしょ?だったら教会で預かろうか?その場合ユリウスは無理だよ、神聖力を持ってないし。公爵夫妻の実の子として生まれたマリアをどこかにやるわけにもいかないでしょう?」
「……わかったよ」
渋々とではあるがユリウスが承諾することによりイザークが公爵邸に住み込むことが決まった。
「他に何かできることはあるのかシリル?」
「そうですねー。国内のアルアリア・ローズを増やして下さい。あの花は邪気を払い神聖力自体も持ってます。闇の魔力が活動しにくい状況を作るのです」
「わかった、アベル頼んだぞ」
「はい、お任せ下さい」
「あとはマリア自身に監視をつけた方がいいでしょう。誰かが接触してくる可能性もあるでしょう」
「王家の影をつけよう」
「はい、お願いします」
ユリウスは思っているよりも出来ることが少なく焦りを感じる。けれでも現状できることはあまりない。
前回はリーネから離れることによりリーネにおきていた様々なことが把握できていなかった。今回はそうはさせない、出来るのはすべてやる。この先に続く未来がリーネにとって明るいものになると信じて。
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