第32話 再開
いい匂いがする。花の匂い?瞼を開けると右も左も花だらけ。ムクリと起きると懐しい光景に胸がいっぱいになる。そして目に入った長い銀髪を前にし、コリンは駆け出した。
「イルバンディさまーっ!!」
「コリン」
ギュッと抱きつくと目に涙をいっぱい溜めてイルバンディを仰ぎ見た。
会いたかった、イルバンディ様。とってもとっても辛かった、あんなに近くにいたのに僕は何もできなかった結局あの子を死なせてしまった。
もっと早く能力が使えるようにサポートできなかった。言いたい事がいっぱいあるのに泣いてばかりで喋る事ができないよー。
「うっううっ!」
「コリン」
イルバンディに背中を擦られ、優しい手に涙が再び溢れてきた。号泣したコリンにトントンと優しく叩くと徐々に落ち着きを取りもどしてくる。
「イルバンディ様、僕はあんなに近くにいたのに……」
「コリン、大丈夫だ。すでに二度目が始まっている」
「じゃあ、僕も戻らなきゃ!」
「………コリン」
どうしてイルバンディ様、そんな悲しそうな顔をするの?
「コリン、愛し子の次の人生に宝石眼の妖精を送らないことに決めたのだ」
「どうして!僕がダメだったから?役に立たない?」
200年前のエイデンブルグでの出来事を教訓にイルバンディ様は愛し子に対して神託と宝石眼の妖精を側におくことを決めたはず。
前回は神託はなく、宝石眼の妖精を送った、今回は逆なのは意味があるのか?それともただ単に僕がダメなだけ?
「コリン、今までは神託をすれば愛し子が危険な目に会うことはなかった。さらに宝石眼の妖精をつけることにより抑止力になると思ったが……」
「違ったの?ダメだったの?」
「闇の魔力の前には感覚を共にすることがどれほど危険かわかったのだ、覚えがあるだろう?愛し子が足を怪我した時だよ?」
コリンはポポの記憶を辿り、そうだったアイリーネが足にテーブルを落とされた時は痛みのあまり動けかったのだと思い出す。
「もしどちらかが危険な目に合えばもう一人も動けなくなるだろう?」
「だったら僕は、もうアイリーネ達には会えないの?」
イルバンディは考える、宝石眼の妖精はもともと記録することに特化しており多くの術が使えるわけではない、ならば……
「コリン、違う形で愛し子の側におくろう」
「違う形?」
「もうポポと呼ばれる事もないし、あの子は覚えていない、それでも望むのか?」
コリンは考える、覚えてなくてもいい。僕が全部覚えてるから、だからもう一度君の元に。
「はい、アイリーネの側に」
「……ではコリン。その時まで少しお休み」
イルバンディが頭をなでるとコリンは眠りにつく。
時を待つために花香る場所にて……
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雲一つない青空だ。ユリウスは今か今かとそわそわしている。父上が陛下からリーネを預かる日がやってきたからだ。
前回の反省をうけ、父はリーネを預かると母に相談し、その時にエリンシア様への罪悪感を伝えたのだ。
案の定、母は父がエリンシア様に恋心があると誤解していた。今回は誤解を解くことによりリーネへの風当たりが弱まるだろう。
それから、リーネが愛し子だと発表された、国の重鎮達に向けてはリオンヌ様とエリンシア様の子供だと明かし、婚姻証明書まで用意したそうだ。
エリンシア様の予知能力が原因で暗殺されたためエリンシア様の実子であることはリオンヌ様が帰国するまで内密にと陛下が命令されたそうだ。あっ、戴冠式を終えていないので、殿下か?
ちなみにリオンヌ様は殿下の命で闇の魔力を探るために外国に行っている設定だ。
そして今俺は、馬車の到着を待ちわびている。窓に張り付きすぐに外に出ていくともりだ。本当は玄関で待っていたいが時間がわからないからと執事に止められた。
小さな体に引っ張られ心も子供に近づいているのか落ち着かない。昨日は期待しすぎて眠れなかったほどだ。
公爵家の馬車が帰ってきた。俺はすぐに部屋をとびたした。廊下を走るなんてと後ろで侍女長が行儀が悪いと怒っているがそんなこと関係ない。
早く会いたい、リーネの顔が見たい、触れて、
それから 生きているのを実感したい。
5歳の子供の体は足の長さが違うためか、以前よりも早く走れない。息が切れたってかまわない、とにかく前に進まないと。玄関に到着した時ににはすでに父がリーネを抱き立っていた。
「ち、父上……」
ハァハァと息を切らし玄関にきた俺を見て父は驚いた顔をしている。
「ユリウス、どうしたんだい?」
「父上、リーネにリーネに早く会わせて下さい!」
「ユリウス?どうして名前を知ってるんだ?」
怪訝な顔の父に失敗したかと思うも執事に抱き上げてもらいリーネの顔を見ると何も考えられなくなった。
スヤスヤと眠っているリーネを確認すると胸があつくなる。前回はただ出会えたことに涙が溢れたけれど、今回はどうしても断罪された日を思い出し涙がこぼれた。
リーネが生きてる……
そっと触れた手に伝わる熱。
温かい、あんなに冷たかった手にぬくもりを感じる。
「おかえり、リーネ……」
リーネはただいまと返事の代わりに俺の指をギュッと握りしめた。
これからずっと一緒にいるから、リーネと決して離れないから。リーネを守れるぐらい強くなるし、守ってあげる、だから今日だけはいっぱい泣かせてほしい。
回帰が成功するか不安もあった、リーネと喧嘩別れしたことを後悔してた、手紙が届かないことに落胆した、リーネの側にいる男性に嫉妬をした、リーネに向けられる悪意に怒りを覚えた、色々な感情が止まらない。
だから涙が止まらなくても許してくれるかな?
こから先に何があるかわからない、すでに回帰前とは状況が違う。
だけど決まった未来が一つだけある、リーネが幸せになることだ。それ以外は認めない。
――絶対に叶えて見せるね、リーネ
硬く誓った未来を脅かすことが数年先におとずれるなんて、この時の俺はまだ知る由もなかった。
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