第34話 妹の名は
その日は突然やって来た、朝目覚めると侍女長のカーヤが俺の部屋で告げる。まだベッドに座ったままだというのにそんなに急ぐ話しとはなんだろう。
「ユリウス様、おはようございます。昨日の夜にユリウス様の妹様がお産まれになられました」
「えっ、そうなの?」
「はい、奥様もお子様も今は休んでおられますが、お目覚めになったらお会いできますがどうされますか?」
「うん、目覚めてからでいいよ。二人とも無事なんでしょ?」
「はい、奥様もお子様も健やかであるとお医者様より聞いております。ではそのように手配いたします」
「ああ、よろしく」
生まれたのは妹だったかと洗面をすませ着替えをする。前回はいなかった存在、俺に妹……か。どういった存在になるのだろうか?
きっとリーネのようにはいかないだろう、リーネは妹じゃないのだし……あっとここで一つ思い出した。
使用人達にはリーネが本当の妹だと記憶が改ざんされている、カーヤはもしかしたら俺が妹が増えて喜ぶかと思い朝早くから控えていたのか?だとしたら悪いことをしたかも知れないな。
今は新たな出会いを単純に喜べない、様子をみるしかないな……
「えっ、リーネが熱がでてる?何で早く言わないんだよ」
「申し訳ございません、ユリウス坊ちゃまに移っていけないと思いまして」
執事のマーカスに食事にリーネが来ていないのを尋ねると熱が出てるというじゃないか。もっと早く教えてくれれば、朝食よりもリーネに会いにいったのに。
「医者に見てもらったのか?」
「はい、加えてイザーク様がシリル様をお連れになりましたのですでに回復魔法で治癒されて休まれております」
「そう……」
普通ならただの熱で神官を呼ぶことはないイザーク、あいつもかなり過保護だな。
父上はすでに仕事、母上は出産のあと休んでいる、リーネは熱か。一人だとこの食卓はこんなにも広かっのか?急に心細くなるのはこの体か子供だからだろう。
いつもと同じだというのに味気のない朝食を食べ終えるとすぐにリーネの様子を見に行こうと、真っ直ぐにリーネの元へ見舞った。
リーネの部屋をノックし中に入るとすぐに一人の人物を捉えた。リーネのベッドの横に椅子を置きリーネの手を握っている黒髪の少年。
イザーク……まだいたのか、どうしてそんなにリーネを心配そうに見てる。護衛対象だからか?
いや、前回はあの家出騒動のあとからじゃなかったか?
気に入らないが敵が闇の魔力があるというのなら、神聖力があるものがリーネの護衛につくのは妥当だろう。
それに回帰によりイザークの能力は上がっているはずだ、回帰後も鍛えているのも知ってる、リーネを裏切る様子もない。イザークはリーネを預けるのに最適なのだろう、認めなくないがな。
「リーネは?」
熱心にリーネを見ていたイザークは今俺に気づいたとこちらに視線を向けた。
「今は休んでおられます」
「そっか、シリルまで呼んだんだって?」
「はい」
「シリルは?」
「今日は外せない礼拝があるので教皇様と大聖堂へいかれました」
「……そっか」
熱が下がり穏やかな呼吸で眠っているリーネを見るとホッとする。
イザークは聞いたことには答えてくれるがもともと無口なタイプでシリルがいないと会話がもたないな。イザーク、お前にとってリーネはどうゆう存在なんだ、聞いてみたいが、聞きたくない、胸がもやもやする。
トントンと扉がノックされマーカスが姿をあらわす。
「ユリウス坊ちゃま、マリア様の支度が整いました」
「何?今、誰の支度がだって!?」
俺は思わず大きな声を出し、厳しい表情をしたのかマーカスは驚いた顔をこちらにむける。
「ですから、ユリウス様の妹のマリア様です」
「!」
イザークが息を呑むのがわかった。
「イザークはここにいて!」
「――!わかりました」
イザークにそう言い残すと母上の部屋を目掛け走り出す。廊下を思い切り走っているが、足が震えて上手く走れない。自分の心臓の音がやけに大きく聞こえうるさい。途中、使用人達にぶつかりそうになるが今はそれどころではない、ごめんねと誤り再び走り出した。
くそっ、何だよ。どうゆうことだ?あのマリアだというのか?もし関係ないとしても、よりにも寄ってマリアだなんて悪趣味すぎる。
息を切らし母上の部屋に入ると、小さな赤子を抱いている母上がいた。母上は俺に気づくと手招きをする。
「ユリウスいらっしゃい、ユリウスの妹よ」
違っていてほしいと願いながら一歩づつ恐る恐ると近づく。母上の腕に抱かれている妹に衝撃をうけた。
髪の色は母上に似たブロンドだがこの顔は間違いないだろう。あのマリア・テイラーに間違いない。
リーネにした仕打ちは忘れていないぞ?足を怪我させたことも髪を切ったこともそれから牢屋での扱いや、断罪したことも!!
俺はマリアが囚われてから会わなかったが、実際に会うと腹立たしくて仕方ない!叫んで詰ってしまいたいのを拳を痛いほど握り我慢する。
「どうして、こんなことに……」
「ユリウス?どうしたのです?」
「ずっと行方を探してたかと思ったら、なんでだよ!」
「ユリウス!!」
大きな声を出した途端にマリアが泣き出し、母上はあやしながら大きな声を出してはいけないとたしなめる。
「母上、何故マリアと名付けたのですか?」
「ユリウス?どうして?いけないかしら?」
「ええ、その名前は一番嫌いな名前ですから」
「ユリウス、そんな事いわないで?あなたの妹でしょう?」
「………」
全部忘れて何もなかったかのように生きていけない。全部なかった事になるなんて、ずるいだろ?
「申し訳ありませんが、僕が妹として可愛がる事はないと思います」
「ユリウス!どうしたの?そんな事を言わずに、さあこちらにいらっしゃい」
俺は後ずさると母上が止めるのも無視して、部屋を退出した。
まさかこんな事になるなんて、早く陛下に知らせないとダメだ。急いでリーネの部屋で待機しているイザークの元に帰った俺はマリア・テイラーで間違いないと伝えた。
「そんなことが……」
イザークは青ざめて何かを考えているのか、黙り込んでいる。
「マリア・テイラーが公爵家に生まれたと、早く陛下に伝えないと」
「それでしたら、これを使いましょう」
「それは?」
イザークは白い便箋に要件を書き封筒に入れた後、宛名を書くと神聖力を込めた。封筒は淡い光を帯びた白い鳩になると、窓から勢いよく飛びたして行く。
「今のはなんだ?」
「シリル様からもしもの時は使うようにと預かっていた物です。宛名を父にしましたので、父から陛下に伝わるでしょう」
「そうか……」
俺もイザークも鳩が見えなくなるまで青空が広がる空をずっと眺めていた。焦っても仕方がないとわかっているのに、早く城まで飛んで行けと鳩に願いながら……。
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